汐音を救うべく
その頃村に住む商人が、村の外での商売を終え帰ってきていました。琢海は早速商人の家へ行き、アコヤガイについて尋ねました。商人はしばし待てと言って奥へと引っ込んでいきました。やがて商人は戻ってきました。その手には手のひらほどの大きさのアコヤガイが握られていました。
「一目見たときからこれは無下に扱ってはならない気がしていた。なるほどこれは海神様の宝物だったのか。それを奪われて海神様は大層ご立腹と見える。行って返してきなさい」
そう言って商人はアコヤガイを琢海に託しました。琢海は礼を述べて商人の家を辞し、汐音にアコヤガイが戻ってきたことを告げようと家へと駆けて行きました。
ところが家に帰っても人気はありません。風呂場ももぬけの殻です。そして琢海は、濡れた足跡が風呂場から伸びていることに気が付きました。足跡は家を出て、海まで続いているようでした。琢海は即座に汐音がしようとしていることを察し、アコヤガイを手に慌てて舟を出しました。
時化た海の上、上からは雨に打たれ、下からは波に突き上げられ、それでも琢海は沖を目指しました。とはいえ海神様が、そして汐音がどこにいるのか、琢海には皆目見当もつきません。
その時海の中から歌が聞こえてきました。その歌声は、耳に馴染みのある、琢海が愛した声でした。琢海はアコヤガイを手に危険を顧みず海に飛び込み、声を頼りに一心不乱に泳ぎました。
海神様は汐音をまさに処刑しようとしてました。汐音は琢海を想いながら声の限り歌っていました。その時琢海が海神様と汐音の間に割って入り、海神様にアコヤガイを差し出しました。
「海神様、汐音の処刑はお止めください。こちらが海神様が大切にしていたアコヤガイでございます」
海神様は琢海からアコヤガイを受け取り、隅々まで眺めまわして言いました。
「確かにワシが大切にしていたアコヤガイだ」
琢海と汐音は胸をなでおろし、熱く抱擁を交わしました。
「琢海! 琢海!」
「汐音! 本当に……間に合ってよかった……」
その様子を見てしみじみと海神様は言いました。
「愛ゆえになせる業か。人魚と人間の愛ゆえに」
そして海神様は二人に近づきました。二人は抱擁をやめ海神様に向き直りました。海神様は宣言しました。
「アコヤガイは返った。よって汐音を処刑する理由はなくなった。これにより汐音の処刑はやめとする」
二人は飛び上がらんばかりに喜び、再び熱い抱擁を交わしました。そしてこのことを村の人々にも伝えるため、二人は陸を目指しました。海の上に出ると、時化は嘘のようにやみ、満点の星が夜空に瞬いていました。
村の誰もが二人の無事を喜びました。その日の晩は村人総出の宴となりました。宴の席で琢海は汐音と結婚すると宣言しました。汐音は跳び上がって喜び、琢海に口づけをしました。皆が二人を祝福しました。
こうして二人は結ばれ、末永く幸せに暮らしました。
若者と人魚 @MiyamaSatoshi
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★63 エッセイ・ノンフィクション 連載中 152話
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