5-2

「結局、僕を助けてくれたのは家族親戚じゃなくて、赤の他人たちだったなと思う」

 史生を前に、一志はふとそんなことを言ってみる。

 史生は、うん、と頷く。

「もちろんニートをさせてくれたり、借金をさせてくれたりはした。でも、誰も僕の話を聞いてくれなかった」

「はい」

「——『そんなこといちいち気にするな』

『それのなにが悩みなのかわからない』

『おじさんはもっと大変だったんだよ』

『ポジティヴポジティヴ!』

 ……そんなことばかり言われてきましたよ」

「共感性が低い」

「でもそれが、かつておばちゃんが言っていたように、それが家族親戚の役割でないのなら、もういらない」

 史生はまっすぐ自分を見つめてくる。

 自分の話を聞いてくれている。

「否定されるのはもううんざりなんですよね……薬剤師さんにも否定ばかりされてきました。親という存在は正しい存在だから間違っているのは米原さんだ、と。学校の先生も、友達も。“心配してくれるんだからいい親じゃないか”って」一志は、ふう、とため息をつく。「例えば直さんは議論がしたいわけじゃなくて、自分の話に興味を持ってもらいたいんだろうな、っていうのはいつも感じます」

「そうですね」

「僕も要するに、そういうことで。そしてそれが、家族親戚では叶わなかった。“お前が興味深いことなど言うはずがない”みたいな……たぶん彼らは、僕の親の言い分だけを聞いて僕のことをわかったつもりいるんではないかなーと」

「米原さんと向き合ってくれなかった」

「だからと言って別にこれからは悪態あくたいをついてやろうとか思ってるわけじゃない。ただ、僕はもう“折れない”——ただそれだけのことです」

「いいと思います」

「若い頃のことなんですけどね」

「はい」

「家の集まりで——例のごとく彼らは僕の話を聞いてくれなかった。それで、出前をめちゃくちゃにしました」

「はい」

「お皿をひっくり返して、机に床にぶちまけて。そして、それもこれも全部僕が悪いという。不登校のお前が悪い、病気のお前が悪い、ニートのお前が悪い。誰も僕と真正面から向き合ってくれなかった」

「大変でしたね」

 だがそこで一志は少し顔を俯かせた。

「でも、いまは、僕には僕で問題があったと思う」

「もうちょっと具体的に」

「……僕は我ながら難しいやつだと思うし、例えばものの影響を受けやすかったり、扱いづらい子どもだっただろうなと思う。求められているいないに関わらず持論をペラペラ喋り出すとか。そもそも喋りすぎちゃう、多弁たべんだとか。僕には僕で問題があって、そしてそれが彼らと、どうしても波長が合わなかった。折り合いをつけられなかった。彼らが悪いのと同じように、僕も悪かった」

「だけどご家族ご親戚は、おそらくその領域には到達していない」

「“悪くない”人間なんていないんだろうなと、僕は思うんですけど」

 そこで史生は、口元に指をやり、少しの間考え込んだ。

「私の友達にもいるんですよ。家族親戚とうまくいってない人」

「そうなんですね」

「その人もなんていうか米原さんと同じで自己批判の精神の強い人で……ただ違うのは——その友達はもう、諦められた、というところ」

 一志は頷いた。

「わかりますよ。僕は結局、諦められていない。自分では諦めたつもりでいるけれど、でも、遅すぎた。だから、いつまで経っても剥がれない」

「話せばわかるとか誠意を持って接すればわかってくれるとかっていうのは幻想」

 一志はにっこりと笑う。

「わかる気のない人にはね」

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