第3話 ソルティ・ブリット
目指したのはちょっと危ない繁華街だ。
不登校で未成熟な若者を悪い大人が食い物にするあたり。
ちょっとどころかかなり危ないが、場所と時間帯を選べば危なくはない。
普通に遊べば安全だし、一歩踏み出せば崖から転落する。
明確な線引があるわけではないから、平均すればちょっと危ない繁華街だ。
瀬能さんはすでに崖の下にいるのだろうけど。
教師も含め学校にいる面々はすでに記憶が曖昧だった。
昨日の出来事と校内放送は誰も覚えていない。
けれど生徒は教師に不信感を持っているし、教師も普段より監視の目を尖らせてピリピリしている。
久保さんは相変わらず気が小さい。
瀬能さんの取り巻きは以前よりも勢いを失い、悪行がバレることを怯えている。あのまま若気の至りを自覚して丸くなればいいが。
それが結城千景の望んだ落とし所なのだろう。
すでに処置が済んでいるから、今日は学校に来なかった。
他に今日学校を休んでいるのは瀬能さんだけ。
つまり瀬能さんだけが昨日から地続きの存在になる。
覚えているから学校に顔を出せないのだ。
つまり結城千景のターゲットは瀬能さんだけになる。
こういうときの僕の勘は外れることはない。
たぶん神様に呼ばれている。
結城千景に望まれている。
僕という存在が求められているわけではない。
世界の修正の影響を受けない観察者がいてほしいのだ。
誰も忘れられたくはないから。
自分のことを覚えていてほしいから。
だから僕は迷わず事件現場に駆けつけることができた。
繁華街の高架下。
結城千景を囲むガラの悪い男達。
その中心には顔にガーゼをつけた瀬能さんがいる。
当然のように男達側だ。
「昔から千景にはムカついていたのよ! 美人だからってチヤホヤされて!」
「私も瀬能のことは嫌いだったよ。自分が一番じゃなければ嫌ですぐ当たり散らすくせにかまってちゃんで」
「はぁ!?」
「……でも中学のときは友達だと思ってた。久保さんと同じ友達」
「うわぁ……イタ。誰があんたたちなんか。利用していただけだつーの。もしかして命乞い? この状況にビビちゃった?」
完全に虎の威を借る狐状態で喚く瀬能さん。
その様子を冷めた様子で眺めている。
結城千景だけではない。
後ろの男性たちも冷めている。
ただ利用していただけの関係だ。
たぶん今回で瀬能さんを捨てることを考えているのだろう。
結城千景に壊すことだけを楽しみに集まったに違いない。
なんにせよ僕は間に合った。
結城千景の最期の未練にたどり着くことができた。
「結城さん大丈夫? 警察呼んだほうがいい?」
「式見さん!?」
外からはゆるゆるの囲いの隙間を縫って、結城千景のそばに駆けつける。
急な登場に言葉を失う瀬能さんはともかく、周囲の男どもが不快だった。
露骨に口笛を吹いて、舌を舐めずりしたクズもいる。
誰も警察という言葉に反応しないことといい慣れているのだ。
車の中に連れ込み、逃走する算段までできているのだろう。
「どうしてここに!?」
「私が忘れられない体質だから慣れてるの。結城さんは今日で三日目だよね」
「そうだけど……式見さんは私のことを知っているんだ」
「まだなにも知らないかな? でも覚えている。ずっと忘れない。私は観察者だから。そういう役割を神様から授けられているんだと割り切っている」
僕がそう告げると結城千景は息を呑んだ。
その心に広がったのは安堵だろうか。
自分の未練を。
最期にやり残したことが誰からも忘れられるのはつらいことだから。
だから僕は見届けたいんだ。
すでに死んでしまった人の未練を。
神様が与えてくれる三日という猶予期間を。
せっかくのエモいシーンなのに下衆な声が響いた。
いくら逃げる算段はできていても警察の名前を出されたからだろう。
男たちのリーダー格が瀬能さんを押しのけて前に出てきたのだ。
「ひゅ~友達のピンチに駆けつける女友達か。いいね。こいつの友達っているいうから期待してなかったけど、こんな美少女二人も連れてくるとか。特にあとから来た銀髪は外国人モデルかなにかか?」
「式見ユウっていいます。生まれも育ちも両親も日本人。私だけ銀色なだけだよ。まあ覚えておかなくていいかな? どうせ短い付き合いだし、どうせ君達はボクのことを覚えていられる頭持ってないでしょ」
「あん? この状況でバカにしてんのか!? 頭足りないのはお前の方だろ!」
勘違いしたリーダーさんがいきり立つ。
わざと勘違いするように言ったのだけれど。
まだ警察が来る様子はない。
警察は最初から結城千景の構想に入っていなかったのだろう。
僕の介入は想定外だとしても、この場の支配者は結城千景だ。
未練をはらすために神様がくれた時間。
全ては結城千景の意に沿うように動く。
「知能のことじゃないんだけどなぁ……まあいっか。それで結城さんはこの状況をどう打破する予定なの? 手段があるんでしょ」
「はいこれ。二丁撃ちに憧れていたんだけど、一丁貸してあげる」
「……わーお。これは私も想定外。どうしたのこれ」
「近くの3Dプリンター屋さんが密造してた」
渡されたのは拳銃だった。
密造銃らしい。
ここで出てきたということはそのプリンター屋さんも遅かれ早かれ、警察のお世話になるのだろうけど世も末である。
いきなり圧倒的な凶器の登場に男共がざわめく。
「おい。モデルガンなんかにビビ――」
――バンッ!
落ち着かせようとしたリーダーを受け取った拳銃で撃った。
当たったのは腹部で真っ赤に染まっていく。
ヘッドショット狙いだったが、やはり密造銃では標準はブレるのだろう。
私の先制攻撃に、拳銃を渡した結城千景までなぜか口をパクパクさせて、僕を見ている。
やはり最初の一発は譲るべきだっただろうか。
「撃たないの? 的はいっぱいあるけど」
「……式見ユウはヤバい人って有名だったけど本当だったんだ」
「失礼な。どうせ結城さんは殺す気がないんでしょ。なら死なないよ。躊躇する必要がどこにあるの?」
「それでも普通はいきなり撃てないからね」
呑気な会話をしているうちに男共が動き始めた。
リーダーを撃たれて怒る人。
恐怖で動けない人。
逃げ出そうと背を向けた人。
その全員に銃を乱射していく。
「なんなのよあんたたちは!?」
「こうだったかな?」
――バシンッ!
途中で発狂して襲いかかってきた瀬能さんの顔面にハイキックをお見舞いする。
昨日の結城千景の蹴りを完全再現した形だ。
瀬能さんも二日続けて顔面をハイキックで足蹴にされれば、少しはマシになるだろう。もう学校に戻れるかわからないけど。
隣で結城千景が「……うわ」と引いているのが解せない。
高架下で無事に立っているのは僕と結城千景の二人だけ。
あとは血溜まりとうめき声の発生源になっている。
そこにパトカーのサイレンが聞こえてきた。
さすがに拳銃の発砲音は外からの介入を呼ぶらしい。
全てをやり終えて、呆然としている結城千景に話しかける。
「警察来る前に逃げよっか」
「えっ……でも私は」
「結城さんが望めば警察は私達を追えないよ。まだ午前中だし、午後から二人で遊ぼうよ。友達になれた記念に」
「友達……式見さんと友達か」
「イヤなの?」
「ううん。まさか自分が死んだあとに友達が増えると思わなかったから。しかもあの式見ユウと」
「……私は自分が学校でどう噂されているか気になってきた」
「噂通りの滅茶苦茶な人で驚いたのは私の方だよ」
そうやってただのクラスメートから友達になって。
僕達はその場から逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます