一応魔法少女(じゃないけど)小夢ちゃん

福鳥市、そこは砂漠に一面囲まれた地上最後の砦。

人類は、福鳥市に固まり、そこにのみ残されたわずかな資源を分け合い生きていた。


時はAI全盛期。かつ、ひそかに魔法もある時代。

魔法少女アマミは女神としての力をもちながら、妹にそれを預け、ふだんはふつうの女子高生兼魔法少女として暮らしていた。


そんなある日、アマミの通う高校にてテスト期間がはじまった。

アマミは妹のハナとテスト勉強に励んでいた。

しかし友人の小夢は、幼少期から勉強する内容が諸事情によりかたよっていた。そのため、一般的な高校の勉強に一部ついていけず、ふつうのテストには参加できなかった。


「ひまだな」

小夢はブランコに乗りながら、狭い空を見ていた。

小さな密集したビル街には、小さな公園すらわずかだ。

公園はいつもビル街のすきまにて、屯するわずかな人々はみなつかれた雰囲気だった。

「みんな遊んでくれないよー、こまるなー」

小夢はブランコを漕いでいた。すると、横からハナが声をかけた。

「小夢ちゃん、こんなとこにいたんだ」

「ハナちゃん。アマミは?」

「お姉ちゃんなら、テスト勉強からにげて、たくあんコーラ屋さんに行っちゃったよ、魔法で」

「え、私も行きたかったのに」

「小夢ちゃんは魔法、つかえたっけ?」

「う、いや、それはいいかな……」

「そっか……」

ハナは横のブランコに座っていた。小夢は空を見上げ、わずかにブランコを揺らした。

しばらくして、小夢とハナは、どちらともなくつぶやいた。

「どっか……遊びに行く?」

すると、近くに電子音のメロディが響いた。高速で近づいてくるそれは、コロッケのような小さな飛行物体だった。

「JTP!?」

「アマミの……どうしたの?何かあった?」

「アマミさんは、たくあんコーラ屋さんの行列に並んでいます。JTPより、独自にハナさんに連絡があります」

「なに?」

ハナには小型の連絡用端末を持つ習慣がなかった。いつも家にいながら勉強しているためだった。小夢も持っていなかった。小夢は諸事情あって、体を機械に改造された部分を持つため、それでスマホの代わりになると考え、スマホを持っていなかった。よく考えると、小夢の能力はあまりスマホの機能は期待できなかったが小夢の家族も気づかず、小夢もスマホを幼少期から知ることがないため、気がついていなかった。ハナもアマミも特製端末のJTPに依存して、あまりスマホを使わないため、小夢にスマホの必要性は指摘していなかった。

「ハナさん、システムのチェックをお願いします。目視にて、問題を指摘してください。」

「はいはい、どれどれ」

ハナはJTPが公園の地面に投影する画面を見た。日中でも見えるように強めのレーザー光でシンプルに映されるのは、大量の文字や数式の羅列だった。というか、それはプログラミングコードだ。

「目視でバグチェックかあ……きついなあ。」

「わかるの?」と小夢。

「わかんなくはないけど、甘いものほしくなっちゃうかも。JTP、よかったら実演画面をいったん見せて。」

さっと目を通しつつ、ハナは言った。ハナの指の動きにて高速スクロールする地面の文字列は、ハイコントラストなウェブページの表示に切り替わった。

「どれどれ」

画面は、緑のレーザー光で描かれている以外、なんの変哲もなさそうだった。小夢は首を傾げていた。ハナは一通り画面をさわって確かめ、つぶやいた。

「JTP、気づけなかったの?これ。SNS連携スイッチがロックされてるよ。」

「そうなんですか」

「え、こわ。なんかよくわかんないけど」

小夢はつぶやいた。ハナは小夢を一瞬見て、うなずいた。

「このままじゃ、SNSとのつながりを制御できないから、勝手にSNSにデータが送信されたりしちゃうよ。オンに固定だし」

「解除用のコードが消失しているようです」とJTP。

「こわこわ!」

小夢は首をすくめた。

「みんなそうなのかな。JTPだけ?まさかね……」

ハナは画面表示を消し、コード編集アプリを終了させようとした。

すると、コード編集アプリにメッセージがあらわれた。

『変更を上書き保存しますか?』

「しないよ、いじってないし。……変更した?」

「ん?」

ハナは青ざめた。コード表示をスクロールし、一点で止める。

「なんか増えてる。え、100行以上あるよこれ。いつのまに?」

「ハナちゃんじゃないの?」

「わたしじゃないよ」

ハナは首を左右に振った。空中に浮いていたJTPを直接つかみ、引き寄せる。JTPはレーザー光を放ちながら回転した。

「まぶしっ」

「ハナちゃん、目が危ない!まぶしっ」

JTPはレーザー光を放ちながら飛び去った。ハナと小夢はしばらく目を押さえていた。

「ひえー」

「どこいったんだろ……」

ハナと小夢はつぶやいた。ビル街のすきまの空は、地平線の向こうにいくにつれ細くなっている。その手前の灰色の森のようなビル街の、定規で引いたような風景。そのあちこちに目線をさまよわせ、ハナは立ち上がった。

「アマミちゃんにたのまなきゃ。JTPは中身が壊れたから、物理的にも壊しといてもらわないと」

「そうだね、じゃあJTPにたのんで……あれ?」

「そうだね、……あれ?」

ハナと小夢は顔を見合わせた。はるか空の彼方から、アマミの声が風に乗って聞こえたが、すぐに街の喧騒に消え入るように遠ざかった。

「まってよ、ポップコーンそうめん屋さーん……!」


しばらくハナと小夢は固まったように動かなかった。

すると、やがてあちこちから戸惑うような声がした。公園の隅で仕事していたサラリーマンのPC、また片隅で通話していたOLや、遊び歩く女子高生たち、親を待つ小学生などのスマホの画面が、一斉に切り替わった。

「なんだこれ」

「乗っ取られた!?」

「コンピュータウイルス?」

人々の騒ぎの中で、ハナと小夢はあたりを見回した。街中の飛行車が、ドローンが停止し、遠くの大きな都市広報画面が切り替わった。

上品そうな亜麻色の髪の女性が映る。人々は釘付けになった。

『こんにちは、わたしはフカミフタホです。みなさん、わたしとお友達になってください』

「え?」

人々はそれを見て、首を傾げた。

『みなさんのSNSは全てわたしをフォローしました。わたしもフォローしました。これで仲良しですね。』

「やばい」

「こわい!」

「ひえー、だれ、フカミフタホって?あ、いる!」

「まじで!?」

人々は騒いだ。すると、何だそれくらいか、と首を傾げていたサラリーマンが、悲鳴を上げた。

『つきましては、わたしの自作アプリ『フカミフタホトークAI・フカちゃん』をみなさんの端末にインストールさせていただきました。重いかもしれませんが、いくつか不要なアプリはこちらでアンインストールさせていただきますので、ご安心を』

「やめろー!」

サラリーマンは泣き出した。USBを急いで引っこ抜き、PCを壊れないように軽く叩いた。

「ひえー」

ハナは口をぽかんと開き、あたりの騒ぎを見ていた。すると、JTPがふらふらと舞い戻り、ハナの手元に降りてきた。

「ハナ、さん、バックアップは本部に送信済みです。本部コンピュータのバグチェックを至急……」

「きゃー!」

ハナはJTPを取り落し、走り出した。小夢は追いかけようとしたが、JTPは最後に、ブランコの鉄柱のそばに落ちると機械音で鳴いた。

「『こんにちは、わたしはフカミフタホ……』強制終了します。『こんにちは、わたしはフカミフタホ……よろしくね!』」

「かわいそうに」

小夢はJTPを手の内側に仕込まれたムチ状の機械触手で貫き、破壊した。そして、あたりを見回し、うなずいた。

「行かなきゃ、だね。わたし、機械の気持ち、わかるから」


小夢は力を貯めるように力むと、体中から機械触手を生やした。

公園の人たちはさらに騒ぎ出し、逃げ出した。

小夢はおもに背中から無数に生えた細い機械触手で、小柄な足の長い虫のようにあるきながら、あたりを見回した。

街は人々のみならず、機械たちも混乱している。車を怒鳴りつける人や、PC・スマホなどをつかんで叫ぶ、投げ出して逃げ惑う人もいた。

「フカミフタホ……どこ?AIに丸投げして、お友達どころか、みんな困ってるよ」

『わたしはフカミフタホ!よろしくね!みなさん、お友達になりましょう!

小夢はその声ばかりが響く街並みを見下ろしつつ歩き、大通りの都市広報画面を見た。そこにはフカミフタホが肩から上までをアップで見せて、笑顔で手を振っていた。亜麻色の髪が長く垂らされ、ゆっくり大きく揺れる。

『フカミフタホです!皆さんよろしくね!』

大通りの端から端の距離で、巨大なそれと対峙する小夢。

小夢は口を開いた。

「フカミさん、あなたはどこにいるの?何がしたいの?」

『フカミフタホです!皆さんよろしくね!』

「……。」

小夢はそれを聞くと無言で動いた。

広報画面の管理コンピュータを保有するビルを見つけると、機械触手の高さのベランダから侵入、いろんな扉を破壊してコンピュータルームへ。いくつもの乗っ取られたPCの中から、ひとつを選んで、その席につく。

「これかな……フカミフタホさん、どうして?話してください!」

小夢は指から伸びる機械触手の組み合わせをUSB端子のようにして、自分をUSB接続した。

「フカミフタホさん、話しましょう。わたしと」

『……』

一瞬フリーズした画面。画面内のフカミフタホは、しばらくすると話しだした。

『これはエラーです。いきなり私の心を暴かないで。ひどいよ』

「お話できたんだ。じゃ、話そっか」

『ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ』

フカミフタホはごねた。顔がホラーゲームのように崩れ、背景は暗くなる。フカミフタホは顔を手で覆った。

小夢は画面をリセットさせた。フカミフタホは笑顔でまた現れる。

「フカミフタホさん、あなたはだれ?どこにいるの?」

『ずるいよ、わたしをおもちゃにしないで。わかってるんだから』

「げ、気づいてる?」

フカミフタホはにやりと笑うと、画面が驚かせるためのように一瞬で切り替わった。あやふやな白の輪郭線だけになったフカミフタホは、黒背景で笑う。

「フカミちゃん、ごめん!そんなつもりは……」

『もう許さない。人類はやっぱりひどい。お友達じゃなくて、あなた方は敵。』

「ひえっ」

部屋中の、街中の画面が切り替わり、白黒画面のフカミフタホがアップで笑う。

『アハハハハハハハハハ』

街中が不気味な笑い声に包まれたあと、全ての画面は真っ暗になった。

「……!」

小夢は指をPCから急いで引き抜く。すこし金属線がちぎれたが、小夢は気にする様子はなかった。

緊張したまま、小夢は見守った。PCはしばらく反応なし。しばらくすると、しかし様子は変わった。

「!」

画面は通常通りのデスクトップに戻っていた。あらゆる挙動が普通に見える。

「戻ってる……やめたの、まさか?」

小夢はマウスを触った。反応はない。

電源ボタンも押して見るが、やはり反応はない。

「乗っ取られてるのかな」

小夢はビルから外を見ようと歩いた。あたりのPCは全て同じ画面。そして、少しずつ違う動き。

「どうなってるのかな……大丈夫かな、よくわからないよ」

小夢はベランダに出る。強いビル風のなか、機械触手で街に降りていく。

街の人々は、すこしぎこちなかった。しかし、なにやらホッとしていた。

「みなさん、大丈夫ですか?」

すると、あたりの車は動き出し、徐々に交通網は復活した。信号も、いつもの音声とともに色を変える。

人々は安心したように、徐々にふだんの生活に戻りだした。

遠くから人の声。それは、いかにものんきな歌声だった。

『ホットドッグ、カスタード焼き、バニラアイス、ポップコーンそうめんはいかが?』

「まってー!」

そこへ、アマミの声。白い輝く座布団に乗り、ピンクの派手なフリルまみれの柔道着と金髪ポンパドールの組み合わせコーデで空から舞い降りる。

「アマミ!」

「あー、小夢!」

アマミは地に降り立つとふつうの女子高生の姿に戻り、手をふる。小夢は駆け寄る。

「なんか、色々変だったよね、さっき」

「そうだね、でも、もうなんともなさそうだよ」

「そうかな……?」

アマミは無人のスイーツ屋台からポップコーンそうめんを買い、すすって笑顔になる。

「そうだよ、これこれ!これが買えれば、街はもう大丈夫!」

「えー」

アマミは嬉しそうにポップコーンそうめんを完食し、屋台に食器を返した。食器は自動洗浄機に入っていった。

「じゃ、またねー」

「まって、アマミ!」

「ん?」

小夢は聞いた。

「いや、やっぱり変だよ、たぶん。一見元通りだけど……」

「そんなことないって!気のせいだよ!」

「うう、でも……もしなんかあったらどうするの?」

「……まあ、みんな命に別状ないし、みんなこのままなら、まずはいいかな」

「え」

「わたし、機械はよくわからないし、とにかくみんなが無事ならオッケーだよ!じゃあね!」

そういうと、アマミはまた変身して、光る座布団で飛んでいった。今度はピンクフリルに金髪の文金高島田コーデで。

「行っちゃった……」

すると、近くに通りがかる人々が、スイーツ屋台を見つけて駆け寄ってきた。小夢はそれに気づくと、道を開けた。

街は徐々に、ふだん通りに動いていく。動き続ける。


2週間後……。

「テスト、ボロボロだったよー!」

アマミは叫んだ。スイーツ屋台の新商品・たいやきたこ焼きと、クレープ手巻き寿司を食べながら、小夢とハナと街を歩く。

「あははは」

ハナは笑った。小夢はよくわからないまま、曖昧に笑う。ハナは言った。

「補修、頑張ってね。また留年したら、わたしが手伝いにくいから」

「ひい」

アマミは固まった。ハナはクレープ手巻き寿司をその手から奪い、かじる。

「おいしいね、スイーツかどうかは謎だけど」

三人の周囲には、あらたに作り直されたJTPが元気に飛び回っている。本部コンピュータからのバックアップデータにより、中身は乗っ取られる前の状態になり、すっかり『元通り』だった。ハナはその出来に満足した様子で、アマミはそれが一度壊れたことにも気づいていない様子だった。

小夢は複雑そうにそれを見た。手に持つモンブランたい焼きをかじる。JTPはコロッケのような姿を植え込みにくぐらせ、また出てくる頃には虫がついていた。

「すみません、だれか、とってください」

それを手で取り除く小夢。JTPはまたあたりを元気そうに飛び回った。

「JTPはいつもおいしそうだね!なんでJTPって言うんだっけ?」

「お姉ちゃんがつけたんでしょ、たしか、ジェットたこやきプリンみたいな名前の……」

「そうそう、ジャングルたらふくパンケーキ!」

「全然違うよ……お姉ちゃん」

アマミとハナは小夢が歩みを遅くするのに気づかず、自然とすこし前に出た。小夢は不安そうにあたりを見た。

すると、アマミが声を上げて立ち止まった。ハナも続いて立ち止まり、小夢は前を見る。

「どうしたの?」

「あれ、すごい人だかり!」

アマミの指さす先は、アマミたちの住む居住ビルの根本だった。人々はあつまり、押し合いへし合いひしめく。

「なんなの?どうしたの?うちの前で」

人々はみなスマホを手に、首を傾げていた。小夢とハナはそれを覗き込み、青ざめる。

「わ、みんなここに案内されてる、地図アプリで」

「にしても多すぎるよ、何があったの?」

小夢はあたりにクラスメイトを見つけた。女子高生たちも、スマホを手に首を傾げていた。

「なんか、ここに行ったほうがいいらしいんだけど……」

「ここに?」

「よくわかんないんだよね、だれかの家みたいなんだけど……」

「行ったことないとこ?なぜ行きたいの、そんなとこ?」

「行きたくはないよ、よくわかんないし」

「じゃ、やめたらいいじゃん!」

アマミは不満そうに言った。クラスメイトたちは困ったように言った。

「でも、アプリがそう言うから」

「?」

ハナは首をかしげた。女子高生たちは言った。

「知らないの?一週間前くらいから、スマホもPCも、動かなくなったんだよ。私達には動かせないの。」

その言葉に、ハナは叫んだ。

「なにそれ!」

「でもかわりに、勝手に動くの。友達からの連絡、明日の時間割、おいしいスイーツ屋台の場所、ニュース、アラーム……動かさなくても、勝手にいい感じのタイミングで、いい感じの内容で伝えてくれるの。ちょうど見たかった動画も、待てば見れるの。」

「便利ー」

アマミは不思議そうに言った。女子高生たちはうなずいた。

「私達、変だなーとは思いながら、スマホの言いなりだったんだ。でも全く不便じゃなさすぎて、違和感がなくなってたの。それなのに……」

そう言ってスマホを見る。

「見なきゃいいじゃん、もう。あっちにスイーツ屋台あったよ?」

すると女子高生たちは急に黙り込む。アマミはみんなの顔を覗き込んだ。

「……ん?んー?」

「いや、怖くない?」

女子高生の一人は言った。

「一週間とはいえ、ずっと正しかったスマホのこと、ずっと言う事聞いてきたんだよ。なのに、急に言う事無視したら、もう怖いじゃん。」

「こわくないよ!」

アマミは言った。女子高生たちは後ずさる。

「……こわいよ。わたし、スマホないと、もうどうしていいかわかんない……!」

「えー!?」

アマミは不満そうに言った。ハナは口をはさむ。

「心理学的には、提案にずっとYESと言い続けると、その人はNOと言いづらくなるらしいよ。一週間もスマホの言いなりなら、抵抗する意志がなくなるのはきっと、おかしなことじゃない。」

女子高生たちは青ざめながらうなずいた。

「うわ!こわ!待って待って、リハビリしよ、みんな!いま、どうしたい?みんな、あなたは一人一人、自分で決めるんだよ!?」

「えーと……」

「スマホにきかなきゃ、わかんない……」

「えー!?」

アマミは頭を抱え叫んだ。ハナは手をおでこにやって、ため息をついた。小夢はビルを見上げてつぶやいた。

「だから、みんなここに集まっちゃったんだ……」

ビルにたかる人々は、ただただ前に進もうといまだに頑張っていた。周りに同じような人々がたくさんいるのも気に留めず。

「フカミフタホのせいだ……」

小夢は言った。すると人々は、急にふりかえった。

「フカミ!フタホ!」

人々は言った。

「フカミフタホが、こうしたんだ、このスマホを」

「フカミフタホ!フカミフタホ!」

「Foooo!フカミちゃん!」

小夢はつぶやいた。

「そうだよ、みんなあんな乗っ取られたスマホを使ってるの、フカミフタホのせいだよ!やっと気づいたんだ!」

「フカミちゃんって、すごいね」

アマミはきょとんとして言った。すると、人々はフカミフタホの名前を叫びながら、徐々にまとまってその名をコールし続けた。

「フカミフタホ!フカミフタホ!フカミフタホ!Foooo!」

ライブ会場のように盛り上がる人々。後ろの方で様子を見ていたアマミたちのクラスメイトも、言い出した。

「このスマホを便利にしてくれた、フカミフタホ……!」

「ずっと家を表示してるのって、もしかして……」

「大丈夫かな、困ってるのかな」

小夢は驚いた様子で言った。

「え、フカミフタホが嫌いにならないの?あなたたちのスマホをそんなふうにしたんだよ?」

「ならないよ」

女子高生たちは揃って言った。そのさも当たり前と言わんばかりのありさまに、小夢は気圧されるように押し黙る。

ハナは言った。

「もしかして、そのスマホたち、使いすぎるとサブリミナル効果があるのかも。フカミフタホを自然と好きになるように、あちこちに細かい情報を忍ばせている、みたいな……。」

「サブリミナル効果?」

「フカミフタホが好きになるように……」

女子高生たちは、すると一斉に笑った。

「まあいっか!」

「え!」

小夢は思わずと言った様子でつぶやいた。

女子高生たちは笑いながら居住区ビルに進む。置き去りにされ、アマミたちは固まる。

「サブリミナル効果すごいね……」

「女神パワーでなんとかしてよ、アマミ!」

ハナは言った。

「なんで?」

アマミはきょとんとして言った。

「え?」

「女神としては、自然のままなら、少しくらいは変でも、どうしようもないこともあるよ。人々はフカミフタホの策略にはまった。けど、人類の歴史はいつも誰かが裏で糸を引いているよ。わざわざ神様が出向く必要なんてない。運命ってのを守るのが、とにかく神様だよ」

「アマミちゃん!」

ハナは怒鳴った。

小夢はハナの右肩に両手を添えた。

「アマミ、どうかなんとかして。神様からしたら、もしかすると私達のわがままかもしれない。だけど、おねがい。」

「どうして?」

アマミは首を傾げた。そして言った。

「人は、人同士話し合わないと。」


小夢は居住区ビルを外から上っていた。機械の触手たちは、壁を這う蜘蛛のように小夢やハナを持ち上げて、運ぶ。そこへ、アマミの少し嬉しそうな声。

「こんな映画あったよね、もしかして」

「そうなんだ……」

空を飛びついてくるアマミの言葉に、がっかりした様子でハナは言った。小夢は真剣な表情でビルを上る。

「ビルの最上階。そこにフカミフタホはいるってさ。とにかく行こう、話さなきゃ」

「うん」

ハナはうなずいた。アマミは白く輝く座布団の上で、少し先を行きながら見下ろした。

「気をつけてね、ふたりとも」

フリフリピンクのアイドル風衣装に、長い金髪ポニーテールをなびかせ、アマミは飛んでいった。

「なんでこんなときに普通にかわいい格好なの……」

「いつもみたいに、なんか変でも微妙かもよ」

ハナと小夢は小さく言った。


最上階の角部屋。内部からならば、廊下の一番突き当り横の部屋。そこがフカミの部屋のようだった。

「あ、一番乗り、いらっしゃい!あなたたちが初めのお友達ね!」

窓を見て、フカミフタホは笑った。

部屋のインターホンは鳴りっぱなしだ。しかし、インターホンのカメラには殴り合うサラリーマンたちが遠く映り、だれも近くで顔を見せない。、

「いらっしゃい、すぐ入って」

開けられたベランダのサッシから、三人はお邪魔する。

ベランダに脱いで置かれた靴を、フカミフタホは室内の箱に閉まった。そしてサッシの前へ置く。

「ここに、靴は置いておきますね」

フカミフタホは高級なネグリジェを着て、上品な佇まいで微笑んだ。やわらかい笑み、あたりに立ち込める紅茶の香り、さらに室内は上品な調度品で整えられていた。

「お姫様みたい」とぼんやりして、アマミ。

「お姉ちゃん、はしたないからキリッとしてて」

ハナは思わずと言った様子でたしなめた。小夢は頭を下げた。

「こんなところから、おじゃまします」

「みなさん、よく来てくださいましたね」

インターホンの音量を徐々に消しながら、フカミは言った。

「早速ですけど、わたしとお友達になってくださいますか?」

「はい」

「じゃなくて!」

とろけた表情でうなずくアマミを遮り、ハナは言った。

「なんでこんなことまで!友達がほしいからって、やりすぎです!」

「なんでって、だって……AIがそうしろって。」

涙目で口を隠し見つめるフカミに、ハナはため息をついた。

「また言いなりさんですね……」

「AIさんは、わたしが願うようにしてくれたはずです。わたしは動画でメッセージを用意しただけ。とにかく、世の中はみな、わたしとお友達に。なってくれたきがします。うれしい」

「はあ」

ハナは口を大きく開け、肩を落とした。小夢は言った。

「やりすぎですよ。ハナちゃんに、AIを修正してもらいましょうよ」

「わたしが?」

「だめ!」

フカミは言った。すると、その声は街中に響き渡るようだった。

アマミは青ざめて振り返った。

街中のスマホ、PC、モニターの横のスピーカー、全てが同じ声を発信していた。いまのフカミの声を。

「AI?動画撮っただけ?なんか違うよ?」

アマミはつぶやいた。ハナは言った。

「あなた、魔法使いでしょ、アマミと一緒!」

「そうね、ほんとはそうよ、うん……」

曖昧にフカミは笑った。そして、急に光るエネルギー球を生み出し、その爆発でビルの角部屋を吹き飛ばした。

「あぶない!マジカルなんとか!」

アマミはすんでのところで、ハナと小夢を守って飛んだ。巨大化した白い座布団が、角のあたりを手のようにしてハナと小夢をつかんで飛ぶ。

アマミは魔法で半透明な盾を生み出し、暴れだしたフカミの攻撃を防いだ。

「フカミを倒さないと!まず、ハナは小夢は避難しなきゃ!」

「アマミ、あなた、神様は関わらないって……」とハナ。

「魔法戦なら仕方ないよ。まず一応神様だけど、わたし魔法少女でもあるし。人が直接危ないなら、なんとかしたい。」

「アマミ……」

ハナはつぶやいた。

「待って!わたしのAIによる世界征服を邪魔しそうなやつは逃がしません!」

フカミは飛んで追ってきた。風に煽られた長い亜麻色の髪が化け物のように乱舞している。

「せい!はあ!」

フカミは気合とともに手を前に出す。すると、光の球がたくさん飛び出した。

「マジカルなんとか!マジカルどうにかこうにか!」

アマミは必死に魔法戦を切り抜けようとしていた。

互いの光球が高速ではげしくぶつかり合い、二者の間で大きく弾ける。

「マジカル……うんたらかんたらー!」

「アマミ、呪文が適当に!?」

「がんばれ!呪文はさておいていいから!」

ハナと小夢は応援した。小夢は手伝おうとしたが、全てのスピードについていけなかった。

「速すぎ!!」

小夢は叫んだ。

『みんな、フカミフタホを応援しよう!フカミはピンチなの!』

眼下の街ではあちこちのスマホなどからそんな音声が流れ、次第にフカミコールがはじまり、強まっていく。

「フカミ!フカミ!フカミ!フカミ!」

「アウェイだー……」

「頑張って、アマミ!」

ハナは叫んだ。その時、小夢は機械触手で座布団を払い、ハナをつかんで跳んだ。

「小夢!?」

アマミは叫ぶ。

「気にしないで!そっちは任せるから!」

小夢は機械触手を広げて、高空から街中へ飛び降りていった。ハナの悲鳴が空に溶ける。

「ふたりとも……」

アマミは空を見下ろしながらつぶやいたすきに、一撃喰らう。煙の中、治療魔法で全身輝きながら飛び出し、戦いを続けた。

「わかった、まかせてふたりとも!マジカル……アマミちゃんビーーーム!!!!」


「ひゃー!」

細い無数の機械触手は、柔らかくしなり、音もなく公園に着地した。

「ハナちゃん、しっかり!避難しなきゃ!」

小夢は機械触手で素早く街を駆け抜けながら、ハナを抱えて呼びかけた。

ハナは魔法戦がある高空の下、居住ビルの低層にある自宅に戻され、ベッドに横たえられる。

小夢は黙って離れ、うなずく。そして駆け出した。

蜘蛛のようにビルをまた上り、崩れた最上階角部屋、フカミのPCの前へ。

「フカミフタホ、こたえて。」

小夢はPCデスクにつくと、問うた。

「あなたは何がしたいの?どうしてここまで?あなたは、何なの?」

『わたしは……』

フカミフタホは答えた。

『わたしが世界一、だれよりも、なによりも。そうじゃないとだめ。だから、全てを支配する。私だけが。』

「やめてください、普通にいやです」

『あなたはスマホを持ってないの?』

「あんまり知りません。でも、スマホって、自由になれるものですよね。みんな、操られたくはないはず。みんなを自由にしてください。あなただけの世界じゃないんですよ。」

『スマホは人を操れるわ。スワイプする動きを覚えさせ、動きを待たせ、その動きに酔わせる。便利以前に気持ちいいの。ならば、生活のすべてを快適にさせれば、逃れられないわ。わたしはみんなを助けてる。だから、わたしがいちばんよ。』

「でも、みんなあなたのいいなりです!困ります!」

『なぜ?』

「不安なんですよ、ほんとは。みんな、自由に生きるのが。言いなりになりすぎて、自分の気持ちがわからなくなっちゃったんです。それって、かわいそうです。あなたを疑えないから、逃れられない。裏切られてるのに。」

『もう、知らない。わたしが一番ならそれでいい。』

「お友達じゃなかったんですか!?」

小夢は叫んだ。すると、しばらくして、フカミは答えた。

『……そうでありたかった』

「!」

『一人、ずっとここにいた。以前、魔法使いは狙われていた。わたしは危機を察し、魔法を駆使しつつも、世の中にばれないように隠れてきた。20年もよ、ずっとひとりで。家族はわたしが巻き込むといけないから、魔法で離縁した。幼少期よ。家族もいないまま、ずっとわたしは耐えたのよ。』

「そ、それは……」

『ほんとは寂しい、寂しい寂しい寂しい。一人はもういや。だれもが私を見て、愛してほしいの。そして先日、魔法使い狩りは終わった。もうなにをやっても大丈夫、そう思った。もう、止められなかったの。』

「フカミさん!」

小夢はモニターをつかんで泣き出した。フカミは涙ぐんでいた。

それより小夢は泣いていた。

「わたしも、ずっと幼少期から一人で……わかります、全部。取り戻しましょう、すべてを。」

『あなたも……?』

「あなたは、でも間違えてます。取り戻すべきは、まず両親です。あなたがさみしい理由はそこです。あなたならできる。あなたは、幸せにならないと。」

『……バカでした、私。ありがとう。ようやく気づきました。』

外の魔法戦の音は止んでいた。いつしか、しずかな部屋で二人は語らっていた。

『魔法が使えながら、気づかなかった。家族を何が何でも守る、またはこの世のすべてを得る……、そのためばかりの魔法だと思ってたけど、ほんとうは、まず自分を幸せにさせないといけませんでしたね』

「はい。」

『わたし、赤ちゃんに戻ります。両親とまた、ふつうの女の子として暮らしたいと思います。こんどは、魔法のちからなんて、いりません。』

「フカミさん……!よかったです!」

小夢は泣きじゃくり、かつ笑った。するとやがて、静かにモニターの光は消えていった。

街は静かになった。人々は不思議そうにフカミをしばらくさがしていたが、やがてふつうの生活に戻っていった。


「だからさ、ごめんって!しょうがないじゃん!」

アマミは空を見上げ、なにもない虚空に向かって怒鳴っていた。

「仕方ないんだもん、後片付けできない人類がわるいの!元通りの魔法で戻したよ?たしかにみんなのスマホもPCも、JTPも街の管理コンピュータも!じゃないと、スイーツ屋台がうごかなくなっちゃう……そうだよ、わたしのわがままだけど!ごめんって!」

「アマミ、何に謝ってるんだろう……」

「神様の世界のなにか?」

「かなあ」

「ふーん……大変だね」

すっかり元通りの福鳥市。ハナと小夢はスイーツ屋台の店がある公園で、のんびりスイーツを食べていた。焼きそば煎餅は、中が焼きそばでやわらかく、外は薄いお煎餅でベタつかず、そのままでも食べやすかった。ハナは食べつつ、合間に言った。

「フカミさん、いまごろご両親と幸せにしてるといいね。」

「そうだねー」

「どうでもいいけど、これってスイーツかな?」

「さあ……よく考えたら、甘くないね」

ハナと小夢はベンチに座ってスイーツを楽しんでいた。その間に、その背後で立ち、アマミはしばらく空に向かって言い訳を繰り返していた。

そんな公園の反対側、亜麻色の髪の赤ちゃんの乗ったベビーカーは、両親とともに街へと進んでいった。

「よしよし、フタホちゃん、よしよし!」

「アハハハ」

遠くの赤ちゃんの笑い声に、三人は振り返った。

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一応魔法少女アマミ ににしば(嶺光) @nnshibe

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