第4話 敷いた道
円状の風圧が、舞い落ちる雪を吹き飛ばした。
勇者の水平斬り。まるで空間に一本の赤黒い直線を描くだけの、ただそれだけのためにある魔法なのかと思わせるほどの一振り。
ギンは少し目を見開いた後、微笑した。それは明らかな哀れみであった。
聖剣はギンの首に触れて停止していた。
「ほんっと………、根性なしだなおまえは……」
いや、触れてすらいないのかも知れない。
ガタガタと震え始める聖剣。勇者は両手に全力の込めてその見えない反発に抗うが、それは鋼鉄の盾よりも遥かに硬かった。
レインの涙がぼたぼたと石橋の上に落ちる。聖剣がついに彼女の手から離れ、涙の後を追って甲高い音をあげた。
へたり込むギンの傍ら、彼女は力が逃げ去る全身を、石の上に両手をついてなんとか支えた。それでも鼻先から溢れる粒は次々と目の前に落下していく。
「こんな、……」
レインの口から意味を持たない言葉が漏れ、啜り泣きで塗り替えられた。
ギンは訳がわからなくなって、手のひらで自分の両目を覆い隠した。
動きを失った二人に、近づいていく者が一人いた。グリザは大きな拳を握りしめていた。それは怒りではなかった。
「リディアちゃん。
戸惑いと悲哀に暮れていたリディアは、その意味をきちんと理解する前に小さく頷き、両手をグリザに向けて突き出した。
彼女を温かい光が包み込む。グリザはそのまま一歩ずつ歩いた。ギンの近くまで来ると、彼女は円形の小さなタリスマンを握りしめて、ギンの背中に手をかざす。ギンは少しも驚いたりしなかったが、彼の体の正面にあった大きな切り傷が瞬く間に癒えた。
次いでグリザはレインの正面に立った。レインの垂れた頭頂部を正面に捉えた。
「レインちゃん」
そして彼女の両肩を掴み、自身に向き合わせた。ギンとリディアは黙ってその様子を見ていた。グリザはいつだってパーティーのリーダーだった。今のような暗い揺れがパーティを揺すった時、鎮めるのはいつもグリザだった。
だからというわけではないのかも知れないが、グリザを見るレインの顔はそれはもう酷い有様だった。誰が見ても彼女を勇者だとは思わないだろう。
「レインちゃん、あなたは何がしたいの」
グリザは口調も顔も決して優しくはなく、冷たかった。だがそれが暖かい冷たさであることをギンとリディアは感じていた。
「私は……、」レインはグリザを見上げて、口元を震わせながら言う。「私はみんなを……」下を向いて息を飲み込み、一気に打ち上げるように、見開いた視線をグリザにぶつけた。「私はみんなを殺さなきゃ!
白と赤の木々が揺れた。
数秒の沈黙の後、グリザが「そうなのね」と言った。
グリザはレインの手を握り、勇者を立ち上がらせた。そして彼女のみぞおちに全力の拳を叩き込んだ。
空気が弾けた。
勇者の体は魔王城の正門に激突し、その重厚で堅牢な扉に大穴を開けた。
グリザの打撃はギンには及ばないとはいえ、最上位の魔法使いによる付与魔法が効いた一撃だ。勇者でなければもらった瞬間に体が弾け飛んでいた。
彼は大穴の向こうで転がっている勇者の元につかつかと歩きながら言う。
「ぶっ殺す」
勇者は世界を裏切った 紳士やつはし @110503
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