『働かない鬱ニートに必要だったものは?』

小田舵木

『働かない鬱ニートに必要だったものは?』

 働くことが恐ろしくなっていた。

 私は鬱持ちのおっさんである。

 鬱、生きる気力を奪う病気。それは働く自信をも奪う。

 私は療養と称して、1年近く働いていなかった。

 働く事に対して自信を失っていたのである。

 

 働かない日々は漫然と過ぎていく。

 私はゲームに飽き、一日一本書いていた小説も書けなくなってしまった。

 ゲームに飽きるのはともかく、一日一本書いていた小説が書けなくなったのはショックだった。

 

 ある日、小説が書けなくなっている事に気づいたのだ。

 特に理由があった訳ではない。理由があってくれた方が納得できただろう。

 私は何もできないまま、日がな一日動画サイトを眺めて暮らしていた。

 生産性のない日々。

 毎週通っていたハローワークにも通えなくなっていた。

 コレはマズイ。そう思った。だが、打つ手はなく、この不調から脱するきっかけもなかった。

 

 そんな日々を送っている内に、私が職を失ってから1年が経った。

 私はそれに対して、何も思えなかった。

 危機感以上に鬱の気分が強かったのである。一応、薬を増やして対応はしたが、事態は好転しなかった。

 

 日々は部屋のホコリのように気付かない内に降り積もっていく。

 私は何もせず、布団にこもり続けた。

 そんな事をしている場合じゃない。たまに様子を見に来る両親は私に言う。重ねて働けと言う。

 だが。私は働く意欲もなければ、自信も失っていたのである。

 だから、ウジウジと働くことを先延ばしにし続けていたのである。

 

 趣味の小説を書けない日々は厳しいものだった。

 鬱の引きこもりのおっさんにもストレスはあったりする。

 主にコミュニケーションをしない事に対するストレス。

 小説を書いてた頃の私は書くことで、コミュニケーションに対するストレスを解消していたのだ。

 内面を作品に託し、ウェブに公開する事でコミュニケーションに対する欲求、アウトプット欲を満たしていたのである。

 

 アウトプットしない日々は、下品な形容だが、オナラを我慢するのに似ている気がする。

 腹の中でガスが溜まっているのは分かる。でもそれを出せない。その内、腹がパンパンに膨れ上がる。

 コレは結構苦しい。過敏性腸炎を患った事がある方なら、より分かってもらえるだろう。

 

                  ◆

 

 私の漫然とした日々はある日破られる。

 遠くに住む友人が久しぶりに連絡してきた。

  

 彼とはなんやかんや10年の付き合いになる。

 出会いは引きこもり専門施設の寮。私達はお互い引きこもりだったのである。

 寮を出て9年。私も彼も社会に挑み、それなりに働いた。

 だが、元引きこもりの人間が社会でやっていくのは大変である。

 私は職を転々とした。彼もまた。

 言い訳じみているが、我々は普通の社会人ではないのある。ハンデを背負いながら社会に混じっていくのは中々に厳しい。

 

 久々に連絡してきた彼は、一人暮らしを止め実家に戻っていた。

 大阪の南部の少し田舎に住む彼は、倦怠感を感じているようであった。

 私は何気なく、私の住む福岡に遊びに来い、と言った。

 別に本気だった訳ではない。大阪から福岡の交通費はそれなりにかかる。

 彼は最初は渋った。そりゃ当然。往復で3人の諭吉さんが飛ぶのだ。

 私は安い交通手段を彼に提案し続けた。思えば私は寂しかったのだ。たった3人の友人たち。彼らに会ったのは数年前なのである。

 

 友人はしばらく悩んだ末に、

「年末に遊びに来る」と言った。

 私は嬉しい反面、マズイなあと思った。と、言うのも働かざるものカネを持たず。

 せっかく遊びに来てくれたのに、カネがなければ連れ回す事もできない。

 情けない私は親にカネをたかる事を考えた。働くのは自信がなくて出来そうになかった。

 

                  ◆


「断る。働け」

 親に友人が遊びに来ることを告げた私はそう言われた。

 まあ、当然の話である。

 だが、私は働く自信をすっかりと失っていたのである。

 一応、1年前には働いていた。しかし、鬱の寛解かんかい期に働いた前職は通勤に時間が掛かるし、残業は多いで最悪であった。半年で潰れてしまったのである。

 

 私は働くのが怖かった。

 また、潰れてしまう事が恐ろしかった。

 だが、年末までにカネを稼がねば、せっかく大阪から来てくれる友人に退屈をさせてしまう。

 

 さて。どうしたものか。

 時は11月末。年末まで時間がない。

 出来れば、早々に入れて短期の仕事があれば…なんて少し悩む。

 どうすべきか親に相談。

「派遣でもすればいいじゃない」

 なんて言葉を頂き、短期雇用派遣の仕事を探し、今の自分でもできそうな仕事に応募したがー

 短期雇用派遣は雇用に対して制限がある。私はその要件に当てはまっていなかった。

 あーあ。

 せっかく勇気を出して仕事に応募したのに、法律のお陰で働けない…

  

                  ◆


 私は短期雇用派遣の話が潰れてから、すっかりやる気を失くした。

 そんな私に親は追加で連絡をしてくる。働く素振りをみせた私に追い打ちをかけてきたのである。

「〇〇〇〇ってアプリなら入りたい時だけ働けるみたいよ?」

 私はそのアプリの存在を知っていた。だが利用はしたことがない。

 …少し恐ろしい。そういう形態で雇用された事がなかったからだ。

 だが、私は年末までに働かなければならない。小金を稼がなくてはならない。

 

 意を決す。私はそのアプリをインストールし、登録を済ませ、仕事を探す。

  

                  ◆


 そのアプリの求人欄には飲食店の仕事ばかりが並んでいた。

 …私は鬱になって以来、客商売をしていない。流石に無理がある。

 このアプリで働く事を諦めるか…なんて気持ちになる。

 だが、一度やる気になった今、仕事を見つけなければ、気をいっするだろう。

 

 私は求人欄をスクロールしまくる。

 すると。

 工場の仕事が私の目に入る。

 時給も良く、時間の融通も効き、何より家の近所である。

 私はその求人の詳細を開く。そしてじっくりと眺める。

 ここまでは勢いで来れた。だが、この先が恐ろしい。

 このアプリは応募してしまえば、面接などなく即仕事なのである。

 無駄に私は求人票の文字列をじっくり読む、レヴューもじっくり眺める。

 否定的なレヴューが目に入る。

 私はそれに物怖じする。1年振りに働く人間が入っていける職場だろうか?

 

 …やっぱ止めておこうかな。

 私はそう思う。だが、そういう躊躇ちゅうちょは一度しだすと延々と続いていき、行動ができなくなる。

 私は南無三なむさんの言葉と共に応募してしまう。3日後の仕事、しかもいきなりフルタイムで突っ込んでいく。

 私は鬱以前は、とにかく機会があれば突っ込んでいく男だったのだ。


                  ◆


 仕事に応募してからは心臓が高鳴りっぱなしであった。

 1年ぶりの仕事なのである。その上、何を血迷ったのか、フルタイム。

 阿呆かな、と思う。私は後先を考えない男なのである。とにかくやってみる、がポリシーの馬鹿なのである。

 

                  ◆ 


 私はここ1年。病気を言い訳に仕事を遠ざけてきた。

 だが、友人が遊びに来る、そんな些細ささいなきっかけで行動する事ができた。

 …私にはきっかけが必要だったのか、なんて思う。

 いや。きっかけはあった。親は働けと言い続けてきた。

 だが、私はなんとなく行動に移せないままだった。

 それは今思えば。自分でコントロールができる状況だったからかも知れない。

 だが、友人の訪問は私が嫌がろうが、来る。そして訪問してくればもてなさなければならない。

 

 …私は自分で行動を起こせない男らしい。今回の件から考えるに。

 それとも?人生なんてすべてそうだろうか?

 外部の人間が状況を動かす。それに巻き込まれて行動を起こす。

 受け身の人生。ちょっと情けない。私の人生は私のモノのはずなのに。

 …まあ良い。お陰で行動を起こせたのだから。

  

                  ◆


 仕事の日は来た。

 私はなんとなく職場に赴き、久々の労働に苦しんだ。

 当たり前だ。ベットに篭りきりの人間が久々に働いたんだもの。

 だが。なんとか一日を終え、日当を受け取る。

 …やれば出来るもんだな、と思う。

 私は何を怖がっていたのだろう?仕事の帰り道に考えた。

 だが、労働で疲れた頭は大した答えを見つける事は出来なかった。

 とりあえず。年末までは遊ぶカネをボチボチ働いていく。

 そして年が明けたら、生活費をまかなう為にボチボチ働くだろう。


                  ◆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『働かない鬱ニートに必要だったものは?』 小田舵木 @odakajiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ