五分目から少し後

 夕食後。アルドレントは談話室のソファに身を沈めながら、レイから貰ったペンダントを暖炉の灯りに透かして眺めていた。

 結果から言えば、ペンダントの効果はてきめんだった。

 夕食には沢山の好物が並び、友人からデザートも貰い、金銭に厳しい父から伝書獣で追加の小遣いまで届く始末。

 アルドレントにとっての「幸運」が寄ってくる一方で、「不運」も同時にやって来る。

 いつも出来るおかわりが出来なかったし、折角減らした体重も少し増え、貰った小遣いは地面にぶちまけて幾らかはそのまま帰ってこなかった。

「これが幸運を寄せる、ね」

 不運を除けても、除けているのは不運なので幸運はやって来る。だが幸運を寄せるのは、不運を除けている事にはならない。運命学の教科書をひっくり返して抜き出した一文にはそう書いてあった。

 赤く溶けるような光を放つペンダントを眺めていると、不意に後ろから誰かに抱きつかれる。

「アリー!」

「わっ! る、ルルゥか……ビックリさせないでよ」

 アルドレントが上を向くと、薄緑の長い髪の毛を揺らして丸顔のぽっちゃりした少女が「ニヒヒ」といたずらっぽく笑ってみせた。桃色の垂れ目が、友人を見つけた嬉しさで輝いている。手には真鍮製の楽器ケースを持っていた。

「封印の儀式の事、聞いたよぉ」

「げぇー、あんたもその話? だから、まだ決まったわけじゃ無いって」

「そう? ルルゥはアリーならピッタリだと思うけどなぁ! だって、あの先輩の推薦でしょぉ?」

「その先輩の推薦なのが問題なのよ」

 大きくため息をつくと、アルドレントはルルゥへ隣に座るよう促す。ルルゥは上機嫌で腰掛け、ケースを開いて小振りな竪琴を取り出した。楽師ではないアルドレントに詳細は分からないが、音楽の女神の名を冠した楽器らしい。

 楽師は杖を楽器の中に仕込み、音を奏でることによって魔法を発動させられる。楽師達の奏でる音は、心だけでなく体の傷を癒やすことも出来るのだ。

 竪琴の調整をするルルゥの髪の毛を三つ編みにしながら、アルドレントはその様子を覗き見る。

「定期演奏会いつだっけ?」

「次は七日後!」

 一つの月の内に数回、楽師達による演奏会が行われる。大昔の戦争で、傷を負った兵士達を癒やすために一人の楽師が夜毎行った演奏会が始まりと言われる、学院でも伝統的な風習だ。だが現代の演奏会はどちらかというと、楽師達の腕前を披露する娯楽的な意味合いの方が強い。

「先輩も誘って一緒においでぇ」

「絶ッッッッッ対嫌だ」

「えー、照れなくても良いのにぃ」

 ルルゥの場合、悪意無く本心から言ってくるからたちが悪い。アルドレントがどう反応しようかと眉間にシワを寄せていると、ルルゥがアルドレントの首元のペンダントに気が付いた。

「あれ、アリー? そのペンダント、前からつけてたっけぇ?」

「ああ、これは先輩から」

「貰ったのぉ!?」

 談話室中に響く大きな声を上げ、ガバッとソファの上に立ち上がるルルゥ。周囲の学生達の視線が二人の方へ突き刺さる。

「そ、そうだけど……。いや、でもこれは――」

「えー! 嘘ぉ!」

 慌てて弁解をしようとするも、ルルゥは頬を赤らめ桃色の瞳を輝かせながらアルドレントの手を握る。

「アリー! だってそれって――!」


++


「白の月の贈り物、と来たか」

 同じ頃、レイの自室には来客が訪れていた。客には紅茶を出して、レイ自身は温めたミルクを飲んでいる。

「何かおかしいですか、コリンズ教授」

「いいや? ただ、魔獣にしか興味が無かった君が、女性に贈り物を、しかも白の月の贈り物をするなんてと思ってね」

 物腰柔らかで紳士然とした白髪の老人が、髭をなでながらパイプを咥える。モノクルの奥、銀鼠色の瞳が可笑しそうに笑っていた。

「そうでしょうか? 人が人を好きになるのは自然の摂理ですし、僕が贈りたいと思ったから贈った。何も不自然ではありません」

「不自然とは思っていないさ。君の様に変わった感性を持つ子も、恋をするのかと驚いているだけでね」

「はあ」

 何を当たり前のことを、と言う顔をしながらレイはミルクを一口啜る。

「けれど、ペンバー君。少しばかり旗色が悪くは無いかね?」

「旗色? どういう事です?」

「私の私見だが、オルギイ君は余り君に好意的では無い様だが」

 コリンズの言葉にぽかんとしていたレイは、やがて喉の奥でくつくつと笑い始める。

「フフフ、まさかコリンズ教授ともあろうお方がこの程度の事もお気付きにならないとは」

「はて? それは一体?」

 首をかしげるコリンズに、レイはきっぱりと言い放った。

「照れ隠しです」

 自信満々に、どうだとでも言わんばかりに。不敵な笑みのままミルクを飲み干すレイを、今度はコリンズがぽかんと見つめる番だった。

「ああ、うん、そうか。……そうか」

 髭を撫でつけながら、コリンズは今頃くしゃみでもしているであろう女学生の事を思う。あの年の頃の娘達が色恋沙汰の匂いに気付かぬはずが無い。すぐに嗅ぎつけられて話題の的になってしまうだろう。

「――まあ、良いかあ。面白そうだし」

 そう言ってコリンズはニッコリ笑う。レイも首を傾げながらつられて笑う。

 既に共同の女子寮ではとんでもない騒ぎか起こっていたが、彼らがそれに気付くのは少し後のことである。

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白の月の贈り物 @Jukutomato

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