赤色の栞

@rabbit090

第1話

 「やっと静かになれたね…。」

 興奮気味に、彼女はそう言う。でも僕は、はっきりとしない様子で頷いたんだと思う、だから、彼女はちょっと傷付いた顔をして、走り去った。

 僕はすごく、怖かった。

 この恐怖を万人が抱いていると、思い込んでいたのはちょっと前までだった。

 理世りせは、とてもうるさい女だった。何がって、一挙手一投足、全部。

 転校生だった、そしてもちろん、僕らは多感な中学生で、それでちょっと美人で溌溂としていて、男の視線を惹くような彼女は、イジメられた。

 けど、僕は知っている。

 理世は、そんなことで崩れるような奴じゃなかった。

 だって、激ヤバな女だから。

 みんな分かってない。

 「理世、やめろよ。」

 僕は、転校生である彼女を、なれなれしく理世と呼ぶ。でも、仕方が無い。だって理世は僕の妹だったから。

 僕の両親は、とても恋愛遍歴がすごくて、親が誰だか分からない兄弟が、たくさんいた。そう、いたのだ。

 でもみんなそれぞれ、バラバラになった。なぜなら、母親が死んでしまったから。理世と僕は多分、母が一緒なのだ。兄弟の中には父の連れ子もいたし、そもそも父親はよく入れ替わっていたし、まあ、今思えばとんでもないって感じ。

 「きょう君。」

 「…理世?」

 成長していたけど、分かった。

 転校してきた理世が同じクラスになって、顔をよく見てなかったからわからなかったけれど、でも、名前が変わっていたし。

 本当は(てか僕の知っているあいつは)、

 「木村理世、なの。」

 「え?」

 「前は私、京君と一緒でぐん理世だったでしょ?」

 「て、お前理世なのか?」

 「そうだよ、久しぶり。」

 理世は、母親が一緒だけど、同じ学年にギリギリ属していた。(僕が初めの方に生まれて、理世が後。)

 「びっくりした、京君。見てすぐ分かったよ、まあそうだよね。私たち色々あったし、京君とは年も近いしね。」

 「僕も、気付かなかったけど、理世じゃん。」

 「だから、そうだって。」

 「…ああ。」

 僕は何て返事すればいいのか分からなかったし、言葉があいまいになってしまった。そして、

 「じゃあね、また会おう。」

 「おう。」

 と、男子に話すような言葉で返してしまった。

 

 「ねえ、京君。私って嫌われてるの?」

 「分かってんのかよ。」

 「分かるよ、だってあの子たち、私がいる前で、言うんだよ?嫌いだって。」

 「はあ…。」

 「なんであんたがため息つくのよ。辛いのは、私。分かるでしょ?」

 「分かるけど。」

 理世は、でもあまり気にしていない様子だった。でも友人付き合いがないと困ることもあるらしく、そういう時は僕の所へ寄ってきた。

 そして、理世がいなくなって、一人になって、多分、理世って普通には生きてこなかったんだよなあ、と思う。だって、僕が記憶している理世って、なんかもっとおとなしくて常識的だった、けど、今の理世は奔放過ぎてよく分からない。本当に、分からなかった。

 「あの人、追い出してよ。」

 泣きながらクラスメートが、理世のことを指さしていた。

 理世は、素っ頓狂な顔をして、黙っていた。

 何があったんだ、と思いながら理世を見た。けど、彼女の顔には、表情が無かった。

 そうだ、ずっとおかしいと思っていたんだ。

 理世は、どこかおかしい。

 こういう、なんか緊張が走る場面で、いつもこうやって、全てを失ってしまったかのように、黙り込んでいる。

 「何か言いなさいよ。」

 「………。」

 他の女子生徒に詰められても、理世は黙っていた。

 多分、喋れないのだ。

 僕は、だけど遠くから見ていることしかできなかった。

 だって、僕も怖かったから。

 女性が、怖い。

 母は、とても乱暴な人間だった。

 暴力は当たり前で、感情がメーター吹っ切れてるっていうか、とにかくそういう所で生きていきたからか、女性の高い声を聞くと、体が固まる。

 理世は、そんなことなかったはずなのに。

 僕なんかよりずっと、壊れている。

 なぜだ?なぜ、でも、その理由は明確だった。

 理世は兄弟の中で唯一、母親の所で育った。

 そして、その後は分からない。だって、聞けないから。

 母が、子どもを一人、私と一緒にいてって泣き叫ぶから、みんな嫌がったけど、理世が、ついて行った。

 理世は、母親っ子だった。

 母親の機嫌を、常にうかがっていた。

 そして、母の苗字でもないよく分からない名前で、僕の前に現れた。

 知らなきゃ、って思うんだけど、できていない。

 僕は、兄なのに、なのに。

 理世は、僕と二人きりになれる瞬間を待っていた。

 だからこの前、しっかり今までのことを話そうとしてくれたのに、無視をして、逃げた。

 「………。」

 さすがに、ずっと黙っている理世を見て、周りもおかしいと思い始めているらしい。

 そして、僕は相変わらず、何もできない。

 そうか、こんなに身近にどうにかしたい状況があるのに何もできないっていう事が、これほど苦しいだなんて、

 「知らなかったよ、理世。」

 一瞬、クラスの視線が僕を向いたけれど、すぐさま理世に戻った。

 はは、馬鹿みたいだ。

 何も、分からない、分かっていない、僕は、クソ野郎だってのに。

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