第38話 仲直り



 夜の暗がりの中、シオンさんと飛び始めて約2時間。


 途中、王都まで続く大きな川を道標にし、それに沿って進んでいくと視界にぽつぽつと明かりが見え始めた。その光明に近づいていくと、次第にそれが町の輪郭を浮き上がらせていき、俺たちは無事に帰ってきたことを実感した。


 彼女が安堵からか僅かに頬を緩ませ、俺も見慣れた王都の風景に思わず笑みを零す。


「ん?」


 しかし、安堵していたのも束の間、少しばかり問題が発生する。


 王都の外壁の傍、そこで多数の衛兵たちが慌ただしい様子で哨戒活動を行い、敵襲に備えてか厳戒態勢を敷いていた。


「なんかすんごく警戒してますね・・・」


 そう言うと、彼女が手を顎に当てて冷静にこの状況を考察する。


「ふむ・・・恐らく、学園が襲われたのが原因だろうな。あそこは研究と教育の両面を担う、国内でも王城に続く重要な場所だ。王国の心臓とまではいかないものも、さながら今回は背骨をやられたといったところだからな」


 確かに、学園は国の戦力増強といったことも含め重大な場所だ。そんな場所が襲撃にあったとなれば、ここまで警戒されていても仕方ないか。


 俺がそう納得していると、彼女がチラチラとこちらを見ているのに気づく。


 ん?なんだ?


 疑問に思い「どうしました?」と聞くと、彼女は方を気まずそうな表情で口を開いた。


「いや、まあ・・・一番はお前の魔力放出が原因だと私は思うが」


「あっ・・・で、ですね」


 う、うん、まあ考えてみればそうだな。

 確かに前の時も凄かったって後から聞いたし、それに国の中枢を担う王都近郊で巨大な魔力が確認されたのだ。これぐらい厳重な警戒をされていても仕方ないのかも。


「・・・なんか申し訳ないな」


 いや、やっぱりあんなに駆り出されているのを見ると、自分がやったことが申し訳なく感じてしまう。

 一応、前回と比べて半分ぐらいには魔力を抑えたんだけど、やっぱりそこら辺の加減が難しいな・・・。


「どうする?このまま私たちの事情を説明するか?」


 シオンさんにそう訊かれる。事情というのは彼女が奴らに攫われていた、という事についてだろう。ふむ、確かに、今回狙われていたのは彼女だし、彼らに保護してもらうのが一番だ。


 しかし・・・クルースあいつがなんか忍ばせておいた諜報員とかなんとか言ってたし、あそこにいる衛兵が完璧に信用できる存在か不安だ。

 

「・・・いや、いったんこのまま無視しちゃいましょう」


 とりあえずいったん後回し、このまま素通りしてしまおう。そう考え、俺は手から黒白の雷を放ち、魔法発動の準備をした。


「―――ちょっと、移動しますね。」


「ん?」


 次元支配ディメンション・コントロールを使い、彼女を連れて王都の真上まで瞬間移動した。


「きゃッ」


 いきなりで驚いたのか、彼女は可愛らしい悲鳴を出し咄嗟に口元を手で抑える。そして頬を紅潮させ、じーっと責めるような視線をこちらに向けてきた。


「・・・急に使わないでくれ、びっくりするじゃないか」


「す、すんません」


 俺は配慮が足らなかったことに対し、素直に頭を低くして彼女に謝る。

 続いて王都の街並みを一望し、魔力で強化した眼で行き先を確認した。


「まず、フレイさんは仲間に連絡とってみたところ、どうやら治癒院にいるらしいです。なので、今からそこに向かいましょう」


 そう俺が話すと、彼女の表情が硬直した。


「―――ち、治癒院?姉さんは怪我をしたのか?」


 シオンさんの声が怯えたように震える。

 恐らく、何か彼女の中で嫌な光景が過ったのだろう。もしかしたら、フレイさんの足がなくなった時のことかもしれない。


 俺はそんなことを考え、安心させるように笑顔を向けて手をぎゅっと掴み、それから澄んだ青の瞳をまっすぐ見た。

 

「外傷はほとんどないらしいですし、治癒院に運んだのは呪いの類が施されてないか確認するためです。安心してください、フレイさんは元気です」


「ッ・・・あ、ああ」


 すると、俺の言葉を聞いてか、彼女はぼぉーっとこちらを見て力なく返事をする。いつもと違って、彼女の目がどこか潤んでいる・・・なんだ?


「大丈夫ですか?」


「―――だッ、だだだ大丈夫だ!早く行こう、今すぐに!!」


「?行きましょう」




 その後、俺たちは上空から王都にある治癒院に向かい、やがてそれらしき建物に到着する。


 見下ろしたその外観は、昔ながらの病院といった雰囲気であり、木材をベースに青と白を基調として建てられている。

 窓からは照明の光が漏れ、周りにある僅かばかりの木々を照らしていた。


 俺は、そんな治癒院に目立たないところで降り立ち、二人一緒に入り口の両扉を押して中に入っていく。屋内は実用的な作りで飾り気がないシンプルな作りだ。

 軽く見渡すと、事件の影響からか多数の来訪者がおり、心なしか喧騒が目立つ。明らかに夜の静粛とはかけ離れている様子だ。


「―――アレス!」


 建物に入って早々、入口で聞き慣れた声が耳に入り、二人組の男女がこちらに駆け寄ってきた。


「ユリウス!それにメ―――」


 俺は友人の姿を見て安堵していると、突然、近づいてきたメルに体を抱きしめられてしまった。


「アレス、大丈夫!?怪我は・・・」


 メルは俺の体に密着したながら、心配そうに下から顔を覗き込んできた。


 俺はそんな彼女に困惑しつつも「大丈夫だぞ?」と返すと、それを聞いて安心したのかメルが大きく息を吐き出した。

 そんなに心配させてしまったのか・・・と思っていると、彼女の口から耳が痛い話が飛んできた。



「アレスも感じたと思うけど、ついさっきすんごい魔力が近辺で出現して、それで今王都中混乱状態なんだよ。私もアレスが何か巻き込まれたんじゃないかって心配しちゃって――でも無事ならよかったぁ」



「・・・おおお、おう」


 その魔力、俺です。


 横にいるシオンさんも、知っているからか少しばかり居心地が悪そうである。

 俺はメルをゆっくり体から離し、赤みがかった茶髪を丁寧に撫でながら謝罪の念を込め、心の中でペッコリ謝る。ま、誠に申し訳ない。


「アレス」


 そんなことを考えていると、笑顔を浮かべた金髪の青年がこちらに声を掛けてきた。

 俺は自分を呼んだユリウスに向き直ると、あることに気づく。


「・・・すまん、だいぶ無理させたか?」

 

 俺はユリウスにそう尋ねる。


 額にしているガーゼのような柔らかい布、それから上下ともに真新しそうな服に着替えられている。もしかすると、結構な怪我を負っていたのかもしれない。


「問題ないよ、もう治療は澄ませてもらったし。それに、君のおかげで今回の事件に関与しているだろう者を捕らえることができた。だから、気にせず安心してくれていいよ」


「そうか―――今回は助かった」


「いや、こちらこそ頼られてうれしかったよ。・・・えっと、横にいるのがシオンさん――で良いんだよね?あなたのお姉さんは二階の階段を登ってすぐの部屋にいます。案内しますね」


 とユリウスが先導して歩き始め、隣にいたシオンさんと俺はそれに続いていく。

 

 治癒院のエントランスから少しばかリ進み、木材で作られた階段を登っていくと、やがてユリウスが一つのドアの前で立ち止まり、こちらに振り向いた。


「―――ここです。もう診断は終わっているらしいので、中には彼女一人しかいないです」


 その言葉を聞き、彼女がゴクリと喉を鳴らす。それから「私一人で話してくる」と俺の方を見て言ってきた。


「姉さんに、気持ちをちゃんと伝えてくる」


「・・・わかりました。俺、ここで待ってますから」


 俺は笑顔を浮かべ、シオンさんにそう返答する。傍にはいられないが、きっとこう言った方が彼女も安心できるだろう。


 姉妹同士、思いのすれ違いは起きているが、互いを大切にし合う気持ちは同じ。すぐに彼女たちは仲直りできるだろう。


「―――ああ、じゃあ行ってくる」


 彼女は嬉しそうに頬を綻ばせ、覚悟を決めた目つきで中に入り、開けた扉をそっと閉めた。



 扉の向こうに消えた白衣の背中を確認し、俺は近くにあった椅子にどかっと座り込んだ。


「はあ・・・つっかれたぁあぁあ」


 それから椅子に背中を預け、「あぁああ」とうめき声をあげながら凝りを解すようにポンポンと肩を叩く。

 今日は色々ありすぎて久々にマジで疲れたな。個人的な感想を言うと、休日にゲームで二徹した後に会社行った時と同じぐらいの疲労だ。


「はは、おじさんみたいだね、アレス」


「うんうん。ユリウス君の言う通り、アレスがなんだか酒場にいるおじさんみたい」


 そう言って、笑いながら二人が俺を挟んで隣の椅子に座ってくる。

 俺は言われたことに「うっせ」と言い返し、天井の照明を見上げながら二人と少し談笑した。


 ユリウスは事前に連絡は取ったが、報告のためにこのあと王城に登城しなければならず、すぐにここを離れるそうだ。

 俺は一応話した方がいいと思い、ユリウスに小声で今回の事件に帝国がかかわっている件と、先ほど戦ったクルースという男について教えおいた。


 他国の上位者が国内に侵入し、ましてや行政の中心部である王都に潜伏していた、というのはかなり異常事態だ。きっと、国防に関わるユリウスなら、この重大さが理解できるだろう。


 聞いた彼は視線を低くして考え込んだ後、「分かった、ありがとう」と口を開いた。


 メルの方もすぐにこの場を離れるらしい。聞くところによると、どうやら両親がかなりの過保護らしく、心配しているだろうからいったん王都にある屋敷に帰るとのこと。


 加えて、彼女にユリウスと学園で合流した時のことを話された。どうも相当びっくりしたらしく、ぷんぷん怒った顔で「緊張で心臓が飛び跳ねたよ」と言われた。


 俺はとりあえず彼女に謝ると同時に、お詫びとしてご飯に連れていくことを約束した。

 


 そうして二人が去った後―――壁越しに、フレイさんとシオンさんの啜り泣く声が聞こえてきた。


 ・・・ちゃんと、彼女は気持ちを伝えられたようだ。


 安心からか、俺は深く息を吐いて座ったまま目を瞑る。また、最近は護衛でよく寝れていないことを思い出し、大きく欠伸をした。

 周りが徐々に静かになっていき、自分の呼吸音だけが耳に入る。


「すぅ・・・」


 結局、眠気に負けてしまい、俺はそのまま意識を手放す。






「―――ありがとう、アレス」


 微睡の中、俺の頬に何か柔らかいものが当たった気がした。





 ★★★

 前話でフォローが200近く外れました・・・めちゃくちゃ不評でしたね。くどくどしい文章と急展開過ぎました、すみません。いやぁ、勉強しなきゃいけないこと事ばかりです。精進します。



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