白線遊戯
星雷はやと
白線遊戯
「よし! 今から、白線の上だけ歩いて帰るぞ! 白線以外を踏んだら、サメに食べられちゃうからな!」
小学校の校門を出ると、同級生の勝尾が振り向き下校する際の『遊び』を口にした。彼の思い付きは、いつも突然である。その遊びに振り回されるのは大抵、家が近い僕と岩下だ。
「ひぇ……怖いよぉ……」
「……まあ、白線から出なければ大丈夫だよ」
岩下はその提案に怯えた声を上げた。彼は優しい性格だが、とても怖がりなのだ。体格が良くガキ大将の勝尾に反抗するのは得策ではない。僕は彼の肩に手を置くと、励ましの言葉を口にした。
「いいか! ここは大海原だ! 安全なのはこの白い道だけだからな! 絶対に落ちるなよ!」
「了解」
「り、了解です……」
勝尾を先頭に、僕と岩下の順番で白線の上に並びながら歩く。歩行速度はとても遅く、いつもより帰宅時間が遅くなることが予想された。
しかし幸いなことに、僕らが行く道には通行人は居ない。『遊び』の目撃者が居ないことはせめてもの救いである。
「隊長である俺について来い! 必ずこの海から生還して見せるぞ!」
「頑張りましょう」
「が……頑張ります!」
演技に熱が入る勝尾に合わせる。岩下は怯え緊張しているようだが、これが『遊び』であるからとは敢えて口にしなかった。勝尾は臨場感というものを大事にするからだ。きっと彼の思い付きは、昨晩テレビで放映していたサメ映画の影響を受けてのことだろう。海のない県民として、海を想定した冒険に憧れているのだ。
僕はその映画を観たことがなく、どのようなエンディングを迎えたのか知らない。だが勝尾が隊長を演じているということは、生還者なのだろう。
〇
「気を付けろ! 道が途切れているぞ!」
「本当だ」
「はわわ……どうしょう……」
暫く歩いていると、白線が途切れていた。正確に言えば白線が摩耗し、所々薄くなっているのだ。少しジャンプをすれば、問題なく進めるだろう。
「俺が先に行くから続けよ! ほっ! ほい!」
「よいしょ……」
勝尾はランドセルの重みを感じさせず、テンポよく白線の上を飛び移りながら進む。僕も彼の後に続き足を動かす。
「あ! ま、待って、二人とも……」
後方から岩下の焦った声が響いた。彼は運動が苦手である。此処に辿り着くまでも、白線の上を危なげに進んでいた。彼にはこの途切れ途切れになっている白線を進むのは難しいかもしれない。
「よし」
白線を飛び終え、岩下を迎えに行こうかと振り向いた。
「……え? 岩下?」
僕の後ろには誰も居なかった。学校を出てからの一本道、見晴らしは良い。その道には只、白線が続いているだけだ。
「おい? 何をしている!?」
「だ……だって……岩下が居なくなって……」
背後から響いた、勝尾の大声に僕は肩を震わした。そして岩下が居ない道を指差した。
「あ!? あいつ! 逃げやがったな! 明日とっちめてやる!」
「え、いや……」
勝尾は岩下が突然居なくなったことに腹を立てるが、僕には岩下が逃げ出したとは思えなかった。彼は気弱で運動が苦手だが、優しい性格の持ち主である。断りもなく帰るとは考え難いのだ。
しかし岩下が居なくなった他の理由を説明出来ない。出そうになった反論を飲み込む。
「柘植、行くぞ!」
「……うん」
名前を呼ばれ、僕は渋々足を再び動かした。
〇
「これは……助走を付けて飛ぶしかないな!」
二人で歩いていると、十字路に辿り着いた。進行方向にある白線は車道を越えた所にある。如何やら勝尾はこの車道を飛び越えるつもりのようだ。道幅は乗用車が一台通れるぐらいの幅であるから、助走を付ければ飛び越えることは可能だろう。
だが此処はマットがある体育館でも、掘り起こし整えてある砂場ではない。地面はアスファルトで転べば怪我をするのだ。
「いや、迂回しよう。危ないよ」
「あ? 何を言っている? 俺はそんな弱虫じゃない!」
「危ないよ」
「は? お前は強いから平気だ! お前だけ迂回しろよ!」
リスクを冒す必要はない。僕は迂回することを提案した。白線を左に曲がると五件進むと横断歩道がある。それを渡り、安全に向こう側に渡ることが出来るのだ。だが僕の意見は否定された。
「……分かった。僕は迂回してくる」
直ぐにでもこの『遊び』を放り出しても良かったが、それは僕の自尊心が許さなかった。前後の位置を交換する為に、勝尾が白線の『止まれ』を踏んだ。
「柘植は弱虫だな?」
すれ違うタイミングで煽り文句を浴びせられたが、取り合わなかった。この『遊び』を早急に終わらせることが目的である。僕は白線を左に曲がると、迂回路を進んだ。
〇
「あれ? 居ない?」
迂回路を選択し先程の十字路に戻ると、勝尾の姿がない。四方を見渡すが人影はない。彼は堪え性がない所が短所である。僕は家を五件分歩き、横断歩道を渡り更に五件分の距離を歩いたのだ。迂回路である以上、時間がかかるのは当然のことである。だが、彼は僕を置いて帰宅してしまったようだ。
「お~い! 勝尾?」
勝尾が白線を無事に飛び越えられたかは分からない。失敗し怪我をした所為でやる気を無くし、帰宅をした可能性もある。単に飽きて帰ったか、僕への嫌がらせとして帰ったかは分からない。唯一つ確かなことは、勝尾が此処には居ないことだ。
「はぁぁ……帰るか……」
僕は溜息を吐くと、家へと足を向ける。白線の件は無視しても良いが、そうすると明日の学校で勝尾に揶揄されることだろう。偶には言い返すのもいいかも知れない。誰も見ていないが、僕は白線の上を歩いて家まで帰った。
次の日、二人は学校に来ず。半年後に、二人のランドセルだけが遠く離れた海辺で発見された。
白線遊戯 星雷はやと @hosirai-hayato
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