三分目

 紫が空の三分目さんぶんめを覆うと、マルム学院の生徒達は昼休みになる。

 ある者は食堂で昼食を取り、ある者は寮の自室で休み、ある者は中庭で友人と遊ぶなど、思い思いに過ごしている。

 そんな穏やかな昼下がり、温室のベンチに腰掛けたアルドレントが大きく溜め息を吐いていた。

 食堂から貰ってきたサンドイッチを齧りながら、ガラスの向こうにちらほらと降る雪を眺める。サンドイッチは美味い。しかし気分も天気も晴れない。

 再びため息をついたアルドレントの肩に、どこからかやって来た白い鳩がバタつきながら着地する。

「ちょっとルーシル! 今食事中なんだから羽落とさないでよ!」

 アルドレントが鳩に抗議をすると、鳩は小馬鹿にしたように再び羽を大きく振るって羽ばたいた。

 白鳩のルーシルは、アルドレントにとって兄の様な存在だ。元は獣使いの父親が使役していた魔獣の中の一体だったが、いつからかアルドレントについて回る様になった。

 本来、魔獣は魔力の匂いを嫌う。だから魔力の無い人間としか心を通わせないのだが、アルドレントはお世辞にも魔力が多いとは言えない。そのおかげ(あるいはせい)でルーシルはアルドレントの側にいられる。

「ほーら、俺様の羽を好きなだけトッピングしてやるよ」

「やめてってば!」

 魔獣は人の言葉を解する程知能は高いが、発語能力については個体差があり、喋れたり喋れなかったりする。ルーシルは後者だった。

だが元々は喋れる魔獣ではなかった、らしい。本人、もとい本鳥曰く、何百年も前にそういう実験の被検体にされた影響なのだという。そもそも、魔獣の声帯が人語を発声するのに適していない作りである事も多く、意思疎通に言葉以上の不正確な情報伝達は無いのだから喋らないだけで、喋れるもんなら皆とっくに喋っている、とはルーシルの言だ。

 しかし、そんなルーシルの意思疎通方法は専ら喋ることである。

「アリーよお、一体こんなとこでなにぼんやりしてんだよ」 

 アリー、とはアルドレントの愛称だ。アルドレントは正直、自分の名前が好きでは無い。男っぽいし、何だかゴツいし。だから親しい友人にはアリーと呼んで貰っている。

「……それがさぁ、ペンバー先輩に放課後自分の部屋に来いって言われて」

「行かなきゃ良いだろ」

「行きたくないけど……っ! 行くしか無い事情が……っ!」

 ローブの上から懐を押さえて絶望的な顔をするアルドレントに、ルーシルは怪訝な視線を向ける。

「じゃあ行けよ。何でそんなウジウジしてんだよ」

「嫌だからに決まってるでしょお! こないだみたいに人体実験されたらどうすんのよ!」

 ワァッと顔を覆い、アルドレントが身悶える。ルーシルはため息を一つこぼして、アルドレントの肩から飛び立った。

「ま、頑張れよ。俺様は伝書獣のバイトがあるから」

「一緒に行ってくれないわけ!?」

「行く分けねぇだろ、あんな魔力臭ぇ坊主のとこなんか」

「は、薄情者ー!」

 アルドレントが拳を振り上げ抗議の意を示すが、ルーシルはそんなアルドレントの姿を鼻で笑うとそのまま飛び去っていった。

 飛び去るルーシルを為す術無く見送ったアルドレントは、食べかけのサンドイッチを持ったまま大きく肩を落とした。

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