校内一の美少女と幼馴染なんて羨ましいとか好き勝手言ってくれるけどな、俺達はお前らが思ってるような関係じゃないんだよ

そらどり

幼馴染は完璧美少女

 佐々木星羅ささきせいらという女子生徒について尋ねれば、知らないと答える生徒はこの学校にはいないと断言できる。


 頭脳明晰でスポーツ万能、しかも極めつけはその可愛らしい容姿ときたものだから、彼女は天から三物を与えられた存在。まさに完璧美少女と言っていい。

 当然みんなからの人気も高く、彼女が廊下を歩けば周囲の生徒は羨望の眼差しを向ける。それはもう見惚れてしまうほどに。それほどにまで佐々木星羅という女子生徒は校内一の美少女として有名なのだ。


 さて、そんな完璧美少女の幼馴染ともなれば、男子からの嫉妬の嵐が凄まじい。

 その幼馴染である神崎傑かんざきすぐるは、常に校内の男子から目の敵にされていた。


「なあ、お前って佐々木さんの幼馴染なんだろ? 羨ましいわ~」


 今日もまた決まりきった質問をしてきたクラスの友達に、傑は小さく溜息を付く。


 確かに星羅とは物心つく以前からの幼馴染とはいえ、同じ質問を受け続ける身にもなってほしいのが本音だ。

 二桁を超えてからは数えるのをやめてしまったが、入学してからほぼ毎日されているのだ。鬱陶しいことこの上ない。


「確かに星羅とは幼馴染だけどさ、それのどこがいいんだよ?」

「バカ、いいに決まってるだろ。あの佐々木さんの幼馴染だぞ? 合法的にお近づきになれるとか羨まし過ぎるだろうが」

「まるで近づくことが法に触れるみたいな言い方」

「そりゃあな。ただでさえ超絶美少女なのに、凛とした佇まいでこの学校を仕切る不動のカリスマ生徒会長様ともなれば、恐れ多くて男子は気安く近づけねえよ」

「そういうもんか……?」


 星羅が生徒会長として生徒から慕われているのは知っているし、この友人のように多くの男子から高嶺の花の如き存在として崇められている光景も数知れず見てきた。

 ただ、傑としてはあまり共感できない。これはまあ、単純に距離が近すぎるが故の問題なのだろうが。


「しかも、佐々木さんの親の事情で今一緒に住んでるんだろ? いいよなー、何でもできる完璧美少女との同棲生活。毎日佐々木さんにお世話してもらえるなんて、良いこと尽くしじゃないか」

「いや、そんな漫画じゃないんだから。そもそもウチの親だって一緒に住んでるんだが」

「朝も起こしに来てくれたり美味しいご飯を作ってくれたり、きっと毎日が幸せなんだろうなあ……」

「少しは人の話を聞けや」


 随分と幼馴染という存在に対して幻想を抱いているらしいが、そんな妄想的シチュエーションは現実的に考えて起きるはずがないだろう。

 そう思って何度否定しても全く聞く耳を持ってくれないのだから、周りの人達には本当に困ってしまう。


(ったく、家でのアイツはもはや別人だってのに)


 男子からの嫉妬の嵐は日常茶飯事だが、幼馴染だからといって周囲から羨ましがられるような関係ではないのだ。

 それなのにどいつもこいつも好き勝手言いやがって……真実も知らずにお気楽な奴らだと傑は溜息を付いた。


「あーあ、星羅様の幼馴染とあればさぞかし良い思いしてんだろうなあ……」

「あのなあ、お前は幼馴染ってものに幻想を抱き過ぎなんだよ。俺達はお前らが思ってるような関係でも何でもねーってのに」

「そう謙遜すんなって」

「してねえよ」


 愉快そうに笑う友達に、傑は眉をひそめて言い放った。







「ただいまー」


 その日の学校を終え、玄関で靴を脱ぎながら帰宅を知らせたと同時、リビングからものすごい物音が聞こえてきた。

 初めての人であれば大事かと驚いてしまうところだが、日常的に慣れている傑は全く動じない。「またか……」と呆れ顔を作ると、そのまま歩いてリビングの扉を開いた。するとそこには―――


「あっ、傑くん助けて~! ホットケーキ作ろうとして材料かき混ぜてたら手が滑っちゃってキッチンが大変なことに~!」

「……」


 粉まみれになった床の上で材料とともに転がっている星羅の醜態があった。


「えっと、ツッコミどころが多いんだけど。そもそもなんでホットケーキ作ってたの?」

「だって傑くんに私の手料理食べてもらいたくて……おばさん達がいない間の家事とか私の世話とかいつもしてくれてるから」

「その気持ちは嬉しいよ? でもさ、星羅料理できないじゃん。この間だって材料かき混ぜたら全部床にぶちまけて無駄にしちゃってたし」

「大丈夫! 今回はまだボールの中にちょっとだけ残ってるから!」

「結局ダメじゃねえか!」


 ぺたんと座ったままボールの中身をひけらかしてくるが、どうして誇らしげな顔ができるのか分からない。周りの惨状に目をやりながら、傑は思わず頭を抱えた。


 学校でのキリッとした姿はどこへやら、家ではドが付くほどのポンコツ人間に成り下がってしまう星羅。

 学校ではうまく誤魔化せているおかげでお高く留まっているものの、少なくとも傑の知る星羅はカリスマどころか、家事も身の回りのことすらできない赤ん坊なのだ。


「ああもうこんなに汚して……ほら、ここの掃除は俺に任せていいから、星羅は風呂で体洗い流してこいよ」

「えー、傑くんが洗ってくれないの? 一緒に入ろうよー」

「入る訳ないだろ。毎度のことだが、高校生なんだから少しは羞恥心を持ってくれ」

「別に傑くんだったら全然気にしないんだけどなあ」

「俺が困るんだよ。ほら、バカ言ってないでさっさと行って来いよ。一人で出来たらちゃんと後で髪とかしてやるから」

「え、ほんと? じゃあ頑張る! 私、傑くんに櫛でとかしてもらうの好きだもん」


 ご褒美をチラつかせてやれば、ようやく星羅は行く気になってくれたらしい。目を輝かせ、年不相応にはしゃいでいた。


 その様子を見て、傑は「やれやれ」と小さく溢す。

 ここまで不出来な幼馴染の世話を焼くのは大変でしかないが、小さい頃からこの関係が当たり前だったので成り行きで受け入れている。


 それに……星羅に頼られるのは素直に嬉しい。決して顔には出さないが、まあ、惚れた弱みというやつなのだろう。


「急いで入って来るから、約束ちゃんと守ってよね!」

「はいはい分かったよ」


 軽快な足取りで浴室に向かう星羅に、傑は呆れ交じりにそう相槌するのだった。

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校内一の美少女と幼馴染なんて羨ましいとか好き勝手言ってくれるけどな、俺達はお前らが思ってるような関係じゃないんだよ そらどり @soradori

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