世界の終わりに始まる恋のお話

@masaba894

第0話

ホロホロと涙を流すように地上が崩れていく、青い空はどこまでも群青を描くその下で溶けるように、解けるように。


そんな崩れゆく世界の中で人々は静かに滅びを待ったり犯罪を犯したり、はたまた先走って皆よりも早く旅立ってしまったりと法則やきまりなんてまとまりはなく、各々過ごしていると言っても過言ではないだろう。


そんな中で一人の男が人気のない枯葉の多い冬の登り道を歩く、その男は高校生くらいで一山いくらの見た目だ。ハアハアと日頃の運動不足を噛み締めながら目的の高台へと登り詰めていく。


やがて登り終えると荒れた呼吸を整えつつ高台にある木製の大きなテーブルと椅子に座ろうとした。そんな中で疲労のせいで視界が狭まったのだろうか、よくよく見ると一人の女の子が座っていた。


その女の子が男の存在に気づくと少し身をのけぞり警戒心をあらわにする。現在進行形で世界が終わっているのだ。そんななかで好き放題している輩もいるため、それを警戒するのは間違っていないだろう。それに気づいた男は女の子に一言話しかけた。


「君が思っているような人じゃないから安心してくれ、俺はただなんとなくここに来たかったからきただけだ。近くの椅子に座ってもいいかい?」


そう男が言うと女の子は頷く。それを肯定と受け取った男は近くの手頃な椅子へと座る。ここの高台は街全体を見渡せるため、崩れゆく世界を見ることができるのだ。


突然始まった世界の崩壊は誰にも止められなかったし、誰にも原因がわかることはなかった。一部のオカルトや陰謀論の信者は神の神罰だ!とかついに世界の浄化機構が……などと頭のネジが何本か抜けた人々がいたが、それはなんの解決にも繋がらなかった。結局政府は滅びるタイムリミットを数えるだけでなにも触れることはなかった。


自分も最初こそはとまどったが徐々に慣れていった。元から親はいなかったためこんな状況になってもあまり動揺することはあってもヤケになるなんてことはなかった。


世界の終末をこんな高台で過ごそうなんて思ったのもただの気まぐれだ。小さい頃にここに登って澄んだ空気を楽しみながら空いっぱいの星をみた、そんな褪せた記憶を思い出す。


ぼんやりと壊れゆく世界を眺めていく。ここで生まれ育って十数年で愛着はあるが、ただそれだけだ。そこに感情なんてものはなく、唯一あるとすれば今この景色が美しいと思っていることだ。


大地が割れたり、水に呑まれていったりとするのではなく、ただただ役目を終えたゲーム内のオブジェクトのようにホロホロと崩れ去って行く、そんな儚さを多分美しいと感じたのだろう。


生来自分には何が美しいというのがわからなかった。一般的な感性は持っていて、綺麗と思うものはあったが美しいと表現するのは何か一歩足りないというもどかしさがあった。しかし、芸術にはあまり触れなかったため自分の感性を掘り起こすということはしなかった。


ふと自分の頬に温かいものが滑り落ちる。それを涙と認識するのは一瞬だったが、何故流しているのかが分からなかった。状況がわからずに戸惑っているとさっきまで座っていた女が答えを示した。


「君、自分の嗜好を掘り起こしたことないでしょ。」


唐突だったがその言葉は意外にするりと頭の中に入っていった。


「まぁ、私みたいなのってそんなにいないだろうけどね」

「どういうことだ?」

「簡単に言っちゃうと自分探しみたいなものかな?私ってもどかしいのが嫌いでさ、どんなに良いなってものみても何か違うってものを感じたことがあってね、いてもたってもいられなくって合間をぬってちょくちょく出かけたりしてさ。そんなある日に本当にカッチリくるものがあってね、それを見つけて暫くたったらいつの間に涙を流してたんだ。」

「それが自分と一緒だったってことですか?」

「そういうこと、でも崩れて行くもので涙を流す人は初めてだよ、君破壊願望とかあるの?」

「そんなものはないよ、強いていうなら多分クシャクシャに壊れて行く様じゃなくて儚く、何事もなかったかのようになくなっていくのが多分好きなんだ。」

「私もそれはわかるよ、夢でさ真っ白い紙みたいのが汚れながらクシャクシャになってくのを見たことがあるんだけどそれに似たようなもんかな?それを見ててすっごく怖くて嫌悪感を抱いたんだ。」

「どんな夢だよ……」

「他にもあるよ?ずっと車内の窓を通り過ぎていく街灯とか」


そんな感じでつらつらと今までの夢の内容を話していく彼女の姿はどこかしら楽しそうな顔をしていた。それに感化されたのか自分も彼女に呼応するように何気ない、けれどどこか楽しく会話を積み重ねて行く。


夢の話から食事の話へ、少したったら好きな事を話して、そしてふと思い出したかの様に夢の話に戻って、周りの出来事や好きな芸能人、アイドル、逆に嫌いな人、いつかの叶えたい夢。そして何の屈託のない笑顔を浮かべる。

そんな雑談のような話を繰り広げて行くうちに段々と夜も近づいていくとともに全てを洗い流すかの様な崩壊も近づいてきた。


ふと空を見上げると数えられるくらいの星が綺麗に散りばめられていた。今日は雲一つない快晴だった。そんな日の夕暮れに見られるグラデーションはとても綺麗でいつも楽しみにしていた。そんな空に魅入られていると、綺麗だね、と寒さを紛らわすように巻いたマフラーを上げながら小声で話しかけてきた。


「そうだね、こんな最期にこんな素晴らしい夕暮れが見られるなんて終末も捨てたもんじゃないね。」

「終末かどうかもわからないでしょ、アレに呑まれた先が何もないとも限らないよ。」

「それで人類がまだ続くようならいっそ滅んでも良い気がするけどなぁ。」

「やっぱり破滅願望的なの持ってるんじゃないの?そんなこと言うのって……まさかあなた中二病?」

「なわけないよ、その後遺症なら現在進行形であるけどさそんな自分も悪かないよ。」

「じゃあ何でそんなこと思うの?」

「自分でもわからなけど、もしもアレの先が何も変わらなかったらいつもの日常に戻る訳じゃん?日本だとそんなんだけど他国だとまた思い出したかのように戦争を再開したり、くっだらない与野党内での足の引っ張り合いだったり、同じ空の下でも境遇がいつまでも変わらない、もしくは進歩しないんなら滅んだ方がいいんじゃね?って思ってさ。」

「やっぱり中二病じゃない、人なんてそんなものよ、所詮は動物なんだから人の上に立ちたい、自分だけのものしたいって思うのは当たり前よ。そんなことをなくしたいなら頑張りなさい。」

「自分は夢ばっかりみて努力なんてあまりしないからな、きっと誰かが成し遂げてくれるさ。」 

「他力本願ね。」

「それで結構、夢だけみて将来それを噛み締めれれば儲けもんさ。」


ハッハッハとわざとらしく笑うと彼女も微笑んだ。

その笑い声と微笑みは少しも絶える事なく空に上っていく。


それが無くなったときには声も、体も周りの全ても根こそぎ崩れていったが、そこには確かに気持ちの芽生える音がした。


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