百物語のその結末

Tempp @ぷかぷか

第1話 百物語のその始まり

 馬鹿みたいな約束をした。そう思う。

 一番大事な約束は、全てが終わるまでログアウトしないことだ。何故ならこれは、百物語だから。


 そもそも何故百物語を始めたのか、そのきっかけは文フリ、いわゆる文芸フリマだった。文芸フリマというのは文芸、つまり小説や詩なんかを作ってる個人やサークルが寄り集まって、互いの作品を売り合う即売会イベントのこと。漫画でいうところのコミケ。

 それはまだ春先のこと。

「宜しかったらご参加くださいな!」

 振り返った私にチラシを差し出したのは、見知った顔だった。

 岬の会みさきのかいという文芸サークルの主催者で、チラシには『百物語企画』と書かれている。

「ああ、お久しぶりです」

「うん本当に。夏に怪談企画やるんだよ。そのお誘い。久しぶりにどう?」

 久しぶりに。その言葉に妙に誘われた。

 私は高校・大学と文芸部と文芸サークルに入り、社会人になった今でもその沼にどっぷりと浸かっていた。就職したてで日常を過ごすのに忙しく、ここ2年ばかりは小説を書く余裕なんかまるでない。けれどもその習慣は離れがたく、今回は本当に久しぶに文フリに足を向けたところ。

 岬の会は私が大学の文芸サークルに居た時によく買っていた文フリの参加サークルだ。岬の会も私の所属していた大学の文芸サークルも、ジャンルとしてはホラーやサスペンス系統の一次創作。年齢が近いメンバーが多いのもあっていつの間にやら仲良くなり、そのシャープな作風も好みだったものだから、文フリに来ればいくつか固定で回っているサークルのうちの一つだった。


「最近そちらさん、サークル参加してないじゃん?」

「卒業したら忙しくてさ」

「うんうん。そうだよね。そんな感じで居なくなった人って多いんだよ。だからさ、再起しようと思って」

「再起?」

「そう、やろうぜ! 百物語!」

 岬の会の百物語会。その趣旨は案外簡単だった。

 大勢が集まるのは難しい。けれども今は便利なものがある。動画配信というものだ。岬の会がホストになり、それに百人がスピーカーとして参加する。そして怖い話をする。

 その話を聞いた時、私は思わずこう答えた。

「へぇ。面白そう」

「でしょでしょ。百禄びゃくろくさんならのってくれると思ってた。なんたって名前がね」

 百禄というのは私のいわゆるペンネームで、この名前で怖い話を書いていた。

 確かに百物語というには相応しい名前。けれども今どき百物語。

 私も前に一度、実験的にやってみようかと思ったこともあるけれど、その実施はとても面倒くさい。

「その辺はみんなで考えようじゃぁないか」

 そこからはトントン拍子だった。

 Discardでサークルを作り、そこで企画を練っていく。お互い忙しいけれど、その合間を縫って企画相談をした。何せ本当に百物語をやるわけだ。一話三分としても三百分で五時間。時間オーバーを考えて、午後八時半からスタートすることにした。

 あらかじめ割り振られた順番に従い、それぞれ怖い話をする。その話はオリジナルではダメ。素人でも小説家というものは、ただでさえ自己顕示欲が強い。三分と決めて三分で終わるはずがない。つまりオリジナルを許可するといつ終わるかわからないし、適正に百物語といえるものかはわからない。

 だからきちんと百物語と認定された話の中で、好きな話を一人一つ語ることにした。認定された話というのは例えば、諸国百物語とか御伽百物語、太平百物語といった江戸時代から存在する、百物語としてお墨付きのある百物語だ。

 お墨付き。

 百物語の目的は百の怪異を話して本物の怪異を呼び出すこと。

「でも百人も集まるの?」

「それは大丈夫かな? ホラー系サークルの人の知り合い多いし、今はLIMEとかtiktakで名前検索したら見つかるしさ。それでなんとか見つけるさ」

 私は仕事で忙しくてあまり積極的には参加していなかったけれど、たくさんの人間が意見を言い合って一つの企画が出来上がっていく様子というのはなかなか面白く、不思議だった。お盆の一夜をあてることが決まり、参加人数もいつしか百人を越えた。

 百物語というのは百人でやるのがセオリーだ。だから厳正な抽選の上でスピーカーを百人選定して、あとはリスナーに回ることになった。そうしてとうとう、その夜がやって来た。

「さて、あとはやってみてのお楽しみです」

「本当におばけがでたらどうしよう~」

「そこまでいかないかもしれないじゃん」

 開始時間が来るのを全員が刻一刻と待ちわびている。

 一番もめたのは、本当に百物語をやるかどうか、あるいは本当に百物語ができるかどうか。

 百物語というのは百の話が全て語られた時に怪異がその場に溢れ出す。そういうイベント。つまり配信を通じて百人、ひょっとしたらもう少し多いリスナーの元に。

 けれどもそれって結構大変なこと。けれどもやるなら、ちゃんとやろう。中途半端はよくない。それが私たちホラー系文芸サークルの矜持だった。だから私たちは、スピーカーが一人も欠けずに九十九の話が終了したときだけ最後の百話目を話し、そうでなければそのまま雑談をしながら朝を待つ。そんな予定になっていた。

 いるかいないかはモニタに表示される。スピーカーにだけ、互いの顔がモニタに表示される。お互いに存在することを、厳正に確認するため。


 その当日夜の八時半、岬の会の配信には100人のスピーカーと200人程度のリスナーが集まった。リスナーは一切喋ることができない。スピーカーは誰かが話している時は当然話しては駄目だけど、どうしても必要な時は話すことができなくもない。

 何故ならスピーカーはインしている限り、ずっとスピーカー設定にしておくという決まりがある。途中で誰かがオフになれば百物語は完遂しない。そのメルクマールを保つために。誰か一人でもオフになればその時点で百物語は未完となる。

 今、私のモニタに整然と並ぶ百人のスピーカーの名前と小さく分割された画面に表示された顔。その7割程度は見たことがある人間で、少しだけホッとした。このモニタが全て生きているうちは、宵の闇は続く。


 丁度晴れた暗い夜だった。日の入りは午後八時四十三分。とても洒落ている。わずかに満月から欠けた月が西の空に沈んだころ、岬の会が主宰の挨拶を行い、リストの一番上から順に百物語が開始された。

 話が一つ終われば、蝋燭を消す代わりにそのスピーカーはその部屋の電気を消す。流石に蝋燭を5時間も継ぎ足し続けることは現実的じゃないし危険だから。その世界を闇で満たせば要件は成立するだろうという見込みだ。そして、話が一つ終わったらスピーカーは全員イイネを押す。それが存在確認。

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