第5話 勇者の証

見学後、改めて使者が訪問した。


「すみません、私には荷が重い話で。お断りしたいと思います。」


使者は残念そうな表情だったが、しつこくは誘って来なかった。



「仕方ないとは思います。ジャング様にも今の生活がありますからね。ただ、一つだけ、個人的に言いたいことがあるのですが、失礼を承知でよろしいですか?」


「なんでしょう?」


「勇者様は、本当に素晴らしい方でした。国民がニュースで見る内容なんて、極一部です。強くて、仲間思いで、我々のような凡人であってもいつも気遣ってくれました。我々が戦えるのは、勇者様がいるからなんです。我々が、死や怪物への恐怖、家族や故郷を失う悲しみを乗り越えられるのは、勇者様との絆があり、平和を願う気持ちが一つになっているからです。」


使者の目から涙が溢れた。

大の大人が泣くなんて。



「貴方が、勇者様と違うのはわかります。でも、いざこうして話していると…どうして、同じ顔でこんなにも違う人生なのかと考えさせられます。勇者様が魔物と血で血を洗う戦いをしているときに、貴方は魔物と仲良くし、治療をしている。貴方を見ていると、まるで勇者様や我々が間違っていると言われているような気がするのです。」


「俺は…そんなことを思ったことは一度もありません。一応、形ばかりでも、兄ですから、勇者については誇りに思っていました。それに、討伐隊だった友人もいるわけですし、いかに大変な仕事か、理解しているつもりです。皆さんの働きに私が口を出せる立場ではありません。私は…たまたま魔物たちと、今までにない縁が出来ただけです。これは偶然です。私に特別な力があるわけではありません。」


使者は涙を拭った。



「いいえ、それは貴方の力です。」


「え…?」


「貴方は気づいていないでしょうが、貴方は、魔物と触れ合っているとき、瞳の色が金色になっているのです。」


知らなかった…。

そんな一時的なこともあるのか。



「そして、勇者様はある時から瞳の色が黒に戻りました。決戦間近でそんなの、あってはならないことでしょう?勇者様はコンタクトで色を誤魔化しました。自分のためではありません。勇者様を信じてきた、みんなのためです。」


その時の勇者や周りの者たちの気持ちを考えると、本当に恐ろしいことだったと思う。

負けること、死ぬことをわかっていても戦争を辞めることはできない。

そういう状況だったのではないだろうか。



「少なくとも、私は魔王も魔物も許しません。私は、勇者様と死んでいった仲間たちが大好きでしたから。すみません、やり場のない気持ちを、貴方にぶつけてしまって。」


この人も、『事情がわかってる無関係な人』に話したかったのかもしれない。


使者は帰っていった。

俺が魔物と悪さをしないように、モニタリングは続くらしい。

それについては申し訳ないと言われた。



――


いつものように野原で魔物の治療をし、採集をする。


レイリーに、瞳の色の話をした。


「え?そうだったの?気づかなかった。」


本当に気づいていないみたいだった。


「30過ぎたおっさん同士が、目と目で見つめ合ってたら、キモいでしょ。」


それもそうだ。



ドラゴンが首を垂れて、背中に乗るように誘ってくる。

一緒に空中散歩を楽しもう、という意味だ。


ドラゴンに手綱と命綱をつけて背中に乗ると、ドラゴンは翼を開いた。


いってらっしゃい、とレイリーが手を振る。



夕暮れの始まる時間。

橙の光が大地を染める。

人間の街も、魔物の住む森もこんなに小さい。


「もうすぐ冬が来るな。」


そうドラゴンに話しかけた。

ドラゴンはガルルルルと、軽くひと鳴きした。

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勇者じゃない方!魔物のお医者さんジャング 千織 @katokaikou

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