汐音の危機

 次の日も沖の方から歌が聞こえてきました。しかしその歌は、いつもと違って悲しげな調べでした。琢海たちは心配になって沖へと舟を急がせました。

 やがて海の上に汐音の姿が見えてきました。汐音は肩を落とし、俯き、まぶたは赤くはれていました。琢海は舟から身を乗り出して尋ねました。

「汐音! いったいどうしたんだ!?」

 汐音は顔を上げ、気落ちした口調で答えました。

「私は海神様が大事にしていた貝を、それと知らずあなたたちに渡してしまいました。私はその咎で今晩処刑されてしまうのです」

 それを聞いた琢海たちは衝撃を受けました。男衆の一人が提案しました。

「匿おう。陸に上がってしまえば、海神様も手出しはできないはずだ」

 そこで男衆は琢海の舟を押さえ、琢海は汐音に手を伸ばしました。汐音は困惑しながらも、しぶしぶ舟に乗りました。琢海たちは今日は漁をせず、すぐに帰ることにしました。

 陸へと舟を漕ぎながら、琢海は汐音に尋ねました。

「それで、海神様が大切にしていた貝というのはどの貝なんだ?」

「アコヤガイです。手のひらほどもある大きなアコヤガイを見ませんでしたか?」

「ごめん! 見たけど売ってしまって、取り返せるかどうか分からない」

 琢海の答えを聞いて汐音はしゅんとしてしまいました。琢海はいてもたってもいられず、汐音の手を取り、汐音と目を合わせて言いました。

「約束する。俺がアコヤガイを取り返す。だから今日のところは俺の家にいてくれ」

「ありがとうございます」

 汐音は申し訳なさそうに目を潤ませ、深々と頭を下げました。

 そういうわけで琢海の家の湯船に水を張り、汐音はそこで過ごすことになりました。琢海たちは村の方々でアコヤガイを探し回りました。そのことはすぐに噂になり、村中に広まりました。しかし、アコヤガイはなかなか見つかりません。

 さて、海では汐音が逃げたことで人魚たちが大騒ぎしてました。海神様は大いに怒り、天は荒れ海原は暴れました。それを汐音は風呂場の窓から沈痛な面持ちで眺めていました。

 その時雲の隙間から月の光が差し込みました。その光は人魚の汐音を人の姿へと変えました。尾びれが足へと変わったことに気が付いた汐音は、やることは一つと心に決めました。自分が海に戻り、海神様に処刑されれば、琢海やその仲間に迷惑をかけることはない――そう考えた汐音は、人目を忍んで海へと戻ってしまいました。

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