終話

終話

 煙草の火が指先を焦がして意識が戻った。

 体を慌てて動かした際に冷えてしまっていたようで関節がぎしりと音を立てたような気がする。灰皿に煙草の吸殻を捨てて大慌てでリリスの車内へと戻るとエンジンをかけてエアコンをMAXにして送風口に手をかざした。火傷した指先がひりひりと痛むがこればかりは仕方ない。


「元気だといいけどね」


 助手席に置いていた鞄から小さな水筒を取り出して蓋を開くと珈琲の香りが当たりに漂った。少し温くなってしまっているが暖かい珈琲をゆっくりと口へと含んでゆっくりと飲み干す。体内がじわりと温まってくる。窓から覗く外は先ほどとは打って変わって雪が掻き消えており、雲が晴れた空には綺麗な星が瞬いている。


「東京と違ってよく見えるなぁ」


 そう言えば星空を見た香夏子さんが驚いていたのを思い出した。

 近くのスキー場で夏場に星の鑑賞イベントを手伝っていた折にチケットを貰ったが使い道もないので捨てようとしたところ、香夏子さんを連れて行くように母からお達しが出た。

 スキー場をリフトで山頂まで上がり、リフトの降り口付近でジュースや食べ物を買い込むと、チケットで指定されたイベントスペースの椅子に腰かける。


「では!電気を消します!カウントダウン、お願いします!」


 係員となった村役場の親友の声が会場に響き渡った。


「サーーン」「ニーー」「イーーーチ」「ゼロ!」


 私も香夏子さんも声を合わせてカウントダウンを口にしてやがてライトが灯を落とした。

 あちらこちらで歓声が上がるなか、隣の香夏子さんは静かに空を見上げていた。そっとその手が合わさって合掌しているのを目にして、この子は本当に優しい子なのだといたく感心してしまった。その後は互いに色々と話をしながら時間ギリギリまでいつまでも星空を眺めていた。


 指先が温まってきたのでハンドルを握り、サイドブレーキを下ろしてドライブへとギアを入れて駐車場を後にする。天候は何時頃から良くなってきたのか、トラックなどは姿を消しており国道は静かなものだ。

 役場近くの信号を左折し集落へと続く道を上がってゆく、やがて我が家が見えてきた。


「ん?」


 色違いのリリスが1台、自宅前の駐車場の敷地に止まっていた。3台ぐらい余裕に止めれるスペースなのでその隣へと車を止め足早に降りると、隣の車のナンバーを見た。


「杉並?」


 東京のナンバーだと気がつくまでに数秒を要した。

 立て付けの悪い我が家の引き戸が開く音が聞こえてきたので振り向むけば、あの頃の面影を少し残した大人の女性へと成長した香夏子さんがこちらへと手を振っており、その隣に妙な笑みを浮かべた母が立っていた。


「故郷に帰ってきました!あ、おかえりなさい!」


 大声で香夏子さんがそう言って向日葵のように輝く綺麗な笑みを浮かべる。

 

「そうかぁ、おかえり!あ、ただいま」


 家族が帰ってきた時のように心からの笑みを浮かべた。

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Helianthus 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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