第9話 縁を切るのが最優先

 自分の意見全てを実母(姑)の口から喋らせ、相手の意見は聞き入れず、逆に少しでも負い目を感じているような発言をすれば「そうだよ、君が全部悪いんだからね」とふんぞりかえる男。

 そいつとも、その一族とも関わるだけ時間の無駄だと判断した私は離婚を承諾した。するとマザコン野郎は、今月末には離婚届を役所に提出して出て行けと言い出した。

 姑をはじめとするマザコン野郎一族に私物を触らせたくない以上、引っ越しの梱包作業は私が全て一人で行わなければならない。

 加えて、パートであっても仕事を辞める時にはそれなりの手順というものが存在する。退職の意向を上司に伝えてから、改めて時期を話し合う必要がある。

 世間一般では二ヶ月以上前に言うものであって、今月辞めたいから辞める、などと急に言い出すものではない。

 どれをとっても今月中に全て済ませろというのは非常識だと訴えたが、マザコン野郎は「そんなに長くいるつもり? 僕のストレスや負担は考慮してくれないんだね」と無表情で呟き、返答も聞かずに部屋にこもった。

 お前が言うな、と衝動的に殴りたい気持ちに駆られたが、相手は男だ。やり返されたらこちらの方がひどい負傷をするだろうし、暴力を振るったことを大義名分にして何をするか分からない。

 マザコン野郎の都合のいい展開になろうとも、奴と関わらずに全てを済ませるしかなかった。

 パート先の店長に深く謝罪して離婚を理由に退職を申し出ると、店長は事情をくんでくれた。働きがいのある食堂だっただけに悔し涙を流してしまい、パート仲間に慰められた。

「やだ、そんなのモラハラじゃない。大丈夫、あたしの娘も一年で離婚しちゃったわ」

 何が大丈夫なのかは分からないが、寄り添おうという気持ちはありがたかった。

 月末いっぱいまで精一杯働き、帰宅後は梱包作業に追われる私をよそに、マザコン野郎はいよいよ対面を避けて部屋にひきこもった。

 「もう食事も作らなくていいから」と面倒くさそうに言ってきて、言い草に腹が立った。

「嘘でも、今まで作ってくれてありがとうと言えないんですね?」

 LINEに送信したが、既読無視された。

 家庭が崩壊していようと、マザコン野郎は塾の子供たちにはいつも通りの態度で接していたし、ひきこもった部屋では友達と通話してバカ笑いをしていた。それがあまりにも不気味だった。

 心がある優しい人のふりをするのがうまいだけ。本質はわがままで幼稚そのもの。実母に何もかも任せきりで、実母の指示なしでは何もできない。そんな男が十年以上教職に就いて、何食わぬ顔で子供に教育を施している。恐怖だ。

 こんな奴の子供なんて作らなくて良かった、と思う一方で、結婚して幸せな家族を作るという夢が叶わなかった事実が胸に重くのしかかり、際限なく涙を落とさせた。

 私はそんなに困難なことを、実現不可能なことを願っていたのだろうか。

 生まれたての姪の顔を見た時、自分にもいつか実子が欲しいと思った。道ゆく妊婦が、親子連れが羨ましかった。

 でもそれもお終いだ。

「帰ろう。家に帰ろう。ここは私の住むところじゃなかった。こんなところにはいられない」

 泣きながら心の中で唱えた。


 月末、パート最終日のその足で役所に行き、離婚届を出した。

 マザコン野郎と姑は慰謝料どころか、私に「互いに金を請求しません」という約束状を書かせた。弁護士を呼び訴えられるのを避けるためだろう。

 手切れ金すら支払うのを嫌がり、自分たちが正しくこちらが悪いと心の底から信じ続ける者たちに何を言っても無駄だった。

 マイナスじゃないだけマシだと思い、着の身着のままトランクを提げて出て行った。

 頼むから一族郎党不幸になってくれと呪いながら。


 数日後、引っ越し業者が数多の私の荷物を実家に届け、出戻りが完了した。

 慣れ親しんだ実家に帰ってからも、あの一族の悪夢やフラッシュバックにたびたび見舞われ、今なお正常な精神状態には戻れていない。

 全て実話である。身バレの可能性を危惧して自分の心だけに留めておくようなことは出来なかった。

 私が黙っていても、あいつらが得をするだけで、踏みにじられた怒りは晴れはしない。どうしても、書いて気をすませたかった。


 読者の皆様、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モラハラマザコン野郎と半年過ごしたエッセイ 坂本雅 @sakamoto-miyabi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ