第25話

西暦2136年 10月31日 東京 日本ヒーロー養成学校 東京校


 医務室で横になって休んでいた天坂 勇次は外から聞こえる悲鳴と低く怖気のたつ叫び声で目を覚ました。

 ふと起き上がると同時に入口がガラッと開いた。


「ハロー、天坂 勇次くん。初めまして。」


「ッ!?誰ですか……?それに外で一体何が?」


「んー?俺は八代 真司、B級ヴィランの『残虐者クルーエル』って言ったほうが分かるかな?今、外では俺たちが放ったモンスターたちが暴れているんだよ。それでー………突然で悪いんだけど、俺と少し戦ってくれないかな?………ってそっちはやる気満々だね。」


 唐突に医務室に入ってきたのは、恐ろしく整った容姿に艷びた髪、飲み込まれそうな程に漆黒の瞳を持った美青年だ。自らをヴィランと名乗り、モンスターを放ったと平気な顔をして言う危険人物に、天坂はすぐに魔力を練って構えた。

 

「ふーん………殴り合いを俺に挑むんだ?」


「………」


 八代はゆっくりと右手を前に出し、ニヤリと笑った。


”シュッ……”


 事前に構えて完全に集中していないと避けきれないパンチ。不意打ちというわけでもないのに眼前に来るまでまったく分からない。まさしく”虚をつく”拳であった。


「クッ……!何が起きたんだ今?見えなかった……!?」


 天坂に与えられたのは動揺と混乱。

 右手で天坂の視界を奪い、左手で死角からの鋭いパンチ。それが八代のしたことだ。言葉にすると簡単だが、実際には完璧な間合い管理、相手の視線の把握、その他予備動作を悟られないように動かなければならない。それをやってのける八代はやはり天才なのだろう。

 だが、そのパンチに反応して避けた天坂もまた天才だ。人外じみた反射神経。それは天坂 勇次の現時点における最強の武器である。


「これ避けるってなかなかだね………やっぱり君は最高だよ。ククッ………」


「何を言ってるんだ?………それよりお前、本当にB級ヴィランなのか?」


「一応ね…………嘘は言ってないよ?」


「…………だろうな。俺の“勘”もそう言ってる。」


「……“勘”?お前………気づいてないのか?」


「?………何の話だ?」


「………こっちの話だ。それより続きをしよう。」


 構えていた2人の拳に力が入る。


 素早いパンチとキックの応酬。2人の乱打はとてもB級ヴィランとヒーロー候補生の“それ”ではなかった。

 八代は恐ろしく正確な“読み”。一方の天坂は野生の獣のような“勘”と“反射神経”。

 両人ともに天才的な戦闘センスに加え、“選ばれし者”の才能を持っている。


 だが、今回は………八代の“読み”が勝利した。もちろん魔力操作の練度や異能力に対する理解など八代のほうが優れていることは多いが、天坂は結局防戦一方の戦いを強いられ八代に一撃も与えられなかった。そこには天坂の心理を言動の一つ一つから理解する高度な“読み”があった。最終的には無理やりなパンチを引き出して体勢が崩れたところに渾身の一撃を食らわせた。


 強烈なボディーブローを喰らい床に這いつくばっている天坂に八代は問いかけた。


「………フンッ、やっぱこの程度か。お前何でヒーローなんかを志したんだ?昔、命でも救われて憧れたか?」


「……だ……ったら…なん……だ?ゲホッ……」


「そうか………やっぱしょうもねぇ男だな。そんな弱っちいお前に1つ、強くなるヒントをやろう。お前の姉、天坂 奈緒を拉致したのは俺だ……!」


「……なっ!?お前が……!姉さんを返せ!!」


 怒りに任せた拳は容易く止められた。


「弱え!弱え!弱え!お前………ヒーロー向いてねぇよ。ハッハッハ!じゃあな、天坂 勇次。」


 魔力を込められた鋭いパンチが天坂の体を貫く。血だるまになっても、天坂は根性で意識を保っていた。トドメに顔面を殴って笑いながら八代は医務室を出ていった。

 天坂は今までに感じたことのない屈辱と悔恨に塗れていたが、床で寝そべっていることしか出来なかった。そっちのほうが楽だと感じている自分にムカついてしかたなかった。


////////////////////

東京 日本ヒーロー組合東京本部


 八代と天坂が戦っていた時、この男はS級ヒーロー3名、A級18人相手に蹂躙していた。


「ハッハッハ!こりゃヒーロー組合も時間の問題だぜ?………本当に覇道会はこんなのに苦戦したのか?」


「油断しないでください………貴方が相手しているのはS級でも戦闘力の低い者たちです。足元掬われますよ?」


「フンッ……俺がそんなヘマするかよ。だが、お前も八代のやつに教わってた“あれ”、出さずに済むんじゃないのか?」


「………そうですね。でも真司さんの予想ではそろそろ来るはずですよ…………『剣神』が。」


「ん?………!?なっ!……西に張ってた“俺”が殺られた?」


「!………本当に来ましたか。」


 見た目も中身もまったく同じ“彼”だから分かるのだろう。自身の“ストック”によって生み出された“彼”が死んだことが。

 正直なところ蹂躙されていたとはいえS級ヒーロー3人いれば“時間稼ぎ”くらいなら出来る。彼らだけでは勝利は掴めないが、足掻くことなら出来る。つまりこのヒーロー組合東京本部襲撃を勝利で終わらせるためには「剣神」というジョーカーが必要だった。

 だが、日本各地で発生した異常発生スタンピードにより、「剣神」を始めとするS級ヒーローたちが散らばった。



 だからこそ読み間違える。八代の本当の狙いを。スタンピードでヒーローの戦力を散らし、日本ヒーロー組合東京本部にS級の中でも飛び抜けてヤバい豊田 善を投入。そして、それすらも囮にし、本命のヒーロー養成学校東京校に襲撃をしかける。

 結果として日本は混乱の渦に呑まれ、ヒーロー組合を襲撃している豊田 善に戦力を集中させてしまった。各地に放たられたモンスターによって強力なヒーローを集結させることが出来なかったという背景もあるが、ヒーロー養成学校に大した戦力を向かわせることが出来なかったのはヒーロー組合の落ち度とも言える。

 なぜなら、この件をきっかけにヒーロー組合の信用は失墜、さらに後世を担うヒーロー候補生を多く失うことになったのだから。



 S級1位ヒーロー「剣神」が日本ヒーロー組合東京支部到着時に豊田 善、天坂 奈緒、撤退。


 S級8位ヒーロー「暴食」が日本ヒーロー養成学校到着時に八代 真司、新見 柚蓮、伊太良 政、陳 春鈴、胡然 美琴、撤退。


 ヒーロー候補生179名死亡。


 新たに八代 真司をレートS級ヴィランとして認定。


 11月4日、日本各地で発生した異常発生スタンピード完全鎮圧を確認。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る