第2話 百物語のその終わり
古典作品だ。だから淡々と続く話は大体が古臭く、現代から考えるとさほど恐ろしくはない。中には滑稽噺かというものも混じっている。おそらくこのメンバーじゃなければ成立しない配信内容だろう。
文フリで、ホラー好き。だから古典も読んでいる人が多い。
江戸時代というのは遥かに昔の話だ。それは時間の経過という以前に、文化、そして人の考え方自体が全く異なる異世界といってもいい。だからその共通認識がないと、そもそも昔話というのは現代には降りてはこない。
最初は明るかったモニタも、一つ話が終わる毎にフツリフツリと暗く消えていく。時にはじゃあねと手を振って、時には眠そうに唐突に、はたりと世界が闇に落ちる。けれどもその暗い先からはどこか、ざわざわとした人の存在が感じられた。
配信というものは不思議なもので、物理的に隔たっていても時間を共有できる。これこそが私たちが共通して紡ぐ物語というものの作用なのだろう。
そうして夜は深々と更けてゆく。
私は唐突に、奇妙なことに気がついた。そのモニタの先の闇がゆらりと時折動くような気がした。真っ暗にしたとはいってもモニタ自体は光っているだろうから、その光が反射したのかもしれない。その僅かな光が、闇に落ちたスピーカーやキーボードを淡く照らしているのかも。その闇の蠢きに目をしばたたかせていると、やはり妙な違和感を感じた。その闇の向こう、スピーカーたちの後ろに何かがいるような、気が。
まさか。まさかね。
そうしてしばらくの時間の後、私の目の前のモニタは全て真っ暗となった。岬の会が挨拶をする。
「さて、皆さん、ちゃんといますね。いらっしゃったらイイネボタンを押して下さい。……うん。確認しました」
その瞬間、分割された闇に沈んだモニタの中から、一斉に手のマークが表示されている。それは
「すごい、最後まで100人分のイイネです。それでは最後の百番目の物語を開始します。百禄さん、お願いします」
主催者の声はわずかに興奮していた。この百人の誰も、きっと本当に百物語が成立するとは信じていなかったのだろう。
「え、はい。ええと、いいんですよね」
私がそう呟いた時、九十九に分割されたその闇の向こうで、たくさんの何かが確かに頷いた気配がして、ゾワリと背筋がざわめいた。いいえ、真っ暗闇の中にいるのはスピーカーのはず。
そうして、奇妙なことに気が付いた。私のモニタだけが、明るく表示されているのだろう。だって私が最後のスピーカーで、まだその蝋燭を消していないんだから。
けれどもなんだか、私の周りには既に闇が漂っていた。そんな気がした。それは百物語の作用なのか、あるいは真っ暗なモニタから闇が漏れてきているのか、わからないけれども。
ふぅ、と一息をついて、話を始める心積もりをする。
最後の話は『
そして口を開け、私の体は突然動かなくなった。そうして、明るく点灯していたはずの私の部屋の照明がちかちかと揺れた。モニタの向こうから小さな悲鳴があがる。
一体何が起こっているの?
私がそう思うと同時に、誰かの声が上がった。
「百禄、それはなに。あなたの後ろにいる黒いものは」
後ろ……? 私の後ろに何かいるの……?
私の体は既に全く動かなかった。
「人のいひ
私の口は勝手に語りだす。
昔から言い伝えられている恐ろしいことや奇怪なことを百集めて物語ると、かならず怪異が生じると言われている。
「どうしよう、スピーカーが切れない! 百禄! 大丈夫⁉︎」
「何! 何が起こっているの!」
「やらせだよね? こういう企画だよね!」
「ちょっと! 本当にモニタ落とせないんだけど!」
次々とそんな声が浮かびあがるのを、私は妙に他人事じみて感じていた。
モニタの向こうの闇からはたくさんの声と悲鳴が聞こえた。そして私は目の端にチラチラと闇がうごめくのを見た。私の体はもうすっかり動かない。それでも私の口は淡々と語り続ける。
『
浅井了意は何かが訪れぬよう、最後に『物語が百にみたぬうちに筆を置くことにする』でしめていたたけれど、百に至るとどうなってしまうのか。
私の体は私の意思に反して、モニタに向けて右腕を上げる。それは既に、私の腕ではないような気がした。
たくさんの叫び声が遠く聞こえた。
そして意味のわからぬ最後の言葉を告げて、私の意識はふつりと途切れた。その時、たくさんの叫び声を聞いた気がする。
次に目覚めた時、世界はすでに明るかった。
モニタの時計を見れば既に午前11時42分。昼前だ。
僅かな頭痛とともに顔を上げれば、配信をしていたはずの目の前のブラウザは閉じられていた。そういえば昨日はどうなったのだろう。そう思って履歴を見ようとしたけれど、どうしても配信のURLが見つからない。そんな馬鹿なと思ってDiscordを確認したけれど、作ったはずのサークルも見当たらず、連絡に使ったはずのLIMEやtiktakにも記録が全くなかった。
「そんな馬鹿な」
思わず漏れたつぶやきは、私の声には聞こえなかった。
仕方がなく、サークル名を元に検索しようとして、頭の中からもその名前が欠け落ちていることに気がついた。
私は慌てて本棚に並んでいた文フリで購入した本を探し、ようやく岬の会が主催者だと思い出す。けれども話をしていた担当者が誰なのかも思い出すことはできず、奥付に記載された連絡先にメールをしても、すでに使用されていなかった。その他の人たちは、どんな人達がいたのか全く思い出せない。
あれは全て私の夢だったのだろうか。4月からずっと連絡をとっていたはずなのに。
これまで何年にも渡って親しくしていたはずなのに、その面々の記憶もなぜか綺麗に無くなっていた。それも含めて、私の記憶違いなんだろうか。
けれども私が次に参加した文フリでは大きくブースごと空白地帯があったから、ホラー系の文芸サークルが随分減っていたのは確かと思う。
百物語のその結末 Tempp @ぷかぷか @Tempp
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