第9話 エピローグ

 十一月三日。同窓会当日、石川と待ち合わせをして学校へ向かった。

 石川の情報で、ササミの出席はほぼ確実だと言うことだった。

 学校に着き正門の前に立つと、懐かしい光景が目の前に広がる。

 校舎に入ると、あちらこちらで再会を喜ぶ歓声が上がっていた。

 私は、一瞬にして15才に戻っていた。

 会が始まり、それぞれの近況報告に、石川が合いの手を挟む。お陰で会は和気あいあいと進んでいた。

 ただ、私はササミが来てないことで、いまひとつこの空気に乗り切れず、外の空気を吸いに会場をそっと抜け出した。

 ササミと一緒に歩いた廊下。北階段まで来ると、踊り場で話し込む私たちの姿が浮かんで来る。私は踊り場の窓から、暫くは西に傾き始めた太陽を見ていた。

 階段を駆け上がって来る足音で我に返った。

 私が振り返ると、足音の主も立ち止まった。

「ムッシー?」

 このあだ名を知っているのは世界で一人だけだ。

「ササミ!」

 ササミは静かに微笑んだ。

「やっぱりムッシーだった。全然変わらないね」

「そうか?」

 ササミはうんうんと頷く。私たちは階段に腰掛け、互いの近況を話していたが、突然ササミのお腹が鳴った。

 私たちは異口同音に「肉まん!」と叫んだ。

 同窓会を勝手に早退した私たちは、あのパン屋へ向かった。

 昔のままの店構えにササミは大喜びだった。私は肉まんを二つ買い、店前のプラスチックの椅子に腰を降ろし、ササミに一つ渡した。

「ありがとう! お金」

「いらないよ。肉まんのひとつやふたつで、俺はびくともしない」

「太っ腹! ムッシー」

 猫舌のササミが大騒ぎで肉まんと格闘している姿を、私は微笑ましく見ていた。時間を忘れ、私たちは、次から次へと想い出話しに花を咲かせた。気がつけば、とっくに日は暮れている。ササミは寒いねと言いながら立ち上がった。私は黙って手を差し出しす。

 ササミは一瞬ためらったが、そっと私の手に触れた。私は立ち上がり、ササミを静かに引き寄せた。ササミは、私の胸に額をつけたまま動かない。

「ササミ、俺謝らないと」

 ササミは、小さく首を横に振ると私を見上げた。

 そして、まだまだ話したいことや、聞きたいことがあるのに、頭のなかで、ぐちゃぐちゃになってると笑う。

「ササミの頭のなかは、だいだいわかかるな」

 私がわざと憎まれ口を聞くと、ササミは膨れる真似をして、あの笑顔を見せてくれた。本当に温かい笑顔だ。抱き締める腕に力が入る。ササミの腕が私を包む。

「ムッシーとササミの春は終わった。この呼び名を再び呼べる日なんて来るわけない」

 私の書いた三十年前の言葉が、時を越え、再び巡り会った二人の春に埋もれて行く。老いらくの恋と呼ばれたくないほどに、熱を帯びていくササミへの想いが、心を埋め尽くす。

 ムッシーとササミ。この惚けた呼び名が今は私の宝物だ。

 私たちの心は寄り添い、お互いの時間は溶け合いひとつになる。

 この手はもう決して離れることない。

 さあ、歩き出そう。私たちの道を。

 

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道 ササミとムッシー 紫陽花の花びら @hina311311

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