天使祓いのクリンゲ

燕子花様

エピローグ

 「血も涙もない」って言葉、あるだろ。


あれは人に対して「ひどく無情だ」って意味で使われるものらしい。

そもそも「血」や「涙」は、人倫じんりんや温情の象徴だとされているんだとか。

それがないってことが、道理に暗いとか、蒙昧もうまいだってことになる。言葉の意味として考えれば、それは妥当に成り立ちそうだ。


 だが俺はそうは思わない。


 俺は頬にべったりとへばりついた血を左手で拭う。

その血は、目の前の真っ赤な肉体を濡らしている液体と同じものだ。ここまで明るく赤色に染まったということから、元は全身が真っ白だったことが簡単に推測できる。生臭さが俺の右手に握られた刃物の鉄臭さと混ざり合って、いっそう鼻を刺激した。


 俺は口腔に溜まった唾液を「ぺっ」と吐き出し、血濡れた死体に投げかけた。

生前あんなに綺麗だった両翼も、今ではむらなく臙脂えんじ色に染まっている。この光景を見ると、ちょっとした達成感と、絶大な不快感が同時に押し寄せてくる。


 こいつには情けもクソもない。人間のことを舐め腐っていて、物事の道理なんて全部無視して突っ切って来やがる。こいつやこいつの仲間にとって、人間はおもちゃでしかない。自分の欲求を満たしたいがために愛玩したと思えば、壊れたら次のおもちゃに手を伸ばす。そこに哀惜あいせきなんて感情はこれっぽっちも含まれちゃいない。俺がこいつのことを名状するなら、「血も涙もない」と言うだろう。


 だが実際、俺が殺した目の前の死体には、血が流れていたようだった。



「…………舐めてんじゃねえよ。クソ天使ども」


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