大昭戦記

桜茶

第0話_プロローグ

 正義とは魔法の言葉だ。その言葉をチラつかされただけでごく普通の生活を送る一般人は自分たちの味方であると錯覚する。簡単にその正義という物に靡いてしまう。


 だがその姿形もまるでわからない正義は、必ずしも我々の味方であるとは限らない。誰もが思う正義とはとどのつまり、その者が生まれつき持っている良心なのだ。だが彼らの正義は認められない。大きく正義を謳う者がいる限り。


 怒号と悲鳴が鳴り響き、連続で爆発する割れるような火薬の音が耳を貫く。目の前では家だったものが燃え、その黒煙が風に舞って自分に吹き付け目が開けられない。


 どうしてこんな目にあったのか、ただ私達はこの小さな片田舎で平穏に暮らしたいだけなのに。ただ、強引な立ち退きに、反発しただけだったのに。鈍く光る表情のない人型のそれにはもはや我々の訴えなど聞こえない。


 『帝界警察』、世界の平和を守るという大義のもと組織され、その構成員は世界中から徴兵という名で集められている。世界中の有力者からの資金援助により、その軍備は数か国軍隊に匹敵するとまで言われている。まさに、世界の平和を守るという上では十分な能力と言えるだろう。


 ただ、その大きな正義はいつでも誰相手でも常にいい顔をしているとは限らない。彼らの言うことやることは絶対であり、それに逆らうことは例えどんなことでも罪になるらしい。


 この村がある場所を新しい仮拠点にしたいからどこかに行ってくれ。何の前触れもなく突然来てそんなことを言われても、我々の家はここで、急に出て行けと言われても困る。続けてもう二言ほど言ったところで、村長だった祖父は帝界警察兵士に斬り殺された。そして次にその男が言ったのは


「お前達は我々に逆らった。よって反逆罪として、お前らを処刑する」


 あまりにもサラリと言ったため、一瞬言ってることの大きさが分からなかった。だが男の後ろにいた剣や銃で武装した兵士はその言葉に反応し、一斉に村人に向かって侵攻し始めた。


 そこからは漠然とした記憶しかなく、村は一方的な虐殺を行う戦場になっていた。瓦礫を避け火を搔い潜り、立ち込める砂煙に視界を奪われながら音のしない方に向かってひたすらに足を走らせる。その途中で硬い地面とは違う何かを踏んだようだが、気になどしていられない。普段から人のことを思うようにとさんざ言われてきたが、いざこういう状況になれば残酷な一面が顔を出す。事実自分も家族や友人の安否などよりも我が身が第一である。


 だが、そんな罰当たりな思考をした者は当然報いを受ける。それは私も例外ではなかった。


「あ……あぁ……」


 やっと視界が晴れた目前には黒鉄を抱えた鉄仮面が私を待ち構えていた。正確に言えば鉢合わせたというのが正しいが、自分の存在に気付かれた今となっては同じ事だ。


 その鉄仮面はゆっくりとこちらを振り向くと、恐怖で動けない私にその銃口を向けた。機械の腕はブレがなく、銃口の奥の闇までよく見える。人間追い詰められるとそんな低能な思考しかできなくなってしまうものだ。


 せめて一瞬で、苦痛に悶えないように殺されることだけを祈り、硬く目を瞑る。それから一秒も経たず、耳を貫く爆音が響き、そして止まった。


 目は相変わらず閉じたまま、心の中では「殺すなら早くしてくれ」と叫んでいた。だがすぐに、その言葉を発していることに違和感を覚えた。


 それもそのはずだ、さっき目の前で銃声が響いていたのだから、殺すも何もとっくに自分は死んでいるはずである。なら何が起きたのか、意識はあるだけで人間としては死んでしまったのか、それを確認すべく再び閉じた瞼を開く。


「え……?」


 確か目の前にいたのは帝界警察のサイボーグ兵士だったはずである。だが今目の前に見えるのは『志』の文字を背負った紅白の羽織を着た女性だった。私に背を向けたまま刀を払い、切っ先に目を向けるとついさっきまで自分を殺そうとしていたサイボーグ兵士が倒れていた。


 とりあえず今死の危機は去った、その安堵からか呆然としていると、その女性がこちらを振り返り、動けない私に手を差し伸べた。

「お怪我はありませんか? もう大丈夫ですよ、あとは私達にお任せください」


 それだけを言うと、彼女はまた戦場に戻って行った。優しい声と笑顔、それだけで直感的にこの人は敵ではないと分かった。


 瓦礫の隙間に身を隠し、私はその女性の戦いを見ていた。だが戦いというよりも、一つの舞踊を見ている気分だった。


 踊るように体を舞わせ、流れるように刀を振るう。そして時折見せる蛮族的な蹴り技はたった一撃でサイボーグ兵士の硬い鎧を砕いた。視界の端では、同じだが違う羽織を着た男が助けてくれた女性よりも多い敵と戦い、あっという間に敵は全員やられてしまった。


 女性を囲んでいたサイボーグ兵士も次々と数を減らし、最後の一人も倒された。あ

ちこちからは聞きなれた歓喜の声が聞こえていた。


 結果的に、私達は助かった。村人の半数近くはおそらく殺られてしまったかもしれないが、『正義』に胡坐をかいた帝界警察を『志』を背負った彼らが退けた。


 正義より輝いて見える志の文字、彼らが何者なのか理解するのに時間はかからなかった。


 正義よりもはるかに誇り高い『志』を背負う者、彼らは……

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