ココロからの感謝を。〜キミとアナタの物語〜

ほしのしずく

第1話 キミに感謝を


キミは、僕へ「一緒に添い遂げる」という呪いだけをかけていなくなってしまった。


ひんやりと冷たくなった肌。


陶器のように白くなった頬。


風になびかせることはない、薄茶色の長髪。


そして、聞こえなくなった、ひまわりを想像させる元気で少女のようなあの声。


もう少し一緒に居たかった、もう少し優しくしたかった。


もっと言葉を交わしたかった――もっともっと。


こんなふうに何度、後悔したことだろう。


僕とキミが交わることのない、1枚硝子越し。


目の前にキミという、存在はまだある。


だが――。


やはり、キミはここにはいない。


2人を隔てるガラスという境界を開こうとも。


いくら後悔しても。


いつものように優しく髪を撫で語りかけようとも。


キミの名を呼び泣き叫ぼうとも。


キミは僕を見つめ返すことはなく。


決して、届くことはない。


なぜなら、キミはここにいないのだから――。





◇◇◇





あの日から、一体どれだけ、泣き続けたのだろうか。


キミが好きだと言ってくれた声は、枯れ果て。


キミが好みだと言ってくれた大きな目も、瞼が腫れてしまい、見る影もない。


こんなぼろ雑巾のようになった僕を前にしても、キミは目を覚ますことはない。


泣き虫な僕の背中を擦ることもない。


当たり前だった。


凹んだ僕を励ますキミ。


キミに勇気を貰った僕は立ち上がる。


でも、もう勇気を。


僕に勇気をくれるキミはもういない。


涙も枯れてるなんて、嘘だ。


いくら泣き止もうとも、ふとした時に涙がこみ上げてくる。


おはよう。いただきます。いってきます。ただいま。ありがとう。好きだよ。愛してる。おやすみ。


微笑むキミへ、繰り返していたあの日々。


もちろん、気持ちはちゃんと込めていた。


だが、しかし。


まだ、言い足らなかったようだ。


この白い無垢な部屋の中で、キミがいないことを実感するたび。


相反した咲き誇るひまわりを、目にするたびに。


声にならない声が、息苦しくなった胸を引き裂こうと僕の中を暴れまわる。


正直、何もする気が起きない。


まるで、自分の半身を奪われたようだ。


やっと気付いた。


キミが僕の運命の人だったようだ。


大体のことは、終わってから後悔をするなんて誰かが言っていたが――。


これは正しい。


後悔……。


いや、言葉では言い表すことなんてできやしない。


多く望んでいるわけではない。


一緒に旅行へ行きたい。 


キミが話していたショッピングモールへ買い物にいきたい。


キミが季節を感じれるのが好きと言っていたあの公園を一緒に散歩したい。 


流行に敏感だったキミが選んだ物を食べたい。


そこまでのことは、できなくたっていい。


キミの微笑む顔を一目見るだけでいい。


たったそれだけで、いいんだ。


でも、叶うことはない。


わかりきったことだ。


インターホンが鳴った。


どうやら、もう――本当のお別れの時間が来てしまったようだ。





◇◇◇





――1時間後。





雨が降ってきた。


どうやら、この世界もキミにお別れをしているようだ。


キミを慕い駆けつけてくれた方々も、悲しみに暮れている。


感情のままに、頭を垂れて、泣き喚いている人。


最後の別れくらいは笑顔で。と下唇を噛みしている人。


キミとの想い出を語る人。


残された僕を心配するキミの両親。


この場所は、最後の旅へ向かうキミを慕う人でいっぱいだ。


こんなことを言ってしまっては、ここにはいないキミに怒られるかも知れないが。


僕は、この光景を忘れはしないだろう。


キミと出逢った日、結ばれたあの日と同様に――。





◇◇◇





――2時間後。





キミとの最後の時間は、無事終わりを迎えた。


だが、なぜか悲しい気持ちだけではなかった。


それは、決して交わることのない硝子越しから、目にした姿は、どこか幸せそうな顔をしていたからだ。


エゴなのかも知れない。


そう思い込みたかったのかも知れない。


わからないが、どんよりとし、息をすることも苦しかった胸が少しだけ。


ほんの少しだけ、軽くなっていた。


そんな中、キミとのお別れを済ませた皆は、別れを惜しみながらも外へ出ていく。


僕もキミを慕い駆けつけてくれた皆を見送る為に、ひまわりが咲き誇る白い無垢な部屋から、雨の降っている外へ出る。


すると、雨は上がっていた。


ここにいる皆が、空を見上げる。


それを見計らっていたかのように、キミのような太陽が大きな雲から、顔を出し。


濡れた地面を暖かな光が徐々に照らしていく。


きらきらと輝く、水溜り。


さらにいつも笑顔の種を振り撒き、周囲の人を元気にしていた、キミらしいサプライズがあった。


それは、悲しみに暮れる人たちを励ますように。


いってきます。と笑顔咲かせるキミのように。


キミという半身を失い、打ちひしがれる僕の背中をそっと押すように。


空には、虹が架かっていた。





◇◇◇





――10年後。





悲しみに暮れていた日々は、あの日を境に少しずつ薄れていき。


今、僕の脳裏に浮かぶのは目の前にして、ひまわりのような笑顔を咲かせるキミの姿で溢れている。


寂しくないなんて、嘘になってしまうが。


キミのおかげで、新しい友人ができて、前に進めている。




また、いつか――。




この世界で出逢えることを願って――。




この運命の出逢いに、ココロからの感謝を。




ありがとう。

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