「君を愛することはないよ」という定番セリフから始まって、幸せに向かう夫婦の話

影夏

政略結婚の相手に性癖を暴露したら惚れ込まれたんだが


「僕が君を愛することはないよ」


 結婚式やら披露宴といった面倒ごとを片づけた後、初夜の準備を施されることもなく案内された居間で、開けた扉を閉めもせずに部屋の入口に立ったままの夫からそんなことを言われ、「あら、わたくし、テンプレ小説の世界に転生していたのかしら?」と思った妻だったが。


「だって、君みたいな美人で賢くて高貴なお方が僕を好きになるなんて奇跡、起こるはずがないですからな!

 自分を好きじゃないし好きになることもないって、現在から未来にかけて確定している政略結婚のお嫁さんを好きになるとか、不毛の極み! もしくは自信過剰乙。

 拙者、自分をキモオタ陰キャだと思って心の距離をこれでもかと置いているだろう相手を好きになるような性癖はありませんし? 身の程はわきまえておりますので。ハイ。

 もちろん、初夜なんてものもないのでご安心を。『結婚証明書にサインしたから合法』なんて、それなんてレイプ? いや、この世界では合法っていうかむしろ義務なんだろうけど、拙者の倫理観は異世界式なんで。無理よりの無理っていうか、嫌悪の視線を受けながら致すなんて、それはもはや上級者向けの特殊プレイでは?

 それと、ついでに言っておくけれど、後継者については弟夫婦から、二人目以降の子供を本人の意思を確認した上で養子に迎える、ってことで話がついてるから。周囲は君に同情することはあっても、石女だなんだと言うような馬鹿はウチの権力の総力をもって叩き潰すって、ちゃんと事前に周知済みなんで。

 ――でも、もし理解できてない馬鹿が居たら教えて。有言実行で潰すから」


 ずっと目をそらしたまま、つらつらと語っていた夫が、最後だけは目を合わせて宣言してくる。

 そこに誠実さを感じる間もなく、すぐにまた、すっと目をそらされ、


「そ、そういうわけだから、あー、その、……キモオタ陰キャがいつまでも目の前に居座っててすみませんね。疾く、部屋に退散して引きこもりますゆえ」


 言うだけ言って、そそくさと去っていった夫に、


「なるほど」

 と、新婦は一人頷いた。


 両親からは「この機を逃したら、あなたに幸せな結婚は無理よ」「いいか、最初に何を言われても、相手の話は最後まで聞くんだぞ」と、こんこんと言い聞かされて来たわけだが、その諭しは正しかった。


 この世界に《キモい》や《オタク》、《陰キャ》といった言葉はない。

 つまり、彼は彼女にとって同志! それは《前世の記憶持ち》という意味ではなく、真の意味での《同志》というか《同類》を指す。


 しかも、彼が周囲に引かれる勢いで沼っているのは球体関節人形だという。

 前世では2.5次元に沼り、今世でも再現すべく、無機物を滑らかに歌って踊らせる魔法を開発した彼女は、しかし、造形に関しては壊滅的だったため、無駄に滑らかに動くデッサン人形たち、というシュールな舞台が限界であった。

 けれど、前世であれば神造形師と呼ばれるだろう彼の協力が得られれば、神作品の再現も夢ではないのでは!?


 はたから見たら確実に失敗していると思われる顔合わせを経て、何故かウキウキと楽し気に未来へと思いをはせる新妻に、元々この家に仕えている侍女は、ほっと安堵の息を吐き、実家から彼女についてきてくれた気心の知れた侍女は、主人のこれからの暴走を思い、沈鬱な表情で黙って首を横に振った。



 数年後。

 夫の作品に一目惚れした妻は、前世の推しの再現は望まず、今ある人形たちを活躍させる形で脚本を書き上げ、妻の熱意に触れて絆された夫は作品の使用を許可し――そうしてできあがった作品映像は、本来なら妻が個人的に楽しむだけで終わるはずだったのだが。

 何故か今では大人気コンテンツとして、通信魔法に乗って世界中に配信されている。

 そして、二人の関係も、推し活の中で少しずつ会話が増えていった結果、改善され、今では普通に仲の良い夫婦として過ごしている。

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「君を愛することはないよ」という定番セリフから始まって、幸せに向かう夫婦の話 影夏 @eika-yaga

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