第2話 スライムのいる世界②
オペレーターの言葉。それに対して、織姫は反射的に対応できた。その場から跳躍し、地面から離れたのだ。しかし、疲労もあってか―――初陣である一護は出来なかった。
その機体の足に、モンスターが取り付く。
「ふさげんなよ、クソッ」
「一護くん!」
体にのしかかった、感じたことのない重み。そして次々に取り付くモンスターに、一護は叫びながら応戦した。網膜に投影された視界の大半が、モンスターの皮膚の色に染まっていく。
一護はぎしぎしと、体が揺れる中、何かが削られる音を聞いた。
(死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ――――!)
モンスターの噛み付きが、人の皮膚や骨を上回るのは有名な話だった。人間の死因の大半が、ミドル級モンスターである魔犬やゴブリンによるものなのも一護は知っていた。
それが現在進行形で自分に襲ってきているのだ。果ては、頭からばっくりと喰われてしまう。一護は思い立った途端に、パニックに陥った。
その狂乱を察した織姫がすかさず救助に入ろうとしたが、回避にと一度後方へと跳躍しているので、咄嗟には動けなくなっていた。
それも、頭のどこかでそれを認識していた。間に合わないと、誰かが叫ぶような声が聞こえたきがした。
(この、ままじゃ、喰われ――――)
脳裏に浮かぶのは、死の光景。まざまざと映る、胴体より食いちぎられた自分の内臓。
まるで、何度も見たことがあるようなそれに、一護の思考が更に混乱の極地に達した。
(死ぬ。そう。まるで――――)
フラッシュバックする光景があった。それは、どこかの誰かの最後の光景だった。
一護の動きが停止した。それを機だと判断したのか、ゴブリンと同じく地面から這い出したオーガが間合いを詰めていった。
十分に距離を詰めた後、巨大な棍棒を振りあげ、一護に狙いを定めた。
一護は、音を聞いていた。唸りを上げて迫る、硬い硬いオーガ級の腕の音を。
―――再度起こる、泥色の記憶の閃光。
同時に、五条一護は動いていた。
"それ"を見たのは、オペレーターと織姫の二人だった
一護と同じ戦場を見ていた二人だけだ。
彼女達はそれぞれが位置を助けようと、モンスターの動きを見ている最中だった。仲間を死なせる道理はないだが、オーガが一護に近づき、前腕部を振り上げた光景を見た瞬間には、2人はそれぞれの頭で一種の諦めを浮かばせていた。
オペレーターは激戦の経験故か、特に多い。織姫もシュミレーターでは、その光景はよく見ていた。
モンスターに仲間が喰われるのも、棍棒に潰されるのも、両手両足では数えきれない回数を見せられていた。だからこそ理解できることがあった。それは、どう見ても間に合わないタイミングだということ。どうしようとも手は届かず、死神の鎌を防ぐには時が足りない。助けられない無力を味わう時間がやってくるのだと。
二人はその感触を、半ば確信していた。
―――だから、何が起こったのかは分からなかった。
それは、熟練のオペレーターをして、意味が分からない光景。
一護は膝をついてはいるが、無事なのだ。パワードスーツに損傷はある。たしかにある。しかし、さっきまでは居たミドル級も、スモール級も居なくなっていた。
確認できたのは、オペレーターだけ。はっきりと視認したのは、一護が健在で――――取った行動、その4つだけ。
ひとつ、一護がオーガに向け、"前に出て"。
ふたつ、左腕にオーガの一撃が当たると同時"姿勢制御の如く小さい噴射跳躍があって"。
――――みっつ、独楽のように回転した一護から"取り付いていたゴブリンが弾き飛ばされて"。
――――よっつ、着地した一護から、オーガに向けパルスガンの斉射し"その全てを命中させた"。
『は………』
オペレーターは硬直し、間抜けた吐息のような声をあげていた。だが即座に我にかえると、一護を再度襲おうとしている残りのモンスターを駆逐していった。
飛び散ったゴブリンが集まってくるが、奇襲さえなければ十分に対処可能だ。
オペレーターはそれを支援しつつ――――一護が何をやったのかを理解した後、全身に立つ鳥肌を抑えきれないでいた。
(やったことは分かる。分かるが――――今日ミッションに出たばかりのルーキーが取れる行動か!? いや、熟練の者でも………!)
一護が何をやったのか、オペレーターは頭の中で反芻する。
振り下ろされる腕、その威力が最も高くなるのは遠心力と体重が乗った先端部分だ。
オーガの腕から繰り出される一撃は決して甘くはない。真正面からまともに叩きこまれれば、強靭な装甲でもひしゃげさせられるぐらいの威力がある。
一護はそれを受けないためにむしろ踏み込んだ。威力が最大となるのは、遠心力が乗った先、オーガの正面に立ちそれを受けた時になる。だから先に当たるように、遠心力が乗る前に攻撃の"出"の部分で受け止めたのだ。回避ができないと判断したからこその防御行動だ。
大きな威力で殺されるより、小さい威力で損害を最小限に留めたのだ。それと同時に体を傾けさせ、姿勢制御による小さな跳躍を行った。地面に立っている時よりも、宙に浮いている時の方が体に走る衝撃の力は少ない。
一護は噴射し宙に浮かび、そして衝撃によって生まれた慣性力を殺さない方向に、独楽のように体を回転させた。
体に生まれたのは回転により生まれた遠心力。それは、取り付いていたゴブリンを強引に振りほどく力となった。竜巻に弾き飛ばされるようにゴブリンは飛んで行った。
最後まで油断の欠片もなく、着地後には即座に構えは終わっていた。迅速すぎる狙いつけ。鮮やかに、手近の脅威たるオーガは撃破されていた。
こうして言葉にすれば簡単だ。簡単ではあるが、とオペレーターは呻いていた
(普通、あの刹那にそれが出来るか? 一歩間違えれば死ぬ中で、冷静に操作を)
そもそもが規定の範疇にない選択と行動だ。発想そのものがイカれている。
あんな機動、誰も教えないし、そもそも考えつかない。あれは何度も窮地に追い込まれた事がある者にしかできない、狂人の発想だ。
(流石にもう動けないようだが、しかし―――)
と、そこで近場にいる残りのモンスターを全滅させた織姫は、一護に通信を入れる。
「一護、大丈夫?」
だが、返ってきたのは何とも異様な音だった。
おろろろロロ、という、それは、応答の声ではなく――――嘔吐音だった。
「オロロロォ………すみま、だいじょうぶでそロロロロロロ」
「一護くん…………いや、本当に無事なのは何よりなんだが………こっちまで気分が悪く…………」
『ミッション、完了します。帰投してください』
言いながら、オペレーターは内心で酷く興奮していた。得体の知れない、大きな何かに包まれる感触をどこかに感じながら。
【グローバルコーデックス】のホームに戻ってきた二人は報酬と装備のされているのを見ると、次のお金の使い道に悩んでいた。
「武器改造、人体強化、アイテム……どれにする?」
「私は人体強化かな。武器の強さに特別弱さを感じなかったし、人体能力の拡張をしたほうが生き残れる気がする」
「賛成だ。レベル1の体でいるのも辛いし」
そこで、グローバルコーデックスの本社の奥から人だかりができているのを見つける。そこの中心にいるのは白髪交じりの老人だ。
「佐藤さんすげぇ!! レベル1縛りでドラゴンやるなんて!!」
「いやー、経験だよ経験。強い武器や体があればもっと楽になったさ」
レベル1縛りというのは武器を改造せず、人体も強化せず、アイテムなどを駆使してミッションを達成するハードモートだ。多くの人間はそんなゲームのしばりプレイみたいな真似を、現実の命をかけたりしてやらない。
一種の狂人だ。
「人体強化はレベル5くらいで、止めて強い武器欲しいよな。エネルギー系の」
「エネルギー系っていうと、どこの会社の武器が強かったっけ?」
カタログを広げる二人の背中に、佐藤と呼ばれた縛りプレイをする狂人の鋭い目つきが、一護に視線を向けていた。
異世界でハンティングゲームしてポイントを集めて自分を強化! フリーダム @hsshsbshsb
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