映画デート?

 夏の初め、学校が終わった後、海咲は何気なく一樹のことを考えながら歩いていた。ふと感じる湿った空気と、強い日差しに照らされた街並みが、どこか心を騒がせる。彼女の胸の奥にずっと眠っていた気持ちが、何かをきっかけに目を覚ます。


「ああ、だ…」


 自分の中でそれを意識するたびに、海咲は少しだけ顔をしかめる。彼が隣にいてくれるだけで満足だと思っていたのに、最近はその関係がどこか不安定で、どんどん遠くなっている気がしてならなかった。


 特に高校に入ってから、一樹の周りには次々と新しい友達ができた。男友達ばかりでなく、女の子とも仲良くしているのを見ると、海咲は胸が締め付けられるような感覚に陥る。それは、あからさまに彼女を振り向かせる気配が全くない一樹に対して、どうしても拭いきれない焦りと孤独を感じてしまうからだ。


 それでも、彼に対する気持ちは昔のままだった。海咲の心は一樹に対して、今も、昔も、変わらずに深く寄り添っている。


「一樹君…気づいてくれたら、少しは楽になるのに。」


 そんな風に、いつも心の中でつぶやいてしまう。けれど、それを一樹に伝える勇気は未だに出せなかった。





 ある日の昼下がり、海咲はスマホを手にして一樹の部屋にやってきた。ドアをノックしてから中に入ると、彼はソファに寝転がっている。


「一樹君、ちょっと見てくれませんか?」


 海咲はあえて明るく声をかける。普段と違う自分を見せたくなくて、どこか無理している感じもあったが、心のどこかで一樹が何かを気づいてくれることを願っていた。


「ん? 何だよ。」


 一樹は面倒くさそうに返事をし、ソファの上でゴロンと横になったまま海咲を見た。


「これ、面白そうじゃないですか?」


 海咲は画面を彼の方に差し出す。映画のポスターがいくつも並んだ画面が映し出されている。


「映画か。」


 一樹は興味なさそうに呟くが、それでも海咲の目の輝きには勝てない。


「どうです? 一樹君も見たいと思いません?」


 その言葉には、心の中で自分の想いを伝えたくてたまらない気持ちが込められていた。しかし一樹はあまり気にしていない様子だ。


「まぁ、ちょっと見てみてもいいかもな。」


 答えた一樹の声は、本音よりも建前のように聞こえた。だが、海咲はその言葉に嬉しそうに笑い、軽くジャンプしてその場を離れた。


「やった! じゃあ、今から一緒に行きませんか?」


 その笑顔には、一樹も思わず微笑むことしかできなかった。


 映画館に到着すると、海咲は嬉しそうに周りを見渡し、彼女らしい元気な姿を見せた。普段の彼女とはまた違った、ちょっとだけ大人びた姿に、一樹は思わず視線を送った。


「チケット買ってきますね。一樹君は席を取るの、得意ですか?」

「俺に任せろ。端っこの方がいいんだろ?」


 海咲は頷きながら一樹の返事に満足そうに微笑む。その笑顔が何故か、いつもより少し切なく見えて、彼はその理由をよくわからなかった。


 席を取った後、二人は映画が始まるのを待った。海咲は、ポップコーンの袋を抱えながら画面に集中している。

 一樹はというと、映画そのものよりも、彼女の横顔に気を取られていた。照明が映るたびに、彼女の顔が少しずつ変わっていくのが気になった。


「……なぁ、面白いか?」


 思わず声をかけてしまう。すると海咲は、うれしそうに顔を向けて言った。


「面白いですよ? 一樹君もちゃんと見てください?」


 その言葉に、他のことを考えていた自分を恥ずかしく思う一樹。しかし、それでもどうしても気になるのは、隣に座る海咲のことだった。


 映画が終わり、帰り道で海咲は楽しそうに感想を語り続けていた。


「一樹君、ありがとう! すっごく楽しかったです!」


 その言葉に一樹は、照れくさい気持ちを抱えながら返す。


「まぁ、たまにはこういうのも悪くないな。」


 海咲は突然立ち止まり、一樹を見上げた。


「一樹君って、やっぱり優しいですね。」


 その真剣な眼差しに、一樹は言葉を失った。普段の無邪気な笑顔とは違う、どこか切ない表情が心に刺さる。


「……急に何だよ。」


 一樹はそう言いながら、少し焦ったように足を速めた。しかし海咲の顔には、それを冗談で誤魔化す余裕などないように見えた。


「でも、一樹君、ほんと鈍感ですね。」


 その言葉が突き刺さった。海咲は、あえて軽く言葉を続ける。


「私で童貞捨てたくせに、気づかないんですね。」


 その一言に、一樹は言葉を失う。海咲の真剣な目を見て、彼はその意味を少しだけ理解しかけたが、どうしてもその先を考えることができなかった。


「なんだよ、それ。」


 と、一樹はわけもなく声を荒げる。海咲はにやりと笑いながら、無邪気に言った。


「冗談ですけどね。」


 一樹は少しだけ焦りながら、歩調を合わせて海咲の隣に並んだ。





 __________

 ここまで見ていただきありがとうございます。

 ★・感想などお待ちしております。


『狐』様『ふくろかわうそ』様『茶坊主』様方、★ありがとうございます!

 また、本作が週間ランキング500位内に入りました....読んでいただいている方々には感謝しかないです。

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清楚系幼馴染に私で童貞捨てたくせに...と言われた話。 犬よし @inukai88

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