第2話 ハイスクールハイキック

 学校という空間はいじめが起きやすい。

 閉鎖空間。

 空気を読めという教育。

 スクールカーストという階級社会。

 要領のいい下級民は立ち回り上手くやり過ごし。

 要領の悪い下級民は標的にされる。


 うちのクラスでは久保さんという女子生徒が標的になっていた。

 いじめをやっている瀬能さんは大学生の彼氏がいると、とにかく羽振りのいいヤバい人だ。

 いくら退屈を持て余して破滅願望がある仲間だとしても、犯罪臭をまとっている人とは相容れない。

 嫌悪していると言っていい。


 破滅するならば一人でするべきだ。

 仲間を集めて、周囲に破滅を撒き散らし、自分は安全圏にいる。

 それはあまりに美学がないではないか。

 といっても僕はいじめを無視する側なのだが。

 純粋に関わりたくない。


「ねえ久保。いいバイトあるんだけどやらない。ちょっと身体売るだけだから」


 瀬能さんが午前中の教室の真ん中で明らかにヤバい発言をし始めた。

 もうこのクラスもおしまいかもしれない。


 衝動的な破壊という点で、昨日の第二音楽室を破壊した結城千景の奇行は素晴らしかった。

 同じ悪いことをしていても瀬能さんみたいな下衆さがない。

 たった一人でロックしていた。

 歌っていたのは演歌や懐かしの歌謡曲ばかりだったがその生き様はロックだった。

 まさに魂の熱唱で聞き入ってしまった。

 昨日のことを思い出して現実逃避をしていると衝撃音が聞こえてきた。


 ――バコッ!


 吹っ飛ぶ瀬能さん。

 結城千景の足がY字倒立並に綺麗あげられて、頭上でピタッと止まっている。

 めくり上がるスカート。

 黒タイツに覆われてパンツは見えない。

 ハイキックするための準備万端だったみたいだ。


 ――ベゴッ!


 そのまま呆然とする瀬能さんの取り巻き向かって、かかと落とし。

 反攻する力さえも削ぎきる見事な手腕だった。

 この場合は足脚なのだろうか?


 目の前の惨劇にいじめられていた久保さんもキョロキョロしている。

 結城千景と地に倒せふす瀬能さんを、視線が何度も行ったり来たり。

 一体何度見するのだろう。

 二度見どころじゃない。

 いくらなんでも現実を受け入れなさすぎだろう。

 そろそろ五往復目に差しかかる。


 ――バチン!


 なぜか久保さんも結城千景にビンタされた。

 唖然とした表情で固まる久保さん。

 本当になぜ叩かれたのだろう。

 僕にもわからない。

 クラスメート全員わからない。

 混乱したまま結城千景の凶行を見守っている。


 そのあと学校中が騒然となり教師達も怒鳴り込んできたが、結城千景はどこ吹くかぜで無視していた。

 けれどお咎めなしで済んだ。

 放送が流れたからだ。

 放送を流したからだ。

 僕が溜め込んでいた瀬能さんが久保さんをいじめた証拠となる音声を校内放送で流したからだ。

 イジメは教室の中心で行われていたから材料は大量にあった。

 公然の秘密というわけだ。

 教師達だって気づいていたに違いない。

 今日の音声だって録音していた。


『ねえ久保。いいバイトあるんだけどやらない。ちょっと身体売るだけだから』


 あまりのヤバい内容に学校中がドン引きした。

 けれどその後の内容の方が酷かったから騒然とした。

 瀬能さんのイジメを黙認していた教師陣による結城千景を罵倒する声。

 説教や原因追及にもなっておらず、一方的に悪と断じた教師の声はもみ消しようもなく問題になった。

 おしまいとなったのはクラスではなく学校自体だった。


 臨時休校となったその日の帰り道。

 僕は結城さんに話しかけられた。


「ねえ、なんであんなことをしたの? ずっと興味なさそうに見てただけのくせに」

「それは結城さんも同じでしょ」

「……もしかして久保さんを助ける機会をうかがっていたとか? だからずっと録音してた」

「そう思う?」

「思わない。だから聞いてるの。君は誰かを助けるタイプじゃない」

「だよね。たぶん結城さんの英雄的な行動に感銘を受けたからかな」

「わかりやすい嘘をつかないで」

「喚くだけの連中がわずらわしかったからだよ。普段から黙認しているんだから結城さんの件も黙認していればいいのに」

「君もイジメを黙認していたのに?」

「黙認していたからだよ」


 僕がそう答えると結城千景は意味がわからないと首を振った。

 僕も意味がわからないよねと笑った。

 自分で自分がわからない。

 同じ悪として。

 同じクズとして。

 結城千景を糾弾するときだけ騒いだ教師連中が許せなくなったなんて。


「君はそうやって生きるの?」

「わからないよ」

「君は器用そうに見えて不器用だね」

「結城さんもね」

「もっと早く行動していればあなたとは友達になれたかもね」

「ここは今からでも友だちになろうじゃないの?」

「無理よ。だって君は今日の出来事を忘れてしまうもの」


 その次の日、僕は異変に気づいた。

 なにごともなく日常が続いたからだ。

 教師はなにごともなく授業をして、久保さんも瀬能さんの取り巻きも普通に授業を受けていた。

 違和感はあるのか教師も瀬能さんの取り巻きもなにかに怯えていたけど。

 結城千景と瀬能さんが排除されただけの教室。

 思わず前の席の子に確認した。


「ねえ昨日の件どうなった?」

「昨日の件?」

「ほら結城千景さんと瀬能さんの」

「今日は瀬能さん休んでいるね。結城さんは……あれ? 今週は……確かずっと休んでいたよね」


 記憶が曖昧になり、誰思い出せなくなっている。

 今日で三日目。

 猶予期間最後の日だ。

 今日の舞台は学校ではないみたい。

 僕はすぐに学校を抜け出した。

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