第39話 魔神
オルスト王国王都「レガリア」―――その王城にて。
ある一室で、二人の人物が豪奢な作りをしたソファーに並んで座っていた。
一人は仕立ての良い黒コートに身を包み、左目に眼帯をした少女である。黒髪のポニーテールに顔からは人形のような造形美を魅せ、肌は浅黒く、耳は普通の人間と比べて長い形をしている。
今は手に楽器にも似た杖を持ち、壁に掛けられた織物を赤紫の瞳でぼーっと眺めていた。
もう一人の人物は、輝きを持ったブロンドの髪を後ろに流し、皺の入った額を露わにした壮年の男性だ。
男は鋭い眼をしつつも、目の前の机に置かれた金縁の磁器のカップを手に持ち、中に入った紅茶の匂いを嗅ぎながら知性を帯びた落ち着きある表情を見せている。
「―――すまぬ、遅れた」
そんな二人がいる部屋の扉が開き、突然、芯の通った低い声が響き渡った。座っていた二人は正面からその声を聞き、即座に膝を地につかせて頭を垂れる。
部屋に入ってきたのは、齢70を超えようかという老齢の男性だった。
黒と赤が基調のマントを身にまとい、その容貌からは年歴を感じさせるが、佇まいから発せられるオーラは少なくとも他者を敬服させる力を持っていた。
男は肩まで伸ばした白髪を揺らしながらゆっくり歩き、やがて二人が座る対面の席に腰を下ろす。
「良い、かしこまった形式はいらぬ。座れ」
そう言われた彼らは、立ち上がり再び腰掛けに座った。そうして、まずブロンド髪の男―――王国宰相であるトーマス・モルドリッチが口を開いた。
「陛下、この度はご足労頂き、誠にありがとうございます」
「ありがとうございます」
「うむ、今回はあの件で我を呼んだのだな?」
「はい、三日前の事件について、ある程度調査が完了しましたので、そのご報告に参上いたしました―――と、話を始める前にレビア殿、魔法を」
「はい」
レビアと呼ばれた少女が頷き、杖についている弦を指で鳴らす。
「
そう口に出すと、部屋中に美しい音が広まると四方に防音の結界を張り、周りからわずかに聞こえていた物音が一切消える。
「申し訳ありません、一応、聞き耳を立てている輩がいるかもしれませんので」
「分かっておる、続きを申せ」
「はっ、まず陛下のお耳に入れたいおきたいのが学園の事件についてです」
宰相は、机の上にあらかじめ用意していおいた紙を手に取る。
「まず、Ⅾランク生徒が発動した魔法による被害に関して、34名が魔法の発動を行い―――現在、軽傷者202人、重傷者42人、死傷者は71人に上ります」
紙をぺらりとめくり、次の資料に目をやる。
「また、死傷者数の内Sランクの生徒が11人、結界の管理と魔力供給をしていた魔法師が6人です。発動場所も、今言った該当の者たちに集中していることから、狙っていたと考えていいでしょう」
「・・・最悪だな」
座る老齢の男、オルスト王国の王であるウィリアム・オルストが現状を聞き、その酷さに思わず目頭を押さえた。
「ええ、今いる学園生徒には精神面のケアや傷の治療に当たらせるため、一か月半の休暇を与えています」
「―――そうだな、それがいいだろう」
学園は国の軍事強化という面で重要な役割のある場所だ。普段は侵入するものを阻む強力な結界に、入口門には魔力認証の魔道具を置き出入りの管理も行っている。
完璧に外敵など入るはずがない状態―――それを、内側の守っていた生徒に破られ、ましてや魔法攻撃を仕掛けられるなど誰も予想だにしていなかった。
「生徒が起こした騒動という事で国内でも動揺が生まれており、我々に批判の矛先が向いております。が、帝国側の策略であることはわかっていますので、大々的に公表すれば国民も敵愾心を燃やし、彼の国が敵意の的になるでしょう」
王国は、ユリウスが捕縛したグラスという男に尋問を行ない、結果、生徒の暴挙の裏にはエントール帝国が関与していたことが判明していた。
だが、このことは同日起こったアレのこともあり対応が追いつかず、まだ公表まで至っていない。
トーマスは湯気の立った紅茶を一口含み、話を続ける。
「また、奴らの目的の一つに、ある人物の身柄の確保があることがわかりました。それが学園研究員の一人、シオン・ストゥースです」
衛兵が生徒が聞き込みをしたところ、約1週間前にⅮランクの生徒が研究員に夜間に襲撃を起こしていた事が分かった。
そして、今回の件でも護衛をしていた衛兵が複数名殺されており、幸い、本人は直前で逃げられたそうだが、この前後の関連性は明らかに帝国の目的の一つであることを示唆していた。
「・・・あの研究を行っている者か」
王はその名前を知っていたのか、唸りながら視線を低くする。
シオン・ストゥースが行っている研究、それはある場所の探索するのに必要であり、王国側も率先して研究費を捻出し支援を行っている。
「ええ、現在は自宅にて休養をしており、そこに衛兵を配置し厳重に警備をさせています・・・それと、陛下に見て頂きたいものが」
トーマスが平たい形の魔道具を取り出し、ある映像を王に見せる。そこに写っていたのは、赤い魔石が埋め込まれ、不思議な装飾がなされた銀の腕輪だった。
見せられた本人は首を傾げ、「これはなんだ」と問う。
「これは腕輪の形をした魔道具です。魔法発動前に、犯人の腕をガルドニクスの令嬢が斬り落とし、それについていた物と聞いています。どうやら、操られたⅮランク生徒は全員これをつけ、犯行に及んだそうです」
トーマスはそのあと一拍を起き、重々しい声を出した。
「内包する魔法の効果を、魔工具師に鑑定させたところ―――魂操魔法の効果が含まれていることが分かりました」
「・・・それは誠か?」
「はい、確かだそうです」
『魂操魔法』
王国と同じ理由で、各国が血眼になり研究を行っている特質魔法の一つ。
「正確な効果については現在調べていますが、実験段階の魔道具なのか作りが中々に脆く、難航しております。引き続き解明に向け、調査を行います」
「・・・うむ、続報が出次第、すぐ我に報告せよ」
「了解しました」
そうした後、宰相はその他の懸念事項について王に伝え、次の議題に移るため隣にいる褐色肌のエルフに声を掛けた。
「ではレビア殿、あの件についての報告をお願いします」
「はい」
トーマスの隣にいる宮廷魔法師長が、抑揚のない丁寧な口調で話し始める。
「まず、あの魔力放出の被害のご説明致します。15年前と同様、王都内、もとい近隣の町の魔力を計測する魔道具が全破損。さらに、当日の事件の影響で外壁の警備をし、魔力感知を強化していた宮廷魔法師たちが全員卒倒しました。復帰には一週間ほどを要するとの見込みです」
「・・・ふむ」
「加えて、魔物の支配区域が変化し、Sランク以上である亜種個体の動きが活発になっています。これに関しては、一つ星以上の冒険者に討伐依頼を出し、捜索を行わせています」
彼らの中での懸念点は学園の件だけではなかった。同日に発生した、おおよそ考えられないほどの、15年前と同じ程と考えられる莫大な魔力の出現。
国民全員が当事者となったことから、学園の件よりもこちらの方が話題に上がり、さらにその影響も各方面に出てしまっていた。
「魔力が発生したと思われる現場は?」
「一昨日の朝、魔力の発生源と推測される場所に向かいましたが、現場の森林は破壊され、直径150メートルほどのクレーターが出来上がっている状態でした。恐らく、何かしら戦闘が行われていたと考えてよろしいかと」
「・・・」
それを聞いた王は、想定を超える怪物の存在に冷や汗をかき、同時に15年前のあの出来事が頭をよぎった。
まるで神の逆鱗に触れたかのような、他者を圧し潰すほどの膨大な魔力。
「・・・前回の、15年前と同様の者と考えていいのか?」
「はい。今、確認できている超越者に以前動きはないと思われます。加えて、捕捉できていない他の者についても、ここで動きを見せるとは考えにくいです」
「じゃあ、一体誰なのだ?」
王のその問いに、宮廷魔法師長は答える。
「それは・・・わかりません。ですが、前にも申し上げました通り、十中八九、種族は《《人族》や獣人族以外の者でしょう。あれほどの魔力、長命の存在でないと説明がつかないレベルです」
種族問わず、内包する魔力は鍛錬などによって増やすことができる。
人族等も同じく修練を積めば増やせるのだが、長く生きた者と比べれば確実に大きな開きが存在してしまい、魔力量が多いものは長命種に偏っていた。
そのため、王国側は人族以外の者を中心に15年前から調査を行っている。
「潜伏しているのか?王国内に?」
「・・・考えずらいですが、その可能性はあります。ですが、そうなると一度も魔法を発動していない、もしくは魔力操作により尋常じゃないほど魔力を制限している、ということになります。どちらにせよ、魔力量と魔力操作から見て長命種であることは間違いないでしょう」
通常、魔力は多ければ多いほどその操作難度は跳ね上がっていく。
レビアはそれが理解できているため、寿命が長い種族でしかありえないという選択に至っていた。
「人族以外の長命種か・・・ならばやはり」
「はい、有力候補は龍族か精霊族、私と同じエルフなどがありますが―――一番の有力候補が魔族ですね」
「魔族」という単語を聞いて、王はある言葉が脳裏をよぎった。
「超越者の魔族・・・60年前の戦いで死んだはずの、あの魔神がもしや生きていたのか?」
以前の魔力放出で魔族の信奉者が騒いでいた通り、やはり生きていたのではないかと王は推察する。
「それは・・・恐らくないでしょう。あれは龍神が『滅ぼした』と宣言していますから」
「ですね、精霊王も同じくそう言っています」
表情を動かさないレビアが静かに否定し、トーマスもその生存に首を振る。
死んだ魔神の生存説は巷でも囁かれ、さらには王国内にいる少数の魔族も騒いだが、龍神と精霊王が「完全に殺した」と解答している。
「そう、だな。それはないか・・・」
王は多少の疑問を抱きつつも、憶測に過ぎない考えだったためすぐに思考をやめた。
それを見て、レビアは次の話を進めようと複数枚の紙を机に出す。
「それと、あとはこの問題ですね」
取り出した紙は、今回の魔力放出を感じ取った周辺各国が送った、疑惑の意が記された文書だった。
「15年前と同じく、今回も人族至上主義をあげる各国から、セレス教の教えを守り、多種族国家の体制を敷く王国に疑いの目が向けられています」
レビアが推察した長命種のことは、他国も理解している。だからこそ、隠匿しているのではないかと疑いを向けれてしまっているのだ。
「・・・苦しいですが、これには再び我関せずを貫くしかありませんでしょう」
「・・・ふむ、それしか手立てがない」
宰相のトーマスが苦々しい表情で口を出し、王もこれに頷く。
過去にも再三追及をされたが、一度目という事もあり知らぬ存ぜぬという態度をとることができた。
しかし、二度にわたり王国内で存在が確認された、というのは関係性を持っていると言ってもおかしくない。
「・・・うーむ、悩ましいな」
今後の様々な対応について、三人が苦悩していると、突然、レビアが部屋のドアに視線を向け「どうやら衛兵の方のようです、我々に急ぎの用があるらしいのですが」と口にした。
「一体なんだ?・・・レビア殿。一度結界を解き、扉を開けてくれないか」
「分かりました」
そうして結界を解き、レビアが扉まで歩み寄りゆっくり開けると、王に仕える近衛兵の男が慌てた様子で声を掛けてきた。
「お話し中に申し訳ありません!今、帝国側から文が届きまして・・・新しい超越者の呼称が発表されました!」
「何?」
宰相が怪訝な顔を浮かべ、鋭い目で男を睨んだ。
今まで、10人目とされる超越者について情報が全くなく、そのことから下手な騒ぎにしないためにあえて呼称を確定させていなかった。
だが、このタイミングで帝国側から発表されたという事態に、部屋にいる三人は表情を固まらせた。
「・・・して、なんといっておるのだ、帝国は」
王がそう問いかけると、男が神妙な面持ちで答えた。
「そ、それが、帝国の決めた呼称は―――」
存在がつかめない、10人目の超越者。
それを帝国はこう発表した。
60年前に死んだ超越者の魔族、それと同等の規格外の魔力量。そして、未確認の深淵なる魔法の使い手。
『深淵の魔神』と―――。
俺は学園生活を静かに過ごしたい。~転生特典として重力魔法をもらいましたが、難しすぎて1000年も修行することになりました~ 柊 北斗 @akanorl
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