第26話

西暦2136年 11月 東京


 大理石の床に真っ赤な水が張られた湯船に浸かっている絶世の美女がいた。美しく艷やかな銀髪に人外じみた美貌を滴る赤い湯が引き立てていた。

 どこまでも美しい彼女、エレス・ドウラーは鼻と耳を削がれ、口を縫われた全裸の男に手招きをし、置かれていたグラスにこれまた真っ赤なワインを注がせた。彼女の浸かっている巨大な湯船の周りにはワインを注いだ男のように鼻と耳を削がれ、口を縫われている男たちがズラリと並んでいた。

 そんな彼女の浴室に来客がやって来た。


「…………相変わらず悪趣味……」


「あら、近江 紅さん。何しに来たのですか?」


 3年前の時から見た目の幼い近江 紅はズラリと並んでいる男たちを見て顔顰めながら、エレス・ドウラーに近づいた。

 エレスは聖母のような笑みを崩さずに要件を尋ねた。


「ん………お兄様が……呼んでる。」


「近江 蒼さんが……?……………それは、私の“血浴”を邪魔するほどの用事なのですか?」


 背景に般若を幻視しそうなほどの迫力を出しているエレスに対し、近江 紅は無表情のまま頷いた。


 一体何人分の血だろうか。浴槽に溜められた真っ赤な血を手の平に集結させ、小さなビー玉に変えてしまった。彼女の一々艶めかしい仕草で“それ”を飲み込んだ。


「ん~~……!美味しいわぁ……はぁ、すぐに行くと伝えて頂戴。」


「……ん………わかった………」


 エレスの浴室を出る際に再びを顔を顰めたが、すぐに無表情になって近江 紅は歩いていった。

 彼女が出ていくのを見届けてからエレスは、自身の裸体に欲情した男たちを伴って浴室から出ていった。


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西暦2136年 11月 大阪


「兄貴ーー!!どうやら先日の事件、『十二神将』が絡んでたらしいですよ!」


「うるせぇよ『安土あづち』。聞こえてる。………しかし、そうか……奴らが絡んでたか。」


「………それで兄貴。その………」


「……なんだ?」


「ズボンのチャック開きっぱっす。」


「…………それを早く言えよ。」


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西暦2136年 11月 熊本


 そこには地獄が広がっていた。無数に転がる死体。肉が腐った強烈な異臭。まさしく死の世界と言えるだろう。

 

 その中心には1人の少女がいた。

 15歳程だろうか。学生が着るセーラー服に、痣だらけの肌。手首にリストカットをしたのだろう、いまだに血が滲んだ傷が大量に刻まれていた。目は虚ろで仄昏い。何も感じていないような表情で俯いている彼女は死体に囲まれている。


「…………寂しい………みんないなくなった…………何で私だけ生きてるのかな………」


 誰も聞いていないその声は死体の海に消えていった。


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西暦2136年 11月 横浜 CafeLight


「フフッ、どうやら彼は面白いことをしてくれたようだ。」


「………だな。ところでテメェはまだ使のか?」


「まぁね。思っていたよりも使い勝手良くてつい使っちゃうんだ。」


「覇道会の連中に恨まれるぞ……?いくら3年前の頂上決戦に協力したとはいえな………」


「フフッ、そう言う澱橋こそ、イギリス政府に恨まれているじゃないか。………まぁ、覇道会はそこまで問題じゃない。だから、加山 裕刃の体はまだまだ利用させてもらうよ。」


「酷え野郎だ………すみませーん、コーヒーおかわり。」


「はーい!」


「そこまで言わなくてもいいじゃないか。…………僕もおかわり。」


 日差しの射し込む大きな窓から民衆を見下ろしながら話しているのは、S級ヴィランの加山 裕刃と澱橋 晶だ。

 巨大なビル群の一角にある小さなカフェに腰を下ろしている2人はコーヒーを飲んでいる。


「………ところで、“鍵”の解析はうまくいってるのか?3年前に奪ってから、ずっと手こずってるじゃねぇか。」


「うん………だいたい8割ってところかな。予想以上にややこしくてね…………フフッ、でもこれで僕の宿願が………叶うのだよ。」


 思わずゾッとするような笑みを浮かべトリップし始めた加山を、澱橋は気味が悪いもののように見ていた。


「相変わらずキモいな………」


「そう言う君は辛辣すぎないかい……?」


 いつものニヤけた笑みが心なしか引き攣っているのは気の所為ではないだろう。


「…………そういえば、澱橋。1つ言い忘れていた。ヒーロー組合が覇道会の本拠地を掴んだことは話しただろう?」


「あぁ。………ついに戦争か?」


「いや、『惰竜』が動くそうだ。」


「なっ!?………本当か?あの気紛れ女が?」


「僕も驚いたよ。流石に彼女とは動くとは思ってなかったからね。『剣神』クラスの実力者のくせして、性格が終わってるせいでS級ヒーロー最下位。皮肉を込められて付けられたヒーロー名が『惰竜』。ウケるよね……」


「笑えねぇよ馬鹿野郎。『惰竜』が今更動く理由が分からねぇ。もし、その情報が本当なら覇道会は滅ぶぞ?」


「だったらなんだ?僕らには関係ないだろう?」


 それが至極当然とでも言うかのような表情で宣う加山 裕刃。正確には別人だが、彼は紛れもなく“狂人”と言うべき人種だ。

 他人がどうなろうと関係ない。彼にはあるのは歪んだ望みと力だけ。


「フンッ…………やっぱ狂ってるなお前。」


「どうも………」


「褒めてねぇわ…!」


 澱橋は運ばれてきたコーヒーの苦みに顔を歪めていた。

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明らかに悪役っぽい異能力を授かったので、悪の道に堕ちようと思います 烏鷺瓏 @uroron

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