第24話

西暦2136年 10月31日 東京 日本ヒーロー組合 東京本部


 S級ヒーロー「剣聖」によって真っ二つにされた豊田だが依然として変わらぬ不敵な笑みに、異能力『千里眼』で離れたところから観察していたS級ヒーロー「千里眼」は疑問を抱いた。


”なぜ腕を斬られたにも関わらず平然としているのか?”



 その答えは………


 ”分裂”するからだ。


 2つに分かれた腕は勢いよく収縮し、2の豊田 善になっていた。


「ギャハハハッ!バカ共め!俺に斬撃が効くわけねぇだろうが!」


「ハハハッ!俺はこっちで天坂 奈緒と観戦しとくぜ!」


「任せとけ!”俺”!」


 異能力『細胞分裂』。自身の体内に“ストック”を作り、自由自在に増殖、結合できる異能力だ。これによって得られるのは、肉体の変形だけでなく“個”の集合である。この異能力によって溜め込まれた“ストック”の数だけ、豊田 善という“個”が存在するということ。全てのストックに自我と命が宿っている。ゆえに彼は斬られようが殴られようが燃やされようがストックの数だけ生きることが出来る。


「…………化物め。」


 記憶の片隅に残っていた豊田 善の手配書を思い出した「千里眼」は小さく呟いた。

 その瞳には「剣聖」の無数の斬撃によって無数に増え続ける豊田の姿が写っていた。


「ふぅー………よし。」


 これからすることに意味がないと分かりつつも、負けられない戦いゆえに呼吸を整える。同じS級ヒーローの「設計者」に作ってもらった狙撃銃のスコープに目を当て、「剣聖」の間近にいる豊田に狙いを済ませた。


“タンッ……!”


 静かな銃声が鳴り、豊田の頭が爆散した。

しかし、「千里眼」の予想通り爆散した肉片はすぐに膨れ上がり、豊田の逞しい肉体を作り上げた。

 すでに数が数百を超えており、「剣聖」に群がっている者、「千里眼」の狙撃に気づき向かって来ている者、ヒーロー組合へ進行を続ける者。3つのグループに別れて行動している。

 まぁ、全て豊田 善なのだが。彼に立ち向かっているヒーロー全員が思った。


“勝ち目がない……”


 弱点らしい弱点がなく、数の暴力と純粋な戦闘能力に圧倒される。今でこそ「剣聖」が遠山流剣術で切り刻んでいるが、このまま増え続ければ敗れるのは必然。だが、戦わなければ被害にあう一般市民が大勢いる。

 進むも地獄、退くも地獄。ヒーローたちにとってそんな戦いが始まった。


////////////////////

日本ヒーロー養成学校 東京校


「勇次くん……大丈夫かな。」


「…………心配だよな。」


 暗い雰囲気で廊下を歩いている高槻 美穂と夕凪 颯は真っ青になってふらついていた天坂 勇次の心配をしていた。

 だが、2人の頭は別のことで一杯だった。

 

 天坂 奈緒


 ヒーロー学校のアイドルで実力、性格ともに最もヒーローに近いと言えた。にも関わらず浮気をしていた。2人はその事実を信じられずにいた。

 もしかしたら次に会うときは敵としてかも知れない。そんな考えが頭をよぎる。もしそうなった時、ちゃんと戦えるのだろうか?


 だが、現実は無情だ。


 始まりは地鳴りだった。最初は気づかないほどの小さな揺れ。だが、徐々に大きくなってきた。さすがに“異常”と2人も分かった。

 そして、獣のような唸り声。安全圏であるはずのヒーロー養成学校にモンスターの襲来だった。

 

「「なっ!!」」


「モンスター!?なんでここにっ!?」


 窓から見える景色には、2、3メートルはある巨体の異形がヒーロー候補生を追い回している姿が写っていた。腕が4つある鬼のようなモンスターで、捕まえたヒーロー候補生を生きたまま口に放り込んで咀嚼していた。

 2人は食べられた者の断末魔と全身が砕ける音を聞いてしまった。一瞬にして青ざめ、体が硬直して動けない。

 だが、それは“鬼”にとってただの獲物である。自身への恐怖の視線を感じ取ったのか、ニタリと笑い弱者を虐める時のような顔で”鬼”は手を伸ばした。

 実際はそんな事ないのだろうが、2人は命の危機に時間が止まったような感覚に陥っていた。ここで動かなれけば“死”。不思議なことに鬼の手の動きが恐ろしくゆっくりに見え、鬼の手の脈、筋肉、呼吸、全てが感じ取れた。それでも2人は恐怖に支配されていた。

 そんな2人を救ったのは…………1人のヒーローだった。


「危ないっ!!」


“ドカッッ!!”


 まるでタックルのように突き飛ばすことで高槻と夕凪の命を救った。


「イテテッ………あ、ありがとうございます。」


「礼はいい。早いところ逃げなさい。このモンスターは強い……!」


 自分よりも格上の相手にも怯まずに戦う。そんな姿に2人は憧れを抱いた。だが、2人はこの場に残っても意味がないと分かっているため逃げることを選択した。背後で勇敢なヒーローの悲鳴と握りつぶされる嫌な音が聞こえても決して振り返らずに。救われた命を無駄にしないために走った。



 ヒーローを身代わりにして生き延びた2人は校舎の外に出た。しかし、そこには地獄が広がっていた。盛大に暴れ教師とヒーロー候補生を食らうモンスターの姿。何とかまとまって集団で戦うことで生き延びているところもあるが、延々と湧いてくるモンスター相手に時間稼ぎが精々だろう。


「………ッ!?いったいどこからこれだけの数が……?」


「ふふっ、気になるかい?」


「なっ!?………いつの間に?」


 声をかけられるまでその存在にまったく気づかなかった。この状況でこんな呑気な言葉を普通の人が発せるはずがない。敵だと認識しても後ろを振り向けない。先程の“鬼”以上の得体のしれなさを感じていた。


「そんな恐がらなくていいのに………ねぇ、新見くん。」


「………いや、普通ビビるだろ。」


 新たな人物の登場。フランクに話す男と冷淡に対応する男の2人組。この場において明らかに異質な存在だった。


「コイツら始末しなくていいのか?八代。」


「んー?………コイツらはまだいいよ。まだ先に使い道があるから。」


「………そうか。……………伊太良さんも動き出したぞ。」


「良いタイミングだね〜……俺達も移動しよっか。」


 まったく生きた心地がしなかったが、八代と新見は2人のもとを離れた。その後、何故か周囲のモンスターは2人を襲うことはなかった。だが、2人に刻まれた恐怖は計り知れない。

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