第1話 大志館隊士、大空瑞鳳
西暦2012年 大昭100年
「・・・・・・」(すぅ……すぅ……)
ゴロンッ
「・・・・・・」(すぅ……)
ズルッ ドサッ
「痛っ!」
(あぁ……朝、ですか……起きないと……!)
ムックリ
「ふあ~ぁ……」
午前8時過ぎのベッドの横、崩れた布団の中で瑞鳳が目を覚ました。昨日の夜は溜めていた事務仕事を一気に片づけていたため、寝るのがいつもより2時間以上も遅くなってしまった。
「ん~ぅ!」
腕を伸ばし固まった体を解しつつ洗面所に向かう。部屋を出て左にまっすぐ道なりに行き、突き当りの左の部屋が洗面所だ。
向かう途中、右に見える一際広い部屋が目に入る。
(そうでした、今日は皆さんは留守にしてるんでした)
通常業務開始は午前9時から、朝の報告会議から始まり、それを終えると各々自分の業務に移る。いつもなら今の時間では少し早いが、朝にやることがない人は、大体いつも決まっているが誰かしらいるはずだが、今はひっそりと静まり、座布団だけが円状に配置されているだけだ。
ジャブジャブッ シャコシャコッ クックッ
「痛いっ!」
最悪の寝相から生成される寝癖は極めて酷い。おまけにまだ寝ぼけてといたせいか、櫛に髪が引っ掛かり2~3本抜けてしまった。
(朝からツイてません)
鏡の自分とにらめっこしながら寝癖を直し、身支度のため自室に戻った。縁側の窓からサンサンと降り注ぐ朝日が5月のまだ肌寒い時期にはちょうど良い。
部屋に入ると早速床に落ちた布団を拾い、外の物干し竿にかけて叩いた。関節がまだ固まっているのか、腕の動きがぎこちない。どうもベッドは体には合わないらしい。
「良い天気ですね。近頃あまり少し天気が良くありませんでしたから」
せっかくの天気を逃すまいと、ここぞとばかりに全員分の布団を一気干しし、そこから拍車がかかり洗濯物やら部屋・廊下・庭の掃除を手際よく終わらせた。洗い終わった洗濯物を干す頃には体も温まって来た。
「これでよし、と」
瑞鳳のいるこの建物は千葉の片田舎の丘の上にある平屋敷。屋敷と言っても多少の経済力があれば済めるような場所。そしてここは瑞鳳含め、十数人が生活する住居であると共に『大志館』と言う組織の屯所としても機能している。
『大志館』は『誇り高き志』を掲げ戦う武力組織である。と言っても暴力団のようなものではなく、奉行所や帝界警察の様に治安保持を行う少数精鋭の組織だ。奉行所が一般的な犯罪を行うのに対し、大志館はより危険な荒事の対応が主任務、いわば奉行所の特殊部隊のようなものである。
瑞鳳は後回しにしていた身支度を思い出し、一度自室に戻った。体温で熱くなった寝間着を脱ぎ、クローゼットからいつもの服装に着替える。どこにでも売っている安物の着物と簡素なつくりの袴、そして刀掛けに置いてある愛用の長直刀を帯に差し、リボンで髪を整えた。
そして机の上に畳まれている黒縁で紅白のダイヤ柄の羽織を手に取り、バサッと羽織る。右上腕と背中に大きく『志』と書かれたこの羽織は、『誇り高き志』を背負う『大志館』の象徴である。
瑞鳳は約3ヶ月前に大志館創設者の一人で、現在の師匠である男から勧誘を受けて入隊したばかりの新参者。だが徹底された訓練と複数の任務を経験することで、着実に実力を身につけていっている。
だが今日は入隊してから初めてのたった一人の休日であった。
「何をして過ごしましょうか……?」
ポツリとそんな疑問がこぼれる。師匠からの命令で、せっかくの一人だけの休日なのだから自由にやりたいことをして過ごせと言われていた。
ありがたい話ではあるものの、ある日突然言われても予定も何もない。普段温疲れが溜まっているのであれば一日中グデッと寝ているのもいいが、生憎この職場は職務内容の割に十分な休息が取れてしまう。
「ふぅっ」とため息一つ、机の上に積み上げた書類の山を見る。昨日の夜ひぃひぃ言いながら片づけたもの、最後に直属の上官である師匠に出せば終わりだが、この積み上がったものを一気に渡すのも気が引ける。
だが性格上、むしろ後回しにされる方が嫌がられるのは明白のため、渋々ながら腕一杯に抱えて隣接した上官の部屋の机にドサッと置いた。
相変わらず散らかっているのか整っているのかわからない部屋、その中で何故か整頓されている机の上に『瑞鳳さんへ』と書かれた置手紙があった。
「何でしょう?」
手紙を開いた瞬間、中にあった白い包が落下し、机に落ちたのを確認し、手紙に目を通した。
『昨日はすいませんでした。あのバカはシバいといたんでご安心を、まぁそれで……(略)……と言うわけです。一応奴に代わって詫びを、あまり良い方法ではではありませんが、いくらか包んでおきました。それで何か美味いもんでも食ってください』
「相変わらず、長い! 読み終わるまで5分くらいかかっちゃいましたよ!?」
ため息一つ、さっき落ちた包がそれなんだろうと視線を落とすと、追記の文字が目に入った。
「?」
裏返すと、恐らく今朝方出る前に走り書きしたかのような殴り書きがあった。
『もし予定が無いのなら街に出てみるといいでしょう。任務はさておき、休暇での個人的な事なら、とやかく言う理由はありません』
「?」(何のことでしょうか?)
上官であり師匠であるこの男、普段から何をどこまで考えているのか、いまいちよくわからない、ある意味不気味な一面を持っている。だが、何かを示唆した言葉であることは明白である。
残念ながらその詳しいことまでは瑞鳳にはまだ理解できないが、その足のまま『華街』
〈華街〉
世間話に花を咲かせる主婦、手をつないで歩くカップル、騒がしく走り回る子供達、それ以外にも数多くの人達が集まり、今日も今日とでこの街は活気に溢れている。
種類・大きさ・見た目の全てがバラバラ、かつ数えきれない程の小店が建ち並び、まさに華街と言う名に相応しい店の花畑が広がっている。
瑞鳳は元々こっちの出身ではなく、まだ土地勘も薄い。何と手紙と一緒に置いてあった包の中には2万円が入っていた。それを手に、本当なら今日みたいな日は町探検の一つもしたいところだが、生憎追記の内容が頭から離れない。
(一体どういう意味なんでしょうか……?)
飲食店街の間に流れる澄んだ川沿いを歩きながら考える。だがその疑問はすぐに晴れた。
「ねぇ、この間の話聞いた?」
「今朝の新聞の?」
ふと、通りの端で世間話をする二人の主婦の会話が耳に入る。
「そうそう、また一人、今度は隣の街で行方不明になったらしいわよ?」
「月街は治安が悪いから……娘にもよく言わないと……」
若い女性の連続失踪事件、1ヶ月前からほぼ毎日のように報道され、その家族・友人からもその身を案じた呼びかけや捜索が行われていた。
奉行所も巡回の強化や対象である若い女性の夜間外出規制を行っている。帝界警察はと言うと、疑わしくは罰するといった過激な方法を取っている。そのため、そっちにも警戒しなくてはならない。
一方の大志館は、瑞鳳の視点ではこれと言った行動は全くとっているようには思えなかった。しかし、当然大志館にも親類・友人からの捜索依頼は複数受けている。
そしてその受けた依頼は、どのような方法・手段を使っているのかは不明なものの、瑞鳳が知る限りでは、全て解決し、無事失踪者を探し当てていた。
さすがともとれるが、そのおかげで一部の報道陣からは大志館がこの事件に絡んでいるというデマを流されたことがあるのはいただけない。
日常で起きる事件は、その大きさに関わらず、ものの1時間程度で大志館の耳に入る。他にも複数件あれど、昨日も先の話題が上がっていた。
(これですか、司令がおっしゃられていたのは……しかし……)
本事件においての大志館では、瑞鳳が『司令』と呼ぶ人物である彼女の師匠が主動となっている。瑞鳳にはまだ単独任務の権限は与えられていないが、置手紙の追記の内容的にどうやらそう言う事らしい。
大志館から華街を一直線に抜けた先には、少々古い街並みに似つかない近代的で大きい鉄道駅がある。華街と姉妹街を繋ぐ唯一の移動手段であり、休みなく多くの人々が行き交っている。
最も新しい事件現場に向かうためやって来たものの
「ぅぅ……」
前の広場に来た瞬間に大量の人の波に呑まれ、右往左往する人々を見ているだけで目が回ってくる。おまけに刃渡り100cm、柄の長さを含めれば115cmの長直刀の鞘が当たりそうで怖い。
まるで忍者のようにすいすいと人混みの隙間を縫うように歩く中、視界の隅に数人の黒い役服羽織が映る。
正義の味方とは名ばかりの奉行所だ。多くの人が出入りする場であり、尚且つ失踪事件の事もあるため警備という事で一応来ているのだろう。
しかしながら、ただ突っ立って煙草を吹かしながら談話に夢中になるあまり、肝心の人々の方はちっとも見ていない。
当然真面目に働いている者もいるが、不真面目な輩のせいで全体がそういう目で見られてしまう。それでいて待遇はほぼ同じ、本当に仕方のないことである。
(元々優秀な方しか務まらないのに、どうももったいない気がします……せめて真面目な方だけは正当な評価を受けられればいいのですが……)
怠惰な奉行官を横目に、再度人混みの中を進む。
バシッ
「痛っ!」
「あ、申し訳ありません!」
「ったく気をつけろ!」
「すいません……」
気を付けてはいたつもりだが、一瞬よそ見をしたら鞘が通行人に当たる。
「はぁ……」
(周りが見えてない証拠ですね……もっと視野を広くしなければ!)
ぶつかった衝撃で鞘の位置がズレてしまい、柄を掴むと、ある方向から強い視線を感じた。
「?」
先程述べた奉行官達が瑞鳳を睨んでいた。当然であるが、こんな人混みの中でいきなり刀に手をかけたら不審に思われるのは当たり前だ。
そのことに気付くと慌てて柄から手を放し、わざと大げさに手を動かして直した。とりあえずこれで難は逃れたはずだが、どうもまだ怪訝の目は向けられている。
この時代・世界では、幕府への届け出さえあれば、未だ刀や銃など武器類の所持が認められている。事実この場においても奉行官を除き、数名だが刀を差す人が確認できる。表面に見えない短刀・拳銃を含めればもっといるだろう。
そのため、ただ武器を所持しているというだけなら特別目を付けられることはない。だが、所謂ライバル企業、業績・信頼共に奉行所を凌ぐ大志館は、やはり彼らにとっては面白くないらしい。
だが、その視線の中にはやや珍しさのようなものも含まれているのだろう。女性でも武器は持つが、大抵のそれは小さくかつ目に見えないところが一般的で、瑞鳳の様に堂々と表に出していることはほとんどない。
(何もありませんよ! もう!)
バツの悪い表情でこちらを見る奉行官を睨み返した。そして態度悪くフイッとやると、どこからともなく甲高い声が響いてきた。
「掏りです!! 誰か捕まえて!!」
大昭戦記 桜茶 @YAMATO62
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