5-4

「ところで小説の件なんですけど」

 センター。一志と、史生と佐都紀。他の利用者はまだ来ていない。

 佐都紀は身を乗り出した。

「中間選考、どうなりました?」

 一志はあっさりと答えた。

「落ちましたぁ」

「ああ……」と、佐都紀はまるで自分のことのように落ち込んでくれる。「残念でしたね」

「いや、マジで悔しい……が、しかし僕は諦めない。来月も再来月も別の公募があるので書きまくらなければ」

 佐都紀も史生もパチパチと手を叩く。

「いいですねぇ〜」

「恋は諦めちゃったけど」

「ずっと前に言ってた人ですよね」と、史生。「小説繋がりの女の子」

「そう。病気アカウントじゃなくて小説宣伝アカウントの方のね」

「確か……他に気になってる人がいるからごめんなさいって」

「そう。じゃ、僕と関わってた日々ってあなたにとってなんだったのかなっていう」

「まあ、恋愛は理屈じゃないですよ」

 佐都紀の励ましに一志はにやりと笑った。

「サティは奥さんと恋愛結婚なんでしょ」

 照れ臭そうに佐都紀は答える。

「おかげさまで。縁があったみたいで」

「ま、そういうことなんでしょうね〜。結局、病気のことを話すとか話さないとか以前に終わっちゃって。この悩み癖のすごい僕に悩む暇はほとんどなかったな。まあ小説に落とし込みますよ」

「なんでもネタにしちゃうんですね」

「家族親戚のこともね」

 まただ、などという反応を一切示さず、二人は一志の言葉に耳を傾けた。

「結局僕は、家族親戚のことが一生剥がれないんだろうなって思います」

「そういうことなんでしょうね」と、史生。

「病気のこともそうですけど……それ込みで、より良い人生を送っていく、というのが、僕のすべきことなのかなって」

「無理やり剥がそうとしないで?」

「剥がれないですからね。みんなに愚痴を言いまくって、いつまでも言いまくるんだろうなって。でも、いまの僕は、その相手がみんなだからそうする、ということができています」

「助けは助けてくれる人に求めないと、ですねぇ」

 感慨深そうに言う佐都紀に一志は人差し指を立てた。

「そして、いまはそれが選べるようになってきている。この話はこの人にしよう、って」

「いい感じですね」

 一志はちょっと麦茶を飲んだ。

「……いろんな人に会って、いろんな話をして、あるいはいろんな経験をして、それでも、消えないものは消えない。諦めるのが遅過ぎたから。本当のところでは全然諦められていないから」

 はい、と二人は頷く。

「でも、このことも誰かの役に立ったりするのかもしれないよなーって」

 史生は応えた。

「わかりますよ。どこでなにがどうリンクしているかわからない」

「この僕の家族親戚問題のお話も、誰かの役に立てたらいいよなーって」

「小説に書いてみたりとか」

「そうですね!」

 と、一志は笑った。

「僕は……海川さんの弟さんみたいに、選ばれた者ではないけれど」

 やや緊張気味な様子で航平の話題を出され、史生は少し暗い顔になったが、しかし、いまは仕事中である。

「それはわからないですよ」と史生。「これから選ばれるかもしれない」

 もうすぐ航平がいなくなってから一年になる。

 一志は航平と面識めんしきはない。だが、絵描きの彼のことはニュースなどでよく知っている。そして亡くなったことも知っている。

 それでも史生の生活は続いていく。

 一志はふと思う。

 死んだ者は、生き返らない。

 だから両親ももう、生き返らない。だから、もう、自覚した恨みつらみを言い放つことは、できない。完全に諦め切ることは——もう、できない。

「諦めた方がいいことと、諦めなくてもいいことと、諦めなければならないことと——いろいろありますが」

「私も、諦め損ってるのかもしれないな」

「と、おっしゃいますと」

 ちょっと考え込み、史生は言った。

「自分にもなにか特別なことができるんじゃないかなって。身内に天才がいる人ならだいたいそう思っちゃうんじゃないかな。嫉妬だったり劣等感だったり……。そう、自分にも何らかの特殊な才能とかがあったりするんじゃないかなって、もう、ずっと思い続けるんだろうなと思うんです」

「わかりますよ。僕も自分は天才的な障害者だってずっと信じてました。どうせ障害者なら天才の方がいいって。年金や手帳の申請のときに自覚した、自分自身の障害のある人たちに対する差別心を乗り越えたその果てに、圧倒的な才能が開かれるんじゃないかって」

 史生も佐都紀も、まっすぐに自分と向き合ってくれる。

「でも、それはもう諦めようと」

「ふむ」

「生活者としての小説を書こうと思います」

「いいですね」

「……僕はやっぱり、自分も他人のためになにかしてあげたい。お二人のように」

「ありがとうございます」

 と、二人は同時に頭を下げる。

「だから——」

 やがて一志は、笑った。

「やりたいことを、やれるだけやるだけです」

 ここは地域活動支援センター。

 誰かが自分の話を聞いてくれる場所。

 みんなの居場所。

 僕らの居場所だ。


〈了〉

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フォレスト〜俺は疲れた、それでも俺は歌う〜 横谷昌資 @ycy21M38stc

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