第8話 会話が成立しない協議離婚

 離婚話が持ち上がって、改めて話し合いの場を設ける際、マザコン野郎は私の母を同席させるように言ってきた。それは自分が実母(姑)を呼ぶためであった。

 夫婦間の問題は本来、夫婦だけで解決すべきだ。しかしマザコン野郎はまず間違いなく姑を招く。私側の味方がいない状況で一方的にやり込められないように、遠地から母に来てもらうしかない。

 そういうわけで一週間後、自宅に四人が揃った。私と私の母。マザコン野郎と姑。

 姑はいざ話し合いが始まりそうになると「録音してもいい?」と尋ねてきた。

 物的証拠を作って、どうするつもりなのか。どういう行動に出ようとしているのか。何にせよ相手にとって都合のいい使われ方しかしないと思い、断った。

 弁護士に間に入ってもらい私の非を法的に認めさせたかったのかもしれない。

 その日、行われた協議は協議ではなかった。

 マザコン野郎は自分の行動を一切かえりみることなく、ろくに喋らず、全てを姑まかせにして腕を組んで押し黙っていた。

 姑はマザコン野郎の代わりにマザコン野郎の言い分を延々とまくしたてた。

 病気だなんて知らなかった。あらかじめ知っていれば付き合いはしなかった。ずっとそれを黙っていたのは裏切りだ。子供にだって遺伝するだろう。

 私が精神疾患を抱えていることを過剰に問題視していた。正常な人間ではないとでも言いたげな語気だった。

 病めるときも健やかなるときも、という教会での誓いはマザコン野郎にとって形式的なものでしかなかった。

 ブラック企業に勤めたせいで適応障害になり、休職ののち自力で比較的軽度まで回復し、今現在パートとして休むことなく働いているという事実がまるきり見えていない。

 一度患った以上、完治しないまでも、正常な生活を送ろうと努力していることを認めない。

 姑がぽつりと漏らしたところによると、マザコン野郎の家のほうが代々気管支に問題を抱えた要注意家系であるのに、そちらは議題にしない。都合の悪い部分は無視する。

 マザコン野郎は私が自分の言うことをきかない、自我を持つ人間だと分かり厄介に思っていた。そこで、たまたま判明した元病人というレッテルを大喜びで貼り付け、家にふさわしくないと叫び、一日でも早く追い出そうとしていた。

「君はいつも僕の言葉を否定してばかりだし、一方的に話し続けるから、僕はほとんど聞き取れなかったよ」

 話を広げようとせず、相槌を打とうともせず、無関心を通した男の言い分がこうだ。

 自分が非常識だから「違う」と否定されているとも考えず、逆に私の言葉を雑音だと見下し、ろくに耳に入れてもいなかった。

 ぼんやり、化け物だ、と思った。

 会話が成り立たない。相互理解が及ばない。こちらに非があると壊れたように主張し続ける。

 そんなものを、人間だとは思えなかった。

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