5-3

 いつものファミレスで一志はいつものように文彦と食事をとっていた。

「最近はどうですか」

 と聞いてきた文彦に、一志は直近の出来事を話す。

「こないだ、屋根屋の詐欺がうちに来たんです」

「ほう」

「まあ、十中八九じっちゅうはっく詐欺ですね。名乗りもせず一方的に説明してきたから」

「まあアポなしでいきなり来たときは警戒した方が無難でしょうね」

「身内になんとかできる人がいる、と、うまくあしらったんですけどね。前の僕なら素直にだまされていたんだろうな」

「そんな感じですね」

「相手の善意になにか裏があるんじゃないか、と疑えるようになった。それって歪んでるのかもしれないけど、歪んでるのが大人なんだろうなと思います。いつまでも純朴じゅんぼくで素直でまっすぐなんてふうにいられるのはそれ自体が病んでいる」

「いい感じですね」

「それにしてもなんとなく思うのは、この人にももちろん子ども時代があって、勉強をしたり友達と遊んだり、将来や進路について悩んだりしてたのかもしれないってことで。もしかしたら将来はパイロットになるんだとか思ってたかもしれない。それがどこがどうして詐欺をするような毎日になっちゃったのか。まあ余計なお世話なんですけど」

「育て方が悪かったのか、育ち方が悪かったのか」文彦は少し考える。「親や学校の教育がなってなかったのかもしれないし、本人の性格もあるにせよ周囲の悪い友達たちに影響されてしまったのかもしれない。あるいは、悪いことやダメなことをしたとき、誰にも本気で怒ってもらえなかったのかもしれない。わかりませんね」

「僕はなんとなく、生まれながらの悪人なんていないんじゃないのかって思う。歪んでるのが人間、っていうのはそれはそれとして、最初から歪んでる人なんていないんじゃないのかって」

 そんなことを言う一志に、文彦はにっこりと微笑んだ。

「そんなふうに思えるっていうのは、なんだかんだシーさんが恵まれてて運が良かったんだと思いますよ」

 一志は、へへ、と笑った。

「まさにまさに」

 そこで二人はコーヒーに口をつける。

 しばらくしてから一志はまた口を開いた。

「それからオプションの話なんですけど」

「はい」

「僕、その屋根屋に“お父さん、お父さん”ってすごい言われて」

「ほう」

「それで僕、僕お父さんじゃないんですって言ったら、そのお兄さん謝ってはくれたんですけど、でもたたみ掛けるように『でも、そういうお年ですよね』って」

「失礼な」

「すごいショックで」

「ショックでしたか」

「後からじわじわ響いてきまして……でも、そうですよね。僕のセンターの、僕の一個下の職員さんはもう十歳の子供がいて、僕の前の職場の同い年の女の子にはもう中二年生の子供がいて、四十歳って言ったらもう完全に自我の確立した子どもがいても全然おかしくないんですよね。なんなら早い人なら二十歳はたちの子どもがいてもおかしくないわけで。だってブンさんだって高校生のお子さんがいらっしゃるわけでしょ」

「そう、ですねえ」

「いやさすがに自分のことをおじさんだとは思ってたんですよ。でも、でもお父さんって……僕、周りの人から童顔どうがんだってすごい言われるから、じゃ僕見た目は若いんだって思ってたんですけど、でもそんなの全てお世辞に過ぎなかったんだなーって。だって、お父さん、お父さんって……」

「まあまあ、そんなに気を落とさずに」

「——でも、おかげで目が覚めたというか」

 興味深い、といった表情で文彦は訊ねた。

「と、おっしゃいますと」

「いや別に子どもじゃなくてもいいんですけど、これまでの自分になにかげられたことなんかあるのかな、ないよねっていう。俺はこれまでの人生なにをやってきたんだっていう」

「そのときそのときで必要なことをやっていたのでは?」

「そうだといいんですけど」

「夢だけを見て頑張り続ける時期っていうのも、あるいは必要なことなのかもしれませんよ。少なくともそれが青春の特権だとおれは思います」

「でも、現実を見なければ現実を生み出すことはできない」

 あるいは一志はいま、小説の話をしている。

 文彦は頷いた。

「そうですね。そして行き着く先に落ち着いていく」

「だって」

 一志は、やや疲れたように、それでもさわやかに笑う。

「もう、大人なんだから」

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