第2話 アナタに勇気を
私は、アナタに「一緒に添い遂げる」という呪いだけを残してしまった。
どれだけ叫ぼうが、名前を呼ぼうがアナタには届かず。
私の動かない体を前にして、泣き叫ぶアナタを慰めることすら叶わない。
私の前には、アナタという存在がいてるのに、アナタには、私という存在が見えていない。
もう少し一緒に居たかった、もう少し時間が欲したかった。
何度、後悔してたところで、どうしようもないことなのに――。
後悔という未練ばかりが、私という空の存在を満たしていく。
私は後悔を拭いたくて、アナタに声を掛ける。
でも、アナタは振り返ることはなく。
泣きながら、横たわり動くことのない私に触れて語り掛けていた。
私はアナタの前に来た。
だけど、アナタと視線が合うことはなく。
アナタの大きくて温かい手のぬくもりは、目の前にいる私には伝わってこない。
それどころか、背中合わせで座ろうとも。
いつものように正面から抱き締めても。
隣に座り手を重ねても。
どうしても、伝わってこない。
どうしても、見つめ合うことができない。
私はここにいて、アナタに触れているというのに――。
◇◇◇
あの日から、一体どれだけ悲しみに暮れるアナタを目にし続けているのだろう。
少年のような明るい声色だったアナタの声は、枯れ果て。
可愛かった大きな目も、瞼が腫れてしまい、見る影もなくなっていた。
いつもように背中を擦り続けているというのに、アナタは泣き止むことはない。
当たり前だった。
凹むアナタを励ます私。
私がこうしたらアナタは立ち上がっていたというのに。
もう、何も届かない。
この手に強い思いを込めても。
優しく声を掛けようとも――。
おはよう。いただきます。いってらっしゃい。おかえり。ありがとう。好きです。愛しています。おやすみなさい。
泣き虫なアナタを勇気づける為に、繰り返していたあのかけがえない日々。
それに照れくさそうにしながらも、アナタは精一杯気持ちを込めて応じてくれた。
だけど、まだ言い足らなかった。
伝え切れてなかったようだ。
この白い無垢な部屋の中で、動かない私を見つめるたび。
私が好きだった咲き誇っているひまわりに、目を向けるたびに。
声を必死に押し殺し、うなだれるようにその場で咽び泣いている。
大好きで、愛している人がこんなにも悲しんでいるのに、私には何もできない。
もう、役目はないはずなのに。
ここにいたところで、虚しさと寂しさ、罪悪感しか生まれないというのに――。
そばを離れたくない。と強く思ってしまう。
やっと気付いた。
アナタが私の運命の人だったようだ。
大体のことは、終わってから後悔をするなんて誰かが言っていたけど――。
後悔……。
いえ、言葉では言い表すことなんてできない。
多く望んでいるわけではなくて。
一緒に色んなところへ行きたい。
新しくできたショッピングモールに行きたい。
四季を感じることのできる公園で散歩したい。
SNSで流行している物を一緒に食べたい。
そこまでのことは、できなくてもいい。
アナタに触れることができるだけでいい。
たったそれだけでいい。
でも、叶うことはない。
この2人っきりの時間で、ココロが裂けるほど思い知ったこと。
インターホンが鳴った。
どうやら、私の体とお別れをする時が来たようだ。
これでもう、絶対に触れることは叶わない。
◇◇◇
――1時間後。
雨が降っていた。
それは雨降って地固まるなんて、言葉を真に受けたお節介な誰かの気遣いか――。
誰にも声が届くことのない、私の気持ちを代弁してくれたのか――。
この雨を目にした皆が、どう受け取るかわからないけど。
だけど、とても粋な計らいだ。
私の気持ちが少しでも、伝わってくれると嬉しい。
小学校時代からの気心の知れた友達。
高校時代に共通の趣味で、意気投合した親友。
社会人になった今でも慕い続けてくれる後輩。
両親。
私というちっぽけな存在の為に、駆けつけてくれた大好きな皆に――。
こんなことを思ってしまうと、私を前にして苦しんでいたアナタに怒られるかも知れないけど。
私は、この光景を忘れはしない。
アナタと出逢った日、結ばれたあの日と同様に――。
◇◇◇
――2時間後。
数時間前まで、泣き続けるアナタを前に何もできず、空虚感だけが満たしていた私は、白い無垢な部屋で、大好きな皆との最後の時間を過ごした。
皆、目の前にいる私に目もくれないけど。
だけど、なぜか寂しい気持ちはなかった。
息を詰まらせながら、涙を流し私を見送ってくれる友達。
口唇を噛み締めて、「また、親友になろうね」と誓ってくれる親友。
いなくなっても、「ずっと尊敬しています」と、可愛いことを言ってくれる後輩。
親不孝者の私を前にしても、気丈に振る舞う両親。
でも、一番は決して触れることの叶わないアナタが、この光景を目にして柔らかく微笑んでいたから――。
だから、私は満足。
例え、もう触れることができなくても。
見つめ合うことができなくても。
声が届くこともなくてもだ。
あとは、私らしく。
大好きな皆に。
大切な人に。
一番大切なアナタに。
勇気を。
ひと握りの勇気を贈るだけ。
私は願った。
後ろ髪を引かれながら、雨が降る外へ出ていく皆の為に。
どうか、皆の未来がひまわりのように、咲き誇る人生でありますように――と。
届くかわからないかもわからない、小さな願い。
ココロが満たされ透けていく体で、願うことのできる最後の願い。
すると、最後の私の願いに、応えるように雨が上がった。
同時に皆が、空を見上げる。
それを見計らっていたかのように、私の後ろにいた太陽が大きな雲から、顔を出し。
濡れた地面を暖かな光が徐々に照らしていく。
きらきらと輝く、水溜り。
暗かった皆の表情も少し明るくなっている。
良かった。
これでココロおきなく、この場所から旅立つことができる。
それだけではない。
何よりも、私の大好きなアナタの大きな目が輝いていた。
最後の最後に、いつも繰り返していたように。
泣き虫なアナタの背中を押せた。
もう、それだけで十分。
そこから私の意識は途絶えた。
◇◇◇
――10年後。
私は、あの日を境にとある人から、アナタのそばで見守る役目を貰った。
触れたくないなんて、嘘になってしまうけど。
アナタのおかげで短くても、この世界の誰より。
幸せな人生を過ごせた。
だから、これは恩返しという名の押し付け。
大好きなアナタが、私の大好きなひまわりのように、笑顔を咲かせ続ける人生を送る為の。
人生を生き抜いたあとで、もし出逢うことができたら――。
その時は、またアナタと一緒に――。
この運命の出逢いに、ココロからの感謝を。
ありがとう。
ココロからの感謝を。〜キミとアナタの物語〜 ほしのしずく @hosinosizuku0723
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