最終話 おいしいエピローグ


「いいか。おまえより、オレのほうがアイルとの付き合いは長いんだ。だからこそ彼女の意図をすぐさま読み取り、おまえを攻撃から避けさせた。そうだろう?」

「いいや。アイル殿の愛情と信頼を一身に受けた俺が、愛の力で悪魔を打倒したんだ。それ以外でもそれ以上でもない!」


 ――なんて醜い喧嘩なんだろう……。


 とても、国を代表する勇者と天空伯たちの会話とは思えない。

 二人の口論があまりにうるさいので、アイルが目を開けば、忘れるにはあまりにも強烈なピンクでファンシーな天井が飛び込んでくる。いつもの天空城だ。


 寝室に男二人が押し寄せていること自体が問題あるが、二人とも包帯がぐるぐる巻かれている。


 カエルと人間が融合したような魔物の討伐中に気を失った覚えはあるので、その後の治療にユーリウスらが勇者たちも天空城に招いたことが察せられる。窓から見た空が明るいことから、少なくとも一日は経過しているのだろう。


 とりあえず、アイルは彼らの治療をしようと印を切ろうとしたときだった。


「そんなことより、こっちだ」


 アイルはあっさりと抱き上げられてしまう。俵抱きじゃないだけ、かなりの進歩だろう。

 だけど自分の許可なく勝手に運ぶのは勘弁してほしいと呆れていると、やっぱりあとをついてきた勇者クルトが文句を続けていた。


「手が痛いんだろう。無理せずオレに任せればいいのに」

「俺のお嫁さんに他の男が触れるなど、俺の心が傷つく」

「心が狭いな」


 仲がいいのか、悪いのか。

 そんな二人の口論の合間に「私、自分で歩けるんだけどなー」と呟いても、誰かが聞いてくれるわけでもなく。


 連れて来られた先は中庭だった。

 ユーリウスは花畑の真ん中にアイルを置けば「それじゃあ用意してくるから」とすぐさま踵を返していく。ポカンと見送るアイルの隣に、勇者クルトは当たり前のように座ってきた。


「あれから、一週間経っていてな」

「私、けっこう寝ていたんだね」

「オレらも三日くらい寝させてもらったからね。ドラゴンの煎じ薬の効きは凄まじいね。味も凄まじかったけど」

「あー、あの不味さはなかなかないよねー」


 アイルも二日酔いのときに、散々お世話になっているヴルムの特性煎じ薬。

 だけど効果はお墨付きなので、彼らの回復にも納得である。


 だって執事っこヴルムくんの指示のもと、勇者パーティ戦士の怪力と女魔導士の魔法で、桃色の花を咲かす木を植えているのだから。特に戦士はかなりの大怪我を負っていたはずだから、一週間やそこらで動けるようになって何よりである。


 ――あの木、どこかで見たことあるな。


 おぼろげな記憶では、もっと立派な大樹だった気がするけれど。

 アイルは植樹の様子を眺めながら口を開く。


「あれ、サクラっていうんだっけ?」

「怪物伯が『アイル殿との結婚記念だ!』と取り寄せたらしいな。治療費代わりに手伝わされている」

「なかなか贅沢な使用人だね」


 だけど、勇者パーティといえば人数がひとり足りない。

 なんとなくお察しながらも、この場にいない彼女への最後の礼儀かと聞いてあげる。


「メルティ嬢は?」

「今回の討伐が堪えたらしくて、実家に戻ってしまってな。代わりの治療薬が見つかるまで冒険はお預けなんだが……やっぱり、俺らにはアイルじゃないと――」


 そのときだった。「待たせたな!」と威勢良い怪物伯の声に振り返れば、やっぱりフリフリエプロンを着たユーリウスが大量のスイーツを運んできた。後ろには粛々とドリンクを運ぶメイドっこリントちゃん付きである。


 クッキーにパウンドケーキにシフォンケーキ。ババロア、プリン、ゼリー。チョコレートにマシュマロなどなど。外でも食べやすそうな甘い物天国に、アイルは思わず半眼を返した。


「だから私、甘い物はあまり好きじゃないと何度言えば――」

「好きじゃなくても、嫌いとは言ったことないよな?」

「なっ⁉」


 そんな文句は予測していたとばかりに、口角をあげたユーリウスがクッキーを一枚、アイルの口元に運んでくる。反発するようにがぶっと齧りつけば、やっぱりチョコレートのザクザク感が楽しくも甘すぎない、そんなアイルの好きな味が口の中に広がって。


 ――あぁ、もう。勘弁してほしいな。


 しかも今回は、隣の勇者クルトまでも微笑ましい表情でアイルを見つめてくるので、アイルが仏頂面のままモグモグと咀嚼するしかない。


 ちょうどいいタイミングでリントがドリンクを差し出してくれた。パチパチシュワシュワする酸味の利いたドリンクに、アイルは肩を下ろす。


「助かったよ」

「助かった?」


 小首を傾げるリントに、アイルはドリンクを飲みながら口を尖らせた。


「なんか口の中がずっとムズムズしてたんだ。何なのかわからないけれど――」


 途端、アイルがドリンクを落とす勢いでユーリウスが抱き付いてくる。

しかも嬉しそうに「そうか」と何度も反芻するものだから、アイルは貯まらず突き飛ばそうとするも――相手は怪物伯。アイルがいくらジタバタしようとも、決して離してはくれなくて。


「ちょっと、ユーリウス⁉」

「俺とキスしたこと、覚えているか?」

「はあ? そんなことされて忘れるわけ――」

「俺とのファーストキスが一番幸せな思い出だなんて光栄だ」


 アイルとて、自身の特殊体質は重々承知である。

 そのことがユーリウスにバレた経緯も覚えているので……彼の言葉から察して、おそらく悪魔の討伐中に唇が奪われるような、そんな出来事があったのだろう。


 だけど、それを認めてしまえば、それはそれで恥ずかしすぎるわけで。

 真っ赤な顔が誰にも見られないようにユーリウスの固い胸に顔を埋めるも、ユーリウスがアイルの耳元で囁いてくる。


「愛している。何度忘れてもいい。何度だって言ってやるから」

「あの……ご遠慮願いたいのですが?」


 怪物伯の腕の中に、逃げ場はない。


「知っているだろ? 俺はしつこいんだ」


 ――そうだった……。


 アイルは忘れていなかった。

 この男、お見合い三十連敗しても『幸せな結婚』を諦めることがなかった強靭な心を持つのである。そんな男とつゆ知らず、お酒につられて結婚を承諾したのは自分だ。


 そんな顔だけは異常に整った怪物伯ユーリウス=フェルマンが頬釣りしてくる。


「大好きだ、俺のお嫁さん」

「ああ、もう……酒を持ってこーいっ!」




 そしてもうじき、アイルは正式に『フェルマン』と名乗ることになる。

 毎年、サクラの木が咲くころに、この空に浮かぶ天空島で。


 勇者たちとお花見するのが恒例行事になる未来を――

 今のアイルはまだ知らない。

   


【のんべえ聖女とスイーツ怪物伯のおいしい契約結婚 完】

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