影の薄い幼馴染みは影から私を溺愛していたようです

みんと

幼馴染みと婚約することになりました

「婚約、ですか……?」


 柔らかな秋風が黄金色の髪を揺らす。

父の呼び出しを受け、涼やかな風が舞い込む談話室へとやって来たラピスは、突然父からそんな話をされていた。

彼女の隣には、濃茶色の髪をした大人しそうな青年が座っていて、共に話を聞いているのだが、どうやら今回、彼との婚約が決まったらしい。

あまりにも唐突な話に、ラピスは若干困惑中だ。


「うむ。お前ももう十七歳。そろそろ婚約者がいてもおかしくはない歳だろう?」

「はぁ」

「フランク殿の家とは、私も子供のころからの付き合いでね。今回先方から是非にとの話があったのだ。それにお前たちは幼馴染み。何の問題もあるまい?」

 すると、イマイチしっくり来ていない様子の娘に、侯爵は咳払いをした後で、青年に目を向けて言った。

確かにラピスとこの青年――フランクは子供のころからの知り合いで、幼馴染みではある。

だけど正確に言えば、いつも一緒にいる幼馴染み六人グループの一人。正直言って、二人きりで話した記憶はまったくない。

なのにいきなり婚約だなんて、これは何かの陰謀だろうか?


「とにかく、これは決定事項だ。私はもう外すから、あとは二人で仲良くしてくれ」

「えっ。ちょ…お父様っ!?」

 訝しむように父とフランクを交互に見つめ、陰謀論を本気で考え出すラピスをよそに、颯爽と立ち上がった侯爵は言うと、そそくさと部屋を出て行った。

もしかしたら父の中では幼馴染み=仲良しみたいな定義ができていて、わざと気を回したつもりなのかもしれないが、これからどうしろと言うのだろう。

パタンと扉が閉まった途端続く沈黙に、他の幼馴染みたちが恋しくなった。

(……ど、どうしよう。この状況で一体何をしろというの? 話題? ないわ。でもでも、これ以上の沈黙は耐えられないいい……)



「やっと、二人だね」

「……!」

 用意された紅茶と焼きたてのシフォンケーキが香る室内で、困惑を通り越していっそ混乱するラピスに、しばらくしてフランクは柔らかな笑顔で呟いた。

初めて聞くかもしれない透き通った低めの声は美しく、驚きに顔を上げたアメジストの瞳に、彼の優しげな表情が映る。


「ずっと好きだった」

「きゃ……っ」

 だが、それを認識するより早く、甘く囁くような言葉と共に、フランクは彼女を抱きしめた。

骨ばった大きな手がラピスの肩と腰を抱き、細く見えてしっかりした体に包まれる。

女の子の中ではそれなりに背が高いはずのラピスを包む腕に、頬が熱くなった。

「あ、あの…ちょ…っ、フランク……っ」

「ん?」

「いきなり、こういうのは…ちょっと……っ。だって私たち、個人的に親しいわけじゃないでしょう? 幼馴染みならエリザやミーシアもいるのに、なんで……」

 耳慣れない綺麗な声で愛を語るフランクに、ラピスは不覚にもどきどきすると、蚊の鳴くような声音で問いかけた。

触れられたのは初めての経験で、ただでさえ緊張してしまうのに、逃れられないほど力強い腕を感じるほど、知り合いレベルの幼馴染みだと思っていた彼を、男の子だと意識してしまう。

子供のころはラピスが一番背が高くて、護身にと共に習った剣術も一番強かったはずなのに、いつから抗えなくなってしまったのだろう。


「そうだね」

 すると、湯気が出そうなほど顔を赤くして問う彼女に、腕の力を緩めながらフランクは笑った。

ラピスを見下ろす彼の表情は柔らかく、それだけで想いが伝わるほど愛しげだ。

「確かにきみは、ずっと幼馴染みグループの中心にいたから、僕のことなんて見えていなかったかもしれない。でも僕は、ずっときみだけを見てきた。子供のころからずっと、大好きだ」

「……!」

「だけど僕らも成人して一年。傍にいられればいいと思っているだけじゃ、いつかきみを誰かに取られてしまう。そんなの嫌だ。きみを誰にも渡したくない。だから婚約を申し出た」

 これまでの想いをすべて吐露するように、飾らない言葉でフランクは語った。

真剣な表情でこちらを見下ろす彼のルビーレッドの瞳は綺麗で、長めの前髪が、窓から入る秋風に揺れている。


(……フランクは、こんなに綺麗な人だったかしら。いつもシューベルの隣にいて、話に合わせて頷いているところしか…知らない……)

 整った顔立ちと、ほんの少し釣り目がちの双眸そうぼうを見つめ、ラピスは初めて彼を認識したように呟いた。

彼女の幼馴染みはずっと、影から自分を溺愛していた。

大人しく、影が薄いとさえ思っていた彼の内側には、こんなにも愛と綺麗が詰まっていたんだ……。


「ねぇ、ラピス。僕はずっと、影からきみを想ってきた。だけどこれからは婚約者として、きみを正面から愛したい。許してくれるかな」


 惚けたように自分を見つめ、胸を高鳴らせたまま沈黙する彼女に、フランクはもう一度愛を語った。

ただの知り合いでも、幼馴染みでもない。

フランクは彼女の特別になりたいんだ。

そして、誰よりも彼女を愛したい。

大好きだから。


「……………困る」

「えっ」

「嬉しくて、困る……」


 慈愛に満ちた彼の告白に、ラピスは俯き、呟いた。

彼の言葉を聞く度に、自分でも驚くほど鼓動は高く鳴り響き、ときめきが、甘い蜜のように広がっていく。

きっと、これはもう、覆せない。


 秋風が吹く晴れやかな午後、ラピスは恋を知ったんだ。

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