彼女の秘密

 俺は今、風になっている。


 デカ犬パライバの背中に乗ってからずっと、まるでジェットコースターの一番高いところから落ち続けているようだ。コハクが俺の背中にしがみつく。魔法少女のパワーみなぎる俺に比べて、いまのコハクは丸腰だ。そりゃ怖いよな。


「コハク、大丈夫か?」

「……おえっ」


 返事のかわりにえずく。無理もないか。

 どうにか魔法で彼女が安心できるようにできないだろうか。100%のうち、2%程度の加減でなんとか。

 そんなことをごちゃごちゃ考えながら、コハクに教えられたように願いを込めて小さく唱える。


「えいっ⭐︎」


 するとどういう仕組みか、ベルトが伸びてコハクと俺に絡みつく。肩から伸びて胸の前をクロスし、腰で固定した。


「ミカゲ様? これ、魔法ですか? ありがとうございます。でも、ちょっと恥ずかしいです……こんなの赤ちゃんみたいじゃないですかぁ」


「最小限の力でどうにかしたんだから、文句言うな」


 赤ちゃんみたい。確かにそうかもしれない。コハクと俺を縛りつけた紐が胸の前で交差して、おんぶ紐みたいになっている。パイスラッシュどころかパイクロスじゃん。ものすごくおっぱいが強調されているのに気がついて、すっごい恥ずかしい。恥ずかしいついでに、コハクが密着していて、色々とあったかくて柔らかいことも気がついてしまった。ちょっと色々とやばい。パライバ、早く屋敷に着いてくれないかな。できればもうちょっと安全運転で。


 まだ到着しないのかと、先を見渡す。


「わぁ……」


 眼下の光景に思わず声が漏れた。

 

 切り立った断崖というか、山が半分吹っ飛んだような馬鹿でかい岩から水が勢いよく噴き出している。滝だろうか、自分が知っている滝とは水の量や流れかたが全く違っていて、デタラメな光景に見えた。まぁ、仮に滝と呼ぶけど、その滝から大きく弧を描いて落ちる大量の水に虹が円を描いている。虹の奥には、まだまだ断崖がいくつも並んでいるのが見えた。

 そこを、狼にまたがり、縫うように駆け抜ける。崖から崖へ飛び回り、滝をくぐった先、断崖の合間に城壁に囲まれた街が見えた。


「くっそファンタジーじゃん」


 俺の呟きに、コハクが前を見ようと背後でモゾモゾと身をよじった。


「わぁー。異世界って感じ、もりもりですねぇ」


 見たことのない景色に変な生き物。そういえば、まだこの世界の人間に会っていないし、魔法の力だってちょっとしか試していない。

 この世界で知りたいこと、やりたいことがどんどん浮かんできて溢れそうだ。


 それにしても、さっき空から見た城までの道中、こんな断崖絶壁は見当たらなかった。姫は近くのあの街とは違うところからやってきたのだろう。こんな遠くまで徒歩で逃げてきたっていうのか? 一体、どんな悩みを抱えていたのだろう。そんな思いに耽っていると、パライバのスピードが緩んだ。

 断崖の街の程近く。小さいけれども鬱蒼としている森に着陸した。


「うっ……ミカゲ様、ごめんなさい、一刻も早く紐を解いてください」


「ん? ああ」


 おんぶ紐を消すと、コハクが慌てて走り去る。去った先から嘔吐する声が聞こえてきた。そんなに切羽詰まっていたのかと、今更ながらヒヤッとする。頑張って我慢してくれてありがとう。コハク。

 コハクに感謝の視線を投げ、パライバに向き直る。


「パライバ、直接屋敷には戻らないの? なぜ手前で降りたの?」


「実はこの姿、姫様しか知らないのです。お屋敷には侍女の姿で戻りたいのですが……問題がありまして」


「問題?」


「この姿に戻る時、服を引きちぎってしまいまして……」


 ……ああ、確かに、あの時景気良く引きちぎってたな。


「と、いうことは?」


「はい。侍女の姿に戻ったとしても全裸なんです」


 全裸かぁ。何か隠すものでもないかと周りを見回したが、ここは森。木の葉しかない。全裸に木の葉かぁ……だめじゃん。


「私は別に、今も全裸なんで良いんですけど、姫様がそれはだめと言っていたので」


「確かに。だめだね」

 

 全裸でぶらぶらしてたらお巡りさんに捕まっちゃうからだめだと思う。この世界にお巡りさんがいるかわからないけれど。


「うー気持ちわる」

 低い声で唸りながらコハクが戻ってきた。


「コハク、大丈夫か?」


「地上に戻ったんで、これ以上は酔わないと思いますけど……気分は悪いですぅ。あいつ、背中に乗せる人のこと考えてないんですよ」


 コハクはイライラした様子で嘆息した。


「抗議する元気があるようで安心したよ。あのさ、パライバなんだけど、人間の姿じゃないと屋敷に戻れないらしい。けど服を引きちぎってしまったんで着る物が無いんだ。どうしたらいいと思う?」


「その辺の葉っぱでもつけときゃいいんですよ」


 よっぽど気分が悪かったのか、コハクが適当に答える。


「それはナイスアイデアですね」


 パライバが割って入った。ナイスアイデアじゃねぇよって突っ込むまもなく、人間の姿に戻る。


「ええと、あのぉ……葉っぱってどうやってつけたら良いのでしょうか?」


 パライバが戸惑った声で相談するが、俺はなんとなく直視するわけにもいかず、悩んでいる風に額に手を添えて視線を逸らしているので、彼女がどうなっているのかわからない。

 そもそも、全裸に葉っぱを付ける方法なんて俺も知らない。


「悪い。コハク、どうにかして」


「わかりましたよぉ。もう、パライバさんったら、間に受けないでくださいヨォ……やだ。ちょっと!! ミカゲ様!! バトンタッチ」


「え? だって俺、全裸の女の子に葉っぱの付け方なんて教えられないよ」


「私だって葉っぱの付け方なんて知らないですよ。てか、女の子じゃ無いです。こいつ。男の子です」

 

「は?」


 目を開いてパライバとコハクを見る。コハクは思い切り目を瞑って赤面していて、パライバは出会った時の侍女ちゃんの顔で、体は小柄な青年のそれだった。


「こう、ですかねぇ?」

 奴が適当に股間に挟んだ葉っぱが、はらりと落ちる。なぜだか、ヤツが男だとわかると、性別で態度を変えるのはこのご時世どうかな? なんて、思うまもなくイラっと来てしまい、つい「服を着ろ」と言い捨てる。

 

 その瞬間、俺の魔法少女フルパワーがパライバに向けて一気に放出された。

 色とりどりのハート型の光が瞬き、眩んだ目が慣れてきた頃、出会った時と同じ服装の侍女ちゃんこと、パライバが微笑んでいた。


「姫様! ありがとうございます。この新しいお洋服、とっても素晴らしいです!!」


 そういって、思い切り新品メイド服の袖を引っ張る。


 また引きちぎる気か? と、俺の心配をよそに、袖は焼きたてピザのチーズのように、ビヨーンと伸びた。


「これで、力を解放してもお洋服が引きちぎれません。さすが姫様です」


 喜ぶパライバを見て、ほんわかした気持ちになる。しかし、ふと自分の服装が魔法少女時と違っていることに気がついた。


「コハク、あのさ、俺まだ魔法少女か?」

「いえ、普通の女の子に戻ってますね。振り出し……というか、ちょっとマイナスなくらいですね」


 まじか。

 力の加減がわからなくて、俺の初めてのフルパワー魔法は、パライバの異様に丈夫な服へ注がれてしまったようだ。


 なので、魔法少女じゃない姫様こと俺と、異世界から来たメイドのコハク。そして、男の娘侍女のパライバの3人は徒歩で屋敷へと向かうことになった。

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