第12話 会えない日々
「えっ?」
如意の棘のある言い方に莉珠は目を白黒させた。
項貴妃と同じとまでは言わないが彼女の瞳には敵意の色がある。乳茶を見つめながら思い悩んだせいで如意に乳茶が不味くて顔を顰めていると勘違いされたようだ。
(予想とは違っていたけれど、如意が淹れてくれた乳茶は美味しかったわ)
乳の濃厚な甘みの後にやって来る塩気はお茶飲むというよりも汁物を飲むという感覚に近い。如意の言うように寒く凍えるような朝にはぴったりの飲み物で、そこからは彼女の気遣いが窺える。
きちんと誤解をといて美味しかったと伝えなければという使命感が、莉珠の中でわく。
「野蛮だなんてとんでもない。如意の淹れてくれた乳茶は美味しいわ」
弁解したものの、如意は斜に構えた態度を取る。
「別に無理しなくて結構です。この国に染まる気なんてないでしょうし」
「そんなこと……」
「お待たせしました!」
すると何も知らない青花が化粧道具を手に息を切らして戻ってきた。
如意はそれを一瞥するとさっと頭を下げる。
「では私はこれで」
そう告げると茶杯をさげて足早に部屋から出ていってしまった。
「あ……」
誤解が解けないまま退出されて莉珠はしゅんと項垂れる。
このままだでは莉珠の一挙手一投足が如意に悪い印象を与えかねない。
「王妃様、如意さんと何かありましたか?」
青花に尋ねられた莉珠はこくりと頷いた。
「私がこの国をよく知らないせいで如意とはちょっとした誤解が生じてしまったの」
事情を説明すれば青花が台座の上にお盆を置き、人差し指を立てる。
「でしたら私がこの国のことをお教えします。分からないことは何でも訊いてください!」
「本当に? それはとても助かるわ」
救世主の登場に莉珠は目を輝かせて手をあわせた。
やはり侍女たちの格好や行動を観察するだけでは限界がある。教えてもらえるのは非常にありがたいし、これなら文化の違いで生じる誤解も減らせるはずだ。
(お姉様の身代わりだとしても私は蒼鹿国の王妃になったんだもの。ここの人たちのために尽くしたい。だから私はこの国のことを深く知っていかないと)
項貴妃からは蒼鹿王を懐柔させろと言われた。だが、彼や周りの人たちを騙していることに負い目を感じている莉珠はこれ以上の不誠実な行いをしたくなかった。
(この先ずっと私は陛下を、この国の人たちを欺いていくことになる。私はこれ以上罪を重ねたくない)
莉珠は佩玉の上で手を重ねると目を閉じる。
俯いていると莉珠の手に、青花がそっと肩に手を置いてくれる。
「そんなに不安がらないでください。玲瓏さんにも話を通しておくので、今日から一緒に学んでいきましょう」
「……うん。よろしくね」
再び目を開いた莉珠は青花に微笑む。
後ろ暗い感情を胸に秘めたまま、莉珠は青花から蒼鹿国について学ぶことになった。
学んでみて分かったことは、蒼鹿国は姚黄国と似ているようで似ていないという点だ。まず蒼鹿国の人たちは青や緑といった色を縁起の良い色として好み、それは衣装や建物に如実に反映されている。そして刺繍や装飾は幾何学模様が用いられること多い。
何よりも大きな違いは遊牧騎馬民族の流れが色濃く残っているところだ。天藍宮殿の外には建物が軒を連ね定住者が暮らしているが、未だに遊牧生活をしている者もいる。山羊や羊などの家畜を飼っている人たちは餌を求めて国内を転々としているらしい。
青冥の下に広がる草原の大地。草を食む家畜の群れ。
話を聞いているだけでその光景が目に浮かぶ。
いつかそれをこの目で確かめてみたい、と莉珠は密かに思った。
青花から蒼鹿国のことについて教えてもらうようになって数日が経った。その間も惺嵐が莉珠を訪ねてくれることはなかった。たまに青花や玲瓏に連れられて歩く中庭で、遠巻きに惺嵐が廊下を歩く姿を眺めるだけ。
何度か莉珠から惺嵐のもとへ会いに行こうと試みたが断られてしまった。
「申し訳ございません。陛下は政務でお忙しく、会う暇がないのです」
そう言って玲瓏と共に居室に現れたのは惺嵐の側近・翠月だった。
歳は惺嵐と同じくらいだろうか。褐色の肌に銀色の髪、黄金の瞳といった出で立ちだ。惺嵐とまでは言わないが彼もまた容姿が整っている。
「今日も王妃様をがっかりさせるような結果で本当に申し訳ございません」
次に謝ってきたのは侍女頭の玲瓏。
玲瓏は二十代後半の女性で栗色の髪に黒色の瞳をしている。微笑みを絶やさずいつも物腰の柔らかい雰囲気を纏っているので初対面の時から親しみやすかった。
「二人とも謝らないで。陛下がお忙しいのは当たり前で仕方のないことだから。……翠月は陛下のところに戻って支えてあげて」
「……御意」
翠月は拱手をすると居室から去って行く。
彼を見送った莉珠は苦悶の表情を浮かべた。
(今日も拒まれてしまった)
国王という立場上、忙しいのは重々承知している。しかし、あからさまに避けられているのは気のせいではないだろう。莉珠はしゅんと肩を落とす。
王妃として迎えても認めないと言っていたのはこういうことだったのかと痛感する。
莉珠としてはただのお飾りではなく王妃としてしっかり惺嵐の側に立ち支えたいという気持ちがある。だが、惺嵐との関係は膠着状態が続き何の進展もない。
毎日面会してもいいか玲瓏に訊きに行ってもらうが返事は同じ。
莉珠の心は日を追うごとに沈んでいった。少しでも惺嵐が歩み寄る姿勢をみせてくれたらとも思うが、彼の方はその気がない。
仲を深めたくても機会は一向に巡ってこない。
(何か方法があれば。だけど私に何ができるの……)
莉珠が深い溜め息を吐いていると、見かねた玲瓏が優しく声をかけてくれた。
蒼鹿の花嫁〜身代わりの災い公主は蛮族の王に溺愛される〜 小蔦あおい @aoi_kzt
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