高黄森哉


 鏡の中の自分は、悪くないんじゃないかな、と思う。目は大きいし、口はすっきりしている。毛量は申し分ない。口を開けると、歯が見える。八重歯であるが、それはそれで、悪くないんじゃないかな、と思う。

 スマートフォンを手に取る。今日の自分なら、格好よく、撮れるんじゃないか。インカメにして、撮影ボタンをタップ。自分が一枚の画像になる。


 ひどく、憂鬱な気分になった。いや、それどころじゃない絶望だ。悪寒がする。グロイ。グロすぎる。どれくらいグロイかというと、己の写真で撮った顔くらいグロイ。あまりにもひどすぎて、他に例えるものがないくらいだ。


 自分の顔は鏡で見るよりも、はるかに奇妙で間抜けで不細工だった。なにかが、おかしい。わかった。顔が曲がっている。まるで、ソラマメみたいだ。

 では、その理由はなんだろう。画像加工アプリの格子を使用しながら、各パーツの関係を調べる。格子は、水平の線と、垂直の線とで構成されているので、顔の部品の位置関係を調べるのに、うってつけだ。

 それで、調査の結果、判明したのは、己の顔が、特に下半分が、左にずれている、ということだった。一体、どこが曲がっているのか、今から解析していく。

 なるほど。人中と鼻先が、縦線上に並ばない。つまり、二つのどちらかが、曲がっているのだろう。


 曲がっていることに関して、心当たりがあった。


 まず、鼻。自分は、鼻をかむとき、右手で挟み込むようにしている。それが、いけないのではないか。確かに、右にずれ込んでいる。また、鼻を高くしたくて、刺激するときも、右手で挟み込むようにして、つまみ上げていた。

 そして、口。かみ合わせが悪い。梅練り、という固いお菓子を、子供時代、沢山、食べていたからに違いない。だから、咬合が悪化したのだ。


 いろいろ調べていくうちに、どうやら、前者らしいことがわかる。写真に写り込む、鼻筋の光は斜めであった。


 そうか、鼻が曲がっているのか。悲しく、憂鬱な気持ちが押し寄せる。

 自分は、鼻が曲がったまま、人前で話をしていたのか。きっと話相手は、この人はふざけているのだろうか、と考えていたに違いない。今まで、わざとそういう顔をしているのだな、とか、この人、私が臭いっていいたいわけ、とかいう誤解があっただろう。

 そうか。これで、自分に彼女が出来ない理由も、はっきりした。鼻が曲がっているからだったんだな。確かに、こんな男と結婚して、鼻が曲がった子供が生まれたら、赤ちゃんポストに投函してしまうだろう。それに、曲がった鼻が産道に引っかかって難産になるかもしれない。


「うん、確かに、君は鼻が曲がっているね」


 整形外科の先生は言った。


「はい。その通りです」


 整形をするのは、嫌だったが、本来の位置に戻すだけなので、これはまぎれもない医療だ。


「私が執刀しよう」

「よろしくお願いします」


 晴れ晴れとした気分だった。これで、写真に写る顔は、ああもグロデスクではなくなるし、人と話すときに、あらぬ誤解を招く必要はない。

 そして、術後、鏡を見た。顔はミイラのように、ぐるぐる巻きにされている。これを解けば、鼻が真っすぐな自分の顔を見ることが出来る。

 今日はそれを取っていい日なのだ。さらさらと、白い、サナダムシをぬいぐるみ化したような、保護の布を解いていく。鏡、


 そこにはあの日、写真の中にいた俺がいた。


 考えてみれば簡単だ。鼻が曲がった状態で真っすぐに映っていたのだから、真っすぐならば、曲がって映る。


「先生、鼻をもとに戻してもらうことは、可能ですか」

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高黄森哉 @kamikawa2001

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