丸もうけ

星埜銀杏

*****

 …――面白い、肝試しに行かないか?


 昨日、昔からの悪友に言われた言葉。


 いや、そもそも面白い肝試しとはなんなんだ。恐い肝試しならば分かる。しかしながら面白いなんだよな。普通に興味をそそられたし、なによりも暇人なる俺様に断る気持ちなど微塵もない。そして今に至る。今とは深夜2時。冬の晴れた月夜だ。


 寒いなと首に巻いたマフラーを、ソッと触って、その微かなぬくもりを確かめる。


「そうだな。LiverTest、お約束の、恐い、もとい面白い話から行くぞッ」


 うむっ。


 其処も恐いじゃなくて、飽くまでも面白いなんだな。


 てか、肝試しを英語のレバーテストに直訳って……。


 肝臓の検査か。くそ。まずは笑わせに来やがったか。


 くそっ。


 それが、恐いじゃなくて面白い肝試しの作戦なのか?


「あ、すまん。すまん。LiverTestじゃ、肝臓の検査だな。肝試し、ちょっと調べてみるわ。ああ、aTestOfCourageか。なるほどね。了解」


 わざとらしい。てか、レバーテストなんかじゃ笑わん。むしろ、寒いわ。ボケッ!


「あれ、どうしたんだよ。なんだか不満そうな顔だな」


「無視。スルー。以上も以下もなしじゃ、……阿呆が」


 なんて俺様が応えると、友は笑いながら一つ咳払い。


 コホン。


「まあ、とにかく肝試しの前に恐い話じゃなくて面白い話から行くぜ」


「無視。スルー。以上も以下もなしじゃ、……阿呆が」


「そうだな。何から話せばいいか。うん。まともに話したら、もの凄く長い話になるから省略して短く話そうか。其処は、お寺なんだ。これから行く肝試しの会場な」


「無視。スルー。以上も以下もなしじゃ、……阿呆が」


「まあ、もはや無視じゃないって話は、いいか。それよりも、その寺の住職なんだけどさ。ものすごい霊能者らしいんだわ。成仏させる天才って触れ込みなんよ」


 ほうっ。


 すごい坊主も居たもんだな。素直に感心しておくか。


「TVとかにも出てさ。有名なんだよ。この人に成仏させられない霊はいないって」


 うむっ。


 続きを所望しよう。で、なんなんだよ、その坊主が。


「お終い」


「おぉい。省略しすぎだわ。意味が分からんぞ。てか、それで終わりでいいのか?」


 俺様は、両手のひらを広げ、上に向け、大口で言う。


「ししし。終わりでいいの。いいの。この肝試しが終わったら、その意味を思い知るだろうからさ。行こうぜ。めっさ面白い肝試しにさ。ココを曲がったら直ぐだぜ」


 そういった友〔阿呆〕が指し示す曲がり角を右にまわると眼前にお寺が現われた。


 別に、なんて事はないお寺で何処にでもありそうな墓地を装備したソレ。むしろ深夜の2時だから面白いというよりは恐い。普通に。素直に。むしろ、この状況で面白いと言える人間はサイコパスだな。少なくとも俺様は平凡な一般市民だぞ。


 とッ!!


 そのお寺に在る墓地の一画が、ぽうっと小さくも微かな過激音をたてて青く光る。


「お、来た来た。幽霊様のお出ましだ」


 おいッ!


 お出ましだじゃねぇ。普通に、ぶっ殺すぞ。それこそ、お前を幽霊にしてやんよ。


 てかッ!


 幽霊が現われたんだぞ。面白いと言われて誘われた肝試しでモノホンが、本職〔幽霊〕が現われたんだぞ。恐いだろ。普通に。てか、お前、なんで、そんなに余裕こいてんの? ああ、アレか。お前、サイコパスだったのか。だから面白いってか?


 驚く俺様を尻目に不思議そうな阿呆。


「うん?」


「うん? じゃねぇよ。長い付き合いだったがテメェ様がサイコパスだったとはな。めっちゃ新発見だわ。情熱を燃やし尽くしてヒートな新大陸を見つけた気分だ」


「お前、テンパってんの? 恐いの?」


「いや、恐いだろ。普通に。幽霊だぜ」


「ししし」


 そうか。


 アレか。


 この阿呆は科学を死ぬほど信じていて、あの幽霊も何らかの自然現象で幽霊の正体みたり枯れ尾花的なソレだな。うむ。俺様も科学を信じちゃいるが、ソレでも恐いと素直に言おう。むしろ、恐くないとのたまうヤツは、強がりか、サイコパスだ。


 とッ!!


 また別の一画で例のぽうっというワイルドな音がたって、また青白い光が灯った。


 今度は光に加え、怨めしや~、という野性的な先輩が放ちそうな声も添えられる。


 ぶほっ。


 もう1体、幽霊が現われやがった。もはや、友〔阿呆〕を、ぶっ殺す前に俺様が死にたい。ここから消えたい。大体、モノホン、一体、でも怖さMAXなのに輪をかけて2体目って、あり得んだろうが。俺様はクラッチングスタートの構えをとる。


 一気に加速してF1カーかインディカーかとも見紛うスピードで星になってやる。


 そんな俺様の肩を軽く叩き、また軽やかに笑う阿呆。


「まあ、待て待て。あと5分も待てば恐くなくなるから。恐いのは始めだけだって」


 いや、5分だろうがナノ秒だろうが悠久だろうが、それこそ有給をとって寝込む。


 その前に俺様は学生だがな。違うッ!


 俺様は短距離走のピストルが鳴り響いたかのよう綺麗なスタートを切り、一気に加速する。レットゾーンを振り切り、ブラックホールへと駆け込む。その先は幽霊などいないパラレルワールドだ。いや、むしろ勇者になって魔王〔幽霊〕を倒すか?


 しかしながらマフラーをしていたのがアダになった。


 戦闘機の緊急脱出機構、射出座席が見事に発射された途端にマフラーを掴まれた。


 阿呆に。


 ぐえっ。


 俺様の下半身だけがとっとと先に行き、繋がる上半身に強力なストップがかかる。


「だから慌てるなって。もう少しだ。あと少し待てって。面白もんが見れるからさ」


 阿呆が。


 と俺様は友を怨めしそうに見つめる。


 とッ!!


 いったそばから、また別の一画が、あのぽうっという豪快すぎる小さな音をたてて青白く光る。マジか。3体目。俺様は決して気弱な方ではないが、口から泡を吐いて気絶しそうになっていた。そんな風に死にそうになっていると……、4体目が。


 そして。


 怨めしや、怨めしや、怨めしや……。


 なんて、大合唱し始める4体のスタープラチナの紛いもの。もちろん幽霊の事だ。


 とッ!!


 5体目。


 5体目が現われたと思ったら6体目が……、7体目、8体目、9体目、10体目。


 うおっ。


 止まらん。止まらんぞッ。幽霊が群団になり始めた。


 もちろん、もれなく、怨めしや……。


「ししし」


「な、なんだよ、コレ。数え切れないほどの幽霊だぞ」


 俺様は口を半開きにしてしまいアングリって言葉が似合う阿呆的な表情〔かお〕。


「ああ、むしろ逆に恐くなくなってきただろ。これだけいるとさ。まさに幽霊のバーゲンゲーセールってな。感覚がバグるってヤツだろうな、これこそさ。ししし」


「まあ、確かにな。これだけいると、恐いよりも、逆に、こいつら、何体くらいいるのかなとか変な事ばっかり頭に浮かぶわ。……お前が怖がらない意味が分かった」


 だって、怨めしやの大合唱がカエルの鳴き声にさえ聞こえるようになってるから。


「ふふふ」


 と得意満面な友〔阿呆〕。


 いやいや、確かに怖さはなくなった。無くなったが、ソレでも面白い肝試しの意味が、まったく分からん。今の状況は、面白いというよりは、むしろ不思議な気分だ。うむっ。面白いは、どうなった。そこんとこをハッキリとして頂きたい。阿呆。


「コレが面白のか? 違うだろう。それはどうなった」


 敢えて形にして問う俺様。


「あれれ」


 うむむ?


「肝試しに来る前にした面白い話、アレ、忘れたん?」


 なんだったか? あの、めっさ、短い話だろう。阿呆が省略しまくったアレだな。


 うむむ?


 ううん? 思い出したぞ。


 確か、……ものすごい霊能者らしいんだわ。成仏させる天才って触れ込みなんよ。


 TVとかにも出てさ。有名なんだよ。この人に成仏させられない霊はいないって。


 って感じだったと思うぞ。


 って、ちょっと待てよッ。


 そうか。


 相変わらず墓場にたむろする群団幽霊は、怨めしや~、を連呼する。


 そのリズムは、ある意味で読経にも聞こえる。ふふふと頬がゆるむ。あの怨めしやが、お経にも似た響きに聞こえるのは皮肉なのか。そして、こう思うんだ。確かに、これは面白い肝試しだわ、とさ。生臭坊主、丸もうけとは、まさにこの事だな。


「成仏させる天才が聞いて呆れるわ。自分の寺の霊も成仏させられないのにさ……」


「だよな」


 俺様は知らず知らずの内に笑っていた。面白い。色んな意味でなと。


 お終い。

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丸もうけ 星埜銀杏 @iyo_hoshino

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