第4話 サマーソルト・キックバック
ぷかぷかと夜の学校のプールに浮かぶ。
あのあと二人で遊び続けた。
忘れられない楽しい思い出を量産した。
まるで親友同士のようにくだらないことで笑い続けた。
「最期にやり残したことある?」
「夜の学校のプールに忍び込みたい。音楽室はやったから」
「了解」
そんな流れで私達は学校のプールに浮かんでいる。
セーラー服のまま飛び込んで。
服着たままだと泳ぎにくいと笑いながら競争して。
今はただ満月とともに浮かんでいる。
「式見さんがこんな楽しい人だとは思わなかった」
「私も結城さんが面白い人だと思ってなかったよ。音楽室で津軽海峡・冬景色の熱唱を聞くまでは」
「聞いてたの!?」
ざぶんと結城千景は水の中に沈んだ。
驚いた拍子に力が入ってバランスが崩れたのだろう。
水の中から出てきた結城千景は耳まで赤く染めて僕を睨んでいる。
制服は透けて、下着が丸見えになっているが恥ずかしくはないのだろうか。
それは僕も一緒だけど。
「ねえこの三日間楽しんだ?」
「……楽しめたのは今日だけかな。式見さんのおかげで」
「結城さんの未練はもうはれた?」
「はらしたつもり。……だったのに式見さんのせいで台無しだよ」
「私のせい? 協力したつもりなのに」
「どうして私は死んじゃったの? 式見さんと親友になれたのに。これから絶対に楽しい学校生活が待っているのに。どうして私には続きがないの!?」
僕は結城千景の顔を見ない。
泣き顔は覚えておかれたくないだろう。
涙はプールの水に紛れてわからない。
でも堰を切ったような慟哭だけは、誰かが覚えておくべきだ。
それは結城千景の生きた証だから。
僕はただぷかぷか浮かびながら記録する。
お別れの時間は迫っている。
もうあまり猶予はない。
結城千景が死んだのは三日前。
家族で出かけた帰り道で交通事故で遭い、崖から転落したらしい。
まだ車が発見されていないのか、それとも神様が猶予期間として学校に知らせなかったのかはわからない。
けれどもう事故発生時間から七十二時間が経つだろう。
「……ねえ式見さん。この三日間はなんなの?」
「それを私に聞くの?」
「式見さん詳しそうだし」
なにかと言われれば僕も困る。
よくわからないが何度か巻き込まれているだけだ。
そういえばもう死んでしまったオカルトマニアの親友が現象に名前をつけていた。
「サマーソルトキックバック現象」
「さまーそると……なにそれ?」
「子供が死んだときその魂が善良だったならば、神様が三日間だけ現世にトンボ返りさせてくれるんだって。未練をはらすために。お別れを告げるために」
「でも誰の記憶にも残らないし、起こったことはなかったことにされる」
「……だから私みたいな観測者がいる。その人の最期を看取るために」
それに完全になかったことにあるわけではない。
イジメの件は忘れられるが、生徒の教師に対する視線は厳しくなるし、教師の中でもイジメの隠蔽に対して罪悪感は植え付けられる。
瀬能さんの取り巻きに関しては瀬能さんからは離れるだろう。もうついていけない。前からそんな空気が流れていたし、普通の学生に戻るはずだ。
そして瀬能さんに関してはもう関わることはないだろう。
男共と一緒に、薬物所持と拳銃を持ち出したグループ内の仲間割れで一斉検挙されたらしい。未成年の瀬能さんも一緒にいる検挙されたので、色々と余罪も追求されていくはずだ。
記録と記憶は残らない。
けれど爪痕は残している。
改変された形だが結城千景の未練は確かにはらされたのだ。
なにも無駄になっていない。
「また未練ができた」
「できちゃったんだ」
「だって悲しいでしょ? 式見さんが」
「……私が?」
悲しいのは人の死だ。
遺された者には続きがある。
「誰かの未練を看取らされ続けて、悲しくないわけがないでしょ」
「そうだね」
「……私の最期の未練はもうユウの隣にいられないことだよ」
下の名前で呼ばれたので僕もぷかぷか浮かぶのをやめて千景と向き合う。
泣き笑いのような優しい顔だ。
貴重な三日間を中学時代の久保さんと瀬能さんのために使うような人だ。一日目はなぜか津軽海峡・冬景色だったけど。
「もう時間かな」
「うん……もう限界みたい」
「千景。最期を看取るのが私でよかったかな」
「……ユウでよかった。優しいユウがそばにいてくれて」
頬に添えられた手はまだ温かくて、生きた人の手だ。
千景の身体が光に包まれていく。
天に昇るために。
現世とあの世をトンボ返りするために。
もう神様のご褒美は終わったから。
僕は笑顔でその光景を見送ることにしている。
だから精一杯の笑みを浮かべた。
「ユウ泣いてるよ」
「……泣いてない。最期は笑顔で見送ることにしているから」
「そう……だね。ユウは泣いてない。素敵な笑顔だ」
「ありがとう」
「……本当にユウは優しすぎるよ」
そう言い遺して千景は光の中に消えた。
夜のプールには僕一人だけが残されている。
千景が昇った天国を見上げる。
浮かんでいるのはやはり満月だけだ。
でも今日だけは神様に声が届くかもしれない。
千景が運んでくれるかもしれない。
「ねえ神様? あと何回誰かを看取れば私は許されるのかな? 本当に救えているのかな? 私の行為に意味はあるの?」
その声は届くのだろうか。
神様の声なんて聞いたことはない。
ただ観察者として利用されているだけ。
……看取ったことに後悔はなくて、記憶し続けることをやめるつもりもないけど。
頬を流れるプールの水が口の中に入った。
「……しょっぱいな」
ーーーーーーー
カクヨムコンの短編に応募しているので、よろしければ応援や評価などお願いいたします。
神様のくれた三日間 めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます