姫の真実

 アデュラリア・ノクティス。これが姫様の名前だそうだ。


 鏡で初めて自分の姿を確認した。なかなかの美少女だ。大きな瞳は明るいオレンジ掛かっていて、不思議な光を宿している。腰まで伸びた淡い金髪は、さっきまでジェットコースターに乗っていたにもかかわらず、ストンときれいに落ち着いていて、動きに合わせてサラサラと舞っては、またきちんと元の位置に収まる。服は、ドレスというよりも、学校の制服やスーツに近い。しっかりとした生地の動きやすいワンピースとジャケットだ。


 つい先ほど、といっても体感的には半日くらい前だろうか。3人で城門に近づいたところで、門番的な兵士や城下町の皆さん、城の人々が押し寄せた。皆、俺の顔を見るなり口々にアデュラ様、姫様と歓声をあげて、ちやほやちやほやと城に運び、医者的な爺さんの健康チェックや、質素だけども品数の多い軽食を経て、やっと姫様の自室でくつろいでいるところだ。


「なんだかこう、安全なお屋敷に落ち着くと気が抜けて、寝転びたくなっちゃいますねぇ。贅沢言えば、お風呂に入りたいです。ミカゲ様がお風呂に入りたぁ〜いって一言いってくれたらいいのになぁ」


 コハクは優雅に紅茶を啜った後、自室かのように長椅子に寝転んだ。


「残念だったな。風呂キャンセル民の風呂嫌いを舐めてくれるなよ。どんなに汗をかいても風呂に入る気がしねぇな」


 俺の発言を受けてコハクの笑顔がこわばる。


「その顔で、こんなに最悪のこと言えるんですねぇ」


「ふふん。何を言われようと風呂には入らん」


「賛成賛成! 匂いが濃厚で過去最高の気分です。これまでで一番匂ってますよ姫様!」


 パライバが犬感丸出しで割って入り、ついでに鼻をふんふん鳴らした。俺は呼び鈴を鳴らし、使用人に伝える。


「お風呂いただけるかしら?」


 オス犬に匂うと言われたら、さすがに風呂に入らなければいけない気がした。姫様ごめんね。なるべく細部を見ないように洗います。


「パライバ、あなたもお風呂で綺麗にしてきなさい」


「へ? ……姫……様? なん……で」


 とばっちりを受けたパライバは、瞳に絶望を浮かべ肩を落とした。


 さて、風呂だ。


 風呂は裸になり全身を隅々まで洗う場所だ。ってことは全部脱がなきゃないんだよな。清潔を保つことは、健康維持に繋がり、姫様の為にもなる。誰のためでもない、自身のためだ。と覚悟を決め、ジャケットを脱ぎブラウスのボタンに手をかける。一つ開けるごとに胸元があらわになり、割とおとなしめの下着が見えた。


 やべ。脱いでいるというより、脱がせている感が強い。新感覚だよこれ。この女の子、なんでも俺の命令聞けるじゃん。どうしよう……急に訪れた万能感に呆然としてしまう。


「姫様、お疲れでしょう。お風呂のお手伝いしますね」


「え?」


 返事も聞かずに、コハクをはじめとする侍女集団が登場した。コハクを除いた彼女たちの平均年齢はざっと40半ばだろうか。まぁ、ババァ集団だ。

 そこからは、ババァ集団にテキパキと剥かれて、テキパキと清潔にされ、髪やら顔やら肘膝踵……最終的に全身のケアと、信じられないくらい面倒な風呂上がりの儀式を受け、先ほどよりもドレスっぽい服を着せられて、やっと家族と対面しての食事となった。



 アデュラリア姫は、ここ、断崖の中にある城塞都市の領主の一人娘らしい。食事の席に父親で領主のリグナス・ノクティスと、母親エリシアが着いた。美形の姫の両親らしく、2人とも年相応ながらも整った顔立ちをしている。特に姫の瞳と髪は父親に似たらしい。


 夜の食事はそれなりに手が混んでいたが、全体的に薄味で一味足りないように感じた。なんというか、旨味や塩味が足りない。自宅だったら醤油や味噌、クレイジーソルト、アウトドアスパイス、うま味調味料、顆粒だしなどなどで味を整えただろう。ついでに肉もちょっと臭くて硬い。食えなくもないが。

 今度変身したら、まず前述の調味料を出そう。あ、ついでにカレー粉も欲しいな。などと考えながら肉を噛む。なかなか飲み込めない。


「それにしてもアデュー、お前が城から消えたとの知らせを受けた時、私はショックで寝込んでしまったよ」


「私も寝込んでしまったわ」


 両親揃って寝込むなよ。もうちょっと頑張れよ。口の中に肉が残っていたから思わず突っ込んでしまわずに済んだ。焼肉のタレとかも欲しい。


「でも、こうして元気にしているのを見られたんだ。安心したよ。それで、アデュー、いつ向こうの城に戻る?」


 父親のリグナスは威厳のある雰囲気だが、雰囲気だけのようだ。話してみると優しくて、ちょっと気の小さいおじさんだ。


「花嫁が逃げ出したなんて、どう言い繕ったら良いのか、寝ながら考えていたのよ。でも何も思いつかなかったの。だからしれっと早めにお城に戻ったらどうかしら? 何もなかったような顔をして、森で木苺を食べていたら迷っちゃったって顔をしていたらきっと大丈夫よ」


 優雅に微笑んでいる母親のエリシアは、生粋のお嬢様なのだろう。適当に生きていても大丈夫な人生を送ってきたようだ。上流階級って、それはそれできっと大変なんだろうな……なんて思っていたが、案外そうでもないのだろうか?


 それにしても、不可解なのはさっきの会話だ。向こうの城? 花嫁? どういうことだ? 肉の味が無くなったが、まだ硬いので飲み込めない。マヨネーズさえあれば飲み込めたと思う。


「領主様、姫様は彼の地で記憶を失い行き倒れていたところ、この者に保護されたようです。そこを私が探し当てました」


 パライバが背後で進言した。食事の前に口裏を合わせていた内容に、隣の席のコハクも小さく頷く。


「コハクさんと言ったかしら? アデューを保護していただいてありがとう。礼をします。パライバも、よくやったわ」


 適当母、エリシアが向き直る。


「そのまま、2人でアデュラを嫁ぎ先へ連れていってくださらない? 記憶が無くなったことも併せて伝えていただけないかしら?」


「エリシア、待ってくれ、やはり意にそぐわぬ婚姻は考え直す機会ではないのか?」


「では我が領地ごと、出戻りの姫と共に滅ぶまでですわね」


 言い返したエリシアに笑顔は残っていなかった。適当なお嬢様かと思えば、とんでもなかった。


「すまない。すまないアデュラ」


「ありがとう、アデュラ」


 項垂れる父と、まっすぐ見据える母。


 この雰囲気。ははーん。姫は望まぬ政略結婚で嫁ぎ、嫌になって逃げ出したってところか?

 いいかげん口が疲れたので、無理やり肉を飲み込んだ。微妙な色のパンをちぎって口にはこぶ。なんだこれ、ちょっと酸っぱい。ケチャップつけたら問題なく食えそうだけど、単体はきつい。


「コハク、このパン、酸っぱい」

「ミカゲ様、そんな話してる場合じゃなくないですか?」


 確かに。しかし、これだけじゃ何もわからんのよね。わからんけど、わからなきゃいけないないんだよなぁ。って事だけはわかっている。


「わかりました。お父様、お母様。今宵は改めて、家族最後の晩餐です。私の無くした記憶を教えてください」


 仕方ないから情報収集しとこう。向こうに戻るにしても、パライバとコハクがいるし、俺自身も魔法少女だ。怖いもんなしなんだよね。


 俺の浅はかな返事は、父と母の心を揺さぶったらしい。父リグナスは思っていた通り、鉄のような女だと思っていた母エリシアも涙を流し、姫誕生からこれまでを話してくれた。こんなに大切に愛情深く育てたのに、嫁がせなきゃないんだな。気がついたら俺も釣られて泣いていた。


 それにしても俺、結婚してたのか。まだ見ぬ旦那さん、なんかごめん。新妻の中身が風呂キャンセル男子高校生になってしまって、ほんとごめん。


 でも、待ってろよ。誰も幸せにならないこの結婚。俺1人が悲しい思いをして嫁いで丸く治るなんて認めたくない。一体どんな仕組みなのか調べて、やれそうなら魔法パワーでぶっ潰す。

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TS魔法少女の俺は異世界でメイドお姉さんと愛を探すことになった 山本レイチェル @goatmilkcheese

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