パライバ
さて、晴れて魔法少女のパワー満タン状態になれたわけだが……自分でも未だによくわかっていないし、侍女ちゃんに説明できる気もしない。とりあえず様子を見ようと思う。まあ、なんかあったらこのみなぎる力で逃げれば良いし。
それにしても、力があれば心に余裕ができるな。現世に戻ったら筋トレしようかな。やはり筋肉だよな。でもめんどくさそうだ。貼るだけとか、そーゆー楽なやつでもやってみようかな。
「ミカゲ様、ミカゲ様。どうします? そのパワーでとりあえず現世に戻れそうじゃ無いですか?」
考え事に忙しく、無口な俺を心配したのか、コハクが小声で話しかける。
「戻れそうだけど……せっかくだから、もうちょっとこの世界を見てみたいかなーって思う。それよりも俺の魔法パワーが満タンなの、お前もわかるのか?」
「だって……」
コハクはほんのりと赤面して下を向いた。
「ふわふわハートはエロスの証❤️魔法少女ミカゲ! ……って元気にポーズ付きで叫んでたから……そりゃ、パワー満タンなんだろなって……」
「え? まっ? マジかよ」
「マジですぅ。ルンルンでやってて、こっちも恥ずかしくなっちゃって……」
ウワー。恥ずかしすぎる。魔法少女の変身バンクと口上はセットだし、ついやっちまった。でも、リアルでやってしまうとは……すっごい恥ずかしい。
「姫様方、恥じらってどうなさったんですか? さぁ、お屋敷へ戻りましょう。どうぞご命令を」
次女ちゃんが恭しくお辞儀をした。が、どう命令すればいいのか。お屋敷へ連れて行けと言えば、このフツーの女の子でしかない侍女ちゃんが俺たちを担いでお屋敷へ連れてってくれるのか? もしかしてコイツも魔法少女なのか? しかし、魔法少女って力の源がないと変身できないんだよな。って考えても仕方ないから聞いちゃおう。
「命令とは?」
「はい。私の主人は姫様だけです。姫様の命令でのみ、私は力の制限を外すことができます。なので私へ『解放』と命令してください」
まあ、俺の今フルパワーだし、次女ちゃんがどんなに怪力で、万が一暴れ出したとしても飛んで逃げりゃいいか。
「わかりました。『解放』」
「は……はヒィ!」
俺の言葉を受けて、侍女ちゃんはなんかちょっとエロい声で喘いだ。言われるままに『解放』とか言っちゃったのを軽く後悔する。
何なんだよこいつ。
げんなりとしながら侍女ちゃんに再び目を向けると、とんでもないことになっていた。
喘ぎ声は苦しんでいる声だったのかもしれない。ビクリと大きく体を震わせるたびに湿った音を立てて関節の位置が変わり、骨の一つ一つから巨大化していく。それに連れて洋服は破れ、あらわになった肌は全身銀色の毛で覆われていた。耳が尖り、鼻と口が突き出す。同時に大きく開いた口元で鋭い牙が光った。
「犬? ……というか狼か? 狼にしてもでかいな」
思わずつぶやく。目の前の彼女は銀色の狼へ変身していた。大きさはアフリカゾウくらいある。引くほどでかい。
「まあ、亜人もしくは変身魔法を使える魔物でしょうかね。にしても、大きいですね。インドゾウより大きいかもしれませんねぇ」
妙に冷静な解析をするコハク。やっぱり、アフリカゾウサイズで間違いなさそうだ。そんなアフリカゾウサイズの狼が、女の声で話す。
「さあ! さあ! 姫様! 私の背中へ乗ってください。ついでにお友達もどうぞ」
「……ありがとう。ところで私、あなたの名前も忘れてしまっていて、ごめんなさい、改めて名前を聞いても良いかしら?」
狼は耳を垂れて、あからさまに寂しそうな顔をして答えた。
「パライバです」
「そう、パライバ。よろしくね。では、屋敷まで連れて行ってくれる?」
「ウオン!!!」
狼こと、パライバは嬉しそうに吠えて、尻尾をブンブン振り回しながら出発した。ウキウキと斜めになって走る。
興奮すると犬っぽくなっちゃうんだなぁ。可愛いけど疲れるなぁ。なんて思いながら必死で背中に掴まった。
*************************
「わあ! 大きい。それにあなた、綺麗な瞳をしているのね。まるで本で見た、南の島の海のような色」
「……」
「良いですわよ、私のこと食べても。きっと私、ここにいても、もうお家に帰れないわ。こんな深い森の中で足を怪我してしまったもの。このまま売り飛ばされたり乱暴されるよりは、あなたの血肉になれたら嬉しいわ。でも痛いのは少し怖いですわね」
「…………」
「あら、傷を舐めてくれるの? ありがとう。良い子ね、私もあなたに何かをしてあげたいけれど、拐かされてどうにか逃げ出したところだから、あいにくこの体と命しか持っていないの……そうだ、名前を贈らせてくださる? そうね、パライバはどうかしら? あなたの瞳と同じ、南の島の海の色をした宝石の名前ですのよ」
「……」
「ふふ。喜んでくれてよかったわ。ああ、いつか行ってみたかったわ。パライバの瞳の海を、この目で見てみたかった」
「…………」
「こんなに大きいのに、可愛い子。あなた、うちの子になる?」
「……」
「よかった、今日からあなたはうちの子よ。……と言っても、私が力尽きるまで、どうか一緒にいてくださる? たくさんお話をしましょう」
姫様。姫様。
あなたは私に世界を教えてくださった。ずっと、かの森で獲物を獲って食って、寝て、ただ生きるだけの日々だった私に、突然現れた光だった。姫様のお話に登場する様々な英雄、みたこともない景色、想像を超える不思議な生き物、森の外に広がる世界は私の生きる希望になったんですよ。
あの後、無茶苦茶回復させて、こうしてお屋敷まで運びましたね。
姫様。大好き。いつか私も実力で偉くなって、権力を手に入れて、姫様と結婚できるようになりますから待っててください。姫様、記憶も早く治れば良いですね。姫様。私の姫様。
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