黒天使と白悪魔

高巻 渦

黒天使と白悪魔

 天界に、一人だけ黒い天使がいました。

 背中の羽根も、頭の輪っかも、着ている服も、真っ黒でした。

 ほかの白い天使たちは、黒い天使を怖がって、誰も話しかけようとしません。

 ひとりぼっちの黒い天使は、神様に尋ねました。


「神様、どうしてオレは他の天使と違うんですか」


 神様は言いました。


「ググれ」


 天界にはパソコンも、スマホもありません。

 なぜ一人だけ黒い天使が生まれてしまったのか、神様にもわからなかったのです。

 次第に天使はふさぎ込むようになり、口は悪く、態度は横柄になっていきました。




 ところかわってここは魔界。

 魔界にも、白い悪魔が一人だけいました。

 背中の羽根も、頭のツノも、お尻のしっぽも、真っ白でした。

 ほかの黒い悪魔たちは、白い悪魔を気味悪がって、誰も話しかけようとしません。

 ひとりぼっちの白い悪魔は、魔王様に尋ねました。


「魔王様、どうしてボクは他の悪魔と違うんですか」


 魔王様は言いました。


「白い悪魔とかもう天使になればいいんじゃね? 天使に昇格、略してテンアゲ。いい波乗ってんねェ卍」


 魔王様はパリピでした。

 なぜ一人だけ白い悪魔が生まれてしまったのか、魔王様にもわからなかったのです。

 次第に悪魔は皆に好かれようと、言葉遣いは丁寧に、物腰は低くなってゆきました。




 行き場をなくした、黒い天使と、白い悪魔。

 二人は毎日、天界と魔界の境目にある三途の川のほとりに座り込んで、石を投げ込んでいました。

 そしてある日とうとう、二人はばったり出くわしました。


「お前、悪魔なのに白いのか」

「そういうあなたは、天使なのに、黒い……」


 二人はすぐに仲良くなりました。


「お前、悪魔なのに優しいんだな。オレと大違い」

「ありがとうございます。そういうあなたこそ、天使なのに尖ってる。ボクの理想像ですよ」

「そりゃどうも。天使共はオレのこと怖がるけど、お前は怖がらない。流石悪魔だよ」

「ちょっと怖いですけど……でも、あなたと話せた嬉しさの方が大きいですから。悪魔の方々から疎外されてたボクと、こうして話し相手になってくれる。流石天使です」


 二人は並んで川のほとりに座り、一日中話し続けました。

 ある日、黒い天使は白い悪魔に言いました。


「なあ、オレたち一度入れ替わってみないか? オレは魔界に、お前は天界に行くんだ。その方がしっくりくるかもしれねーぞ」

「奇遇ですね、ボクも同じことを考えていました。お互いの環境を変えれば、案外馴染むかもしれません」


 二人は背中の羽根で三途の川を飛び越えて、今までお互いがいた場所に降りました。


「じゃあ、天界で上手くやれよ、悪魔」

「はい、あなたならきっと上手くやっていけますよ、天使さん」


 そう声をかけ合って、黒い天使は魔界へ、白い悪魔は天界へと向かいました。


 しかしそれは大きな間違いでした。

 いくら色が同じでも、天使は悪魔のように願いを叶えたり、人間の魂をもらうことはできません。

 いくら色が同じでも、悪魔はキューピットになったり、神様のお告げを人間に伝えることはできません。

 いくら色が同じでも、仕事のできない二人は、元いた場所にいるときよりもひどく迫害されてしまいました。


 そんなある日、二人は他の天使や悪魔がこんな話をしているのを聞いたのです。


「あの黒い天使、天使のくせに口は悪くて怖かったけど、いないと緊張感がなくなって締まらなくなるな」

「あの白い悪魔、悪魔のくせに物腰低くて変な奴だったけど、仕事はしっかりこなせてたよな」


 二人は再び、三途の川のほとりを訪れました。


「魔界は大変だな。お前はいつもあんな仕事をしてたのか、見直した」

「ボクの方こそです。天界の仕事が全然出来なくて……見くびってました、天使の仕事を」


 そして二人は、他の天使や悪魔たちが言っていた言葉をお互いに教え合いました。


「そうか……オレのことを怖がってるだけだと思ってたあいつらが、そんなことを考えていてくれてたのか」

「ボクの働きを、悪魔の方々は認めていてくれてたんですね……」


 二人は三途の川を飛び越えて、自分たちが元いた場所へ帰っていきました。

 それから二人は、揃って立派な天使と悪魔になりました。


 めでたしめでたし。




 私は絵本を閉じた。

 ポケットの中には十万円の入った財布がある。私のものではない。さっき道端に落ちていたのを拾ったのだ。

 交番に届けようか、それともネコババしてしまおうか……そんな葛藤に苛まれながら歩いていたら、なぜかいつも通っている図書館に来てしまった。


 私の頭の中で、黒い天使と白い悪魔が同時に囁く。


「オイコラテメー。その財布を交番に届けねーと今すぐ天罰でブチ殺すぞブス。オレの言うことに従わねぇなら二度と幸せになれねぇ体にしてやるから覚悟しろや」

「ボクのような悪魔が突然貴女様の脳内に現れてしまい誠に恐縮でございますが、一つ助言をさせて頂くと、その財布は中身ごと自分のものにしてしまうのが一番かと……」

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