第37話 金咲の聖騎士

 ★★★

 ちょっと長くなりすぎて読みにくいかもしれません。あと一回間違えて投稿しちゃいました、誠にすみません。

 ★★★







 日が傾き始め、遠くに見える山稜が夕日に飲まれ始める――そんな紅の濃淡が広がる夕刻。




「はあ、はあ」


 朱色に包まれつつある森林に男が一人。白布に覆われた荷物を肩に抱えながら、まるで風のような速さで森林を疾走していた。


 木々の合間を縫うように通りながらも、その速度は決して落とさない。さながら、男自身が風そのものになっているかのようにも見える。


「・・・ふぅ、そろそろ休憩をはさむか」


 男は大きく息を吐くと、肩に抱いていた荷物を地面に乱雑に投げ捨てる。それからその横に腰を下ろし、木に背中を預けながら水筒を取り出してごくごくと飲み始めた。


「地図を見る限り・・・もう少し先か」


 懐から茶色に色褪せた地図を取り出し、今自分がいる場所に大体の見当をつかせ、目的地であるバツ印がついた場所を見る。


 それから疲れたように大きく溜息を吐き、苛立ちにより後頭部をかきむしった。


「うぅううぅ!!」


 突然、横の荷物がもぞもぞと動き、呻き声をあげる。

 それを見て、男は「ちっ」と舌打ちをして立ち上がり、白い布を開けて荷物の中身を露わにした。


 その中から出てきたのは、透き通るような黒髪を腰まで伸ばし、両膝の先を失くしてしまった女性――フレイ・ストゥースだった。


「いい加減静かにしろよ、うるさくてかなわねぇ」


 そう言ったのに対し、手のみを拘束されたフレイは下から男を睨みつけ、言葉を発する。

 一応、なにか話しているみたいだが、猿轡をされているせいか男には上手く聞き取れない。

 

「――静かにしろって言ってんだろうがッ!」


 男はその煩わしい態度に痺れを切らし、怒鳴りながら彼女の腹部を力強く蹴り上げた。


「ゲホッ」


 蹴られた彼女は血を混じらせながら咳き込み、服を土で汚しながら地面を転がって木の根元に勢いよくぶつかった。


「クソが、こっちは三時間近く走って疲れてるって言うのによ。ああ、イライラするな・・・なんで、俺がこんなことしなきゃならねぇんだよ」


 その男、帝国軍第7軍副軍団長であるグラス・ドルドルーツは、上司に命令された内容を思い出す。


 本来であれば結界破壊後、学園内に侵入して警備兵や教員等をかく乱し、誘拐をする時間を稼ぐのが与えられた仕事だった。


 しかし、自分の上司であるクルースから「有効に人材を使うため、人質を用意するのは必須です」などと言われ、今回の作戦の目的の一つであるシオン・ストゥースのその姉――フレイ・ストゥースも同時に攫えと指示を受けてしまったのだ。

 

「くそッ、しかもなんだよ、「限りがあるから転移の魔道具は渡せません」ってよ。それぐらい融通しろよクソが。――おまけに、攫ったこの女はずっとうるせぇし、本当にイライラする仕事だぜ・・・」


 再び腰を下ろし、水を口に含む。


 腰に差したこののおかげで、足には自信があるため逃げるのは問題ない。

 が、いかんせん副団長であるはずの自分が、なぜこうして走らされているのか理解できず、グラスはただひたすら憤懣を募らせる。


 目的地は山を超えた先にあるちょっとした集落だ。そこまで行けば馬車が用意されているらしいが・・・地図を見る限りまだまだ距離がある。


「クルース団長の嗜虐趣味に付き合わされるはこれで何度目だよ。帰ったら所属する軍の変更を上の頼んでみるか・・・」


 そう独り言を話していると、横から強く風が吹き荒れ、地面に生い茂っていた草木が揺れ動いた。


 その強風に、グラスは僅かに目を細め、ザァーっと草木がこすれる音が耳に入る。



「ッ!?」



 突如、彼の全神経が凄まじい警鐘を鳴らし、 咄嗟に水筒を投げ捨て急いで横に飛んだ。

 すると、自分が先ほどまでいた場所に白光の斬撃が飛び、緑黄色の地面にその爪痕が刻まれる。



「おや?避けられてしまったね。一応不意を狙ったつもりだったんだけど」



 グラスは腰の剣を握り、聞こえた声の方向に首を向ける。


「――おいおい、マジかよ」


 そして、視線の先にはいた人物を見て目を見開く。


 オレンジに照らされた綺麗な金髪に、男女問わず目を奪われるほどに完璧に整った顔立ち。加えて宝石のような翆色の瞳を持ち、まるで物語から出てきたかのような容貌をした青年。


 オルスト王国が誇る最強の騎士、ユリウス・アルクリッドが立っていた。


「な、なんで生きてやがる・・・お前は念入りに狙わせたはずだぞ」


 グラスの眼に映るユリウスは、頭から血を流し、着ている白の制服も血により赤く汚れていた。


 ――クソ、こいつは集中的にⅮランクの奴らに狙わせたはずだ。流石にあの規模の爆発を何度も食らえば、聖騎士と言えど確実に殺れる算段だったはずだぞ・・・

 なのに、なんでこうしてまだ生きてやがる・・・なんで逃げてる俺に追いついてやがる!


 目の前に立っている金髪の男がグラスは信じられず、極度に焦りを感じた。

 鼓動の音が聞こえるほど心臓が動くのを感じ、さらに全身から汗が噴き出る。


「その言葉、学園で起きた事件に心当たりがあると見ていいね」


 ユリウスは鋭い目つきでグラスに睨む。

 その圧に内心気圧されながらも、剣の柄を強く握り締め、魔力を流して直ちに臨戦態勢をとった。



「ユ、ユ、ユリウス・・・君ッ、無事フレイさんは確保したよ!」



 そうして、金髪の青年の一挙手一投足を見ていると、耳に緊張を含んだような少女の声が入った。


 そちらに視線を送ると、酷く緊張した様子の少女がフレイ・ストゥースを腕で抱えていた。

 赤みがかった茶色の髪に小柄な体格、それとセルシウス学園指定の制服を着ていることから学生であることが分かる。


「グルルゥ」


 その少女の後ろには、いつの間にか現れたのか背丈三メートルほどの白竜が、こちらを見下ろしている。


「その人がアレスが言っていたフレイさんか・・・うん、ありがとうメル君。じゃあ、そのままその子の陰に隠れていてくれないかい?」


「う、うんッ!」


 ――この竜、ユリウス・アルクリッドと魔力で繋がっているな・・・なるほど、これに乗って俺を追ってきたってわけかっ。


 グラスは少女の後ろにいる白竜の姿を見て、僅かながらに得心を得る。


「・・・そう簡単に渡すわけねぇだろうが!」


 この場で人質を失うのはまずい、そう考えたグラスは状況の優位性を取るためにメルと呼ばれた少女へと疾走する。


 彼の身体から緑色オーラが噴き出し、足を踏み出した刹那、消えるように急加速し一瞬で少女との間合いを詰める。

 そして、空気を切る音とともに凄まじい速度で斬りかかった。


「させない」


 しかし、振るったその剣は、割って入った金髪の青年の剣によりいとも容易く止められてしまう。


「どけッ!」


「それはできない相談だね―――なるほど、追いつくのに時間がかかった理由が分かった。君が持っているそれ、恐らくだね?」


 図星を突かれたグラスは僅かに表情を歪める。


 魔剣とは特別な魔法の力が込められた剣のことだ。大体は柄の部分を握り、魔力を込めることでその力を使用することができる。


「移動スピードを上げる類のもの、君の周りにある魔力の色からして・・・恐らく風属性の魔剣かな?」


 「それがどうした!」と語気を荒げ、グラスは神速の剣戟を繰り出した。


 自身が持つ速さを得意とする剣技、それに魔剣の力が加わったことによる、超高速の連撃。

 その烈風の如き剣は、格上の上位者にも通用するはずのものだ。


「なかなかに早いね」


 幾たびも、幾たびも火花が散るが、そのすべての剣戟が受け止められる。

 魔剣から伝わる衝撃により腕の骨と筋肉が軋みをあげ、自身の脳髄が振動する。まるで巨大な壁に打ち込んでいるような、そんな実力の開きを感じ取り今している攻防の無意味さをグラスは悟った。


「・・・くそッ!」


 ギリリ、と歯冠を擦らせながら後ろに飛んで距離を取る。


「もう終わりかい?中々にいい剣戟だったけど、ちょっと魔剣に頼り過ぎかな」


 目の前の金髪の青年がそう言うのを見ながら、額に付いた汗を拭って次の行動について思案を浮かべる。


 作戦は失敗、このまま戦闘をしても確実に勝てない。


 ならば、もう逃走しか手はないだろう。今、魔剣の力を最大限に使えば、近場の町まで逃げることぐらいはできる。

 魔力痕跡は残ってしまうが、町中で大勢に混ざればそれも分からなくなるはずだ。

 

 フレイ・ストゥースの誘拐には失敗した、だが本来の計画は順当に全て成功している。このまま帝国に帰還すれば、報奨金と昇進が確約されているのだ。


―――まだだ、まだここで捕まるわけには行かない。絶対に逃げ切ってやる。 


 グラスは未来にある甘美な栄誉に酔いしれながら、魔剣を使い逃走を図ろうとする。



「・・・逃亡は許さないよ。君の素性や今回の事件の詳細、すべて話してもらう」



 だが、途端に吹き荒れた魔力に、意図せず踏み出そうとした足をピタッと止めてしまった。


 ユリウスが腕を前に出し、手の平を下に向けて詠唱を始める。



さやに収まりし聖なる剣よ、紋章の導きに従い、その姿を御許に晒せ






――顕現せよ、輝煌の聖剣クラウ・ソラス



 ユリウスがそう口に出すと、手の甲にある剣と太陽が重なった形の紋章が強く輝き始め、そして、緑たなびく地面から黄金色に輝く一振りの剣が生まれた。


 刀身は金色に発光し、夕日により僅かに朱色に染まりながらも、その静謐な美は見たものを釘付けにしてしまう、そんな芸術的な魅力があった。


「・・・


 グラスは始めて見る聖剣の荘厳な雰囲気を見て、思わず冷や汗をかいてしまう。

 

 『聖剣』

 それは最高硬度を誇るオリハルコンよりも高い耐久性を持ち、事実上破壊不可能と言われている強力な剣だ。さらに、召喚された聖剣は、紋章を持ったものそれぞれに強力な特殊能力が備わっている。


 ユリウス・アルクリッドが顕現させた輝煌の聖剣クラウ・ソラス、その能力とは・・・


「黄金の環よ、開け」


 草原に黄金の粒子が散らばり始め、瞬時に半円状の球体がユリウスを中心に出現する。

 球体内に入った森林が、まるで金色の花を咲かせたように色付き、煌々と輝きを放ち始める。


「くそがッ」


 途轍もない悪寒を感じ、グラスは円の外に出ようと全力で走り出す。


 ――ジャラジャラ。


 が、その途中、地面から出た光の鎖が足に絡み付き、動きを止められてしまう。鎖は徐々にその本数を増ていき、そのすべてがグラスの体に巻きついてゆく。


 彼は最終的に数十本もの鎖により束縛され、その場で完全に拘束されてしまった。


「どうやら、僕の聖剣の能力は知っていたみたいだね」


「・・・有名だからな」


 グラスは本国で見たユリウス・アルクリッドの情報を思い出す。


 輝煌の聖剣クラウ・ソラスの特殊能力、「光の探求者エクスプロ―ラー」。

 剣を中心に『黄金の環』という空間を形成し、その中でならば実体のある光を形状問わず、無尽蔵に創造することができる能力。


 恐らく、この環の中に入ってしまえば、同格である上位者ですらほぼ勝敗が決してしまうであろう、そんな反則じみた力。


「今、この場で君を追求したいところだけど、それは王都に帰ってからにしようか」


 ユリウスは拘束されているグラスの方に歩み寄り、ポンっと頭に手を置く。


「眠れ」


 どんどん意識が遠のいていくのを彼は感じた。体が脱力し、目の前の光景がぐらっと歪んで目を開くことさえままならなくなる。


 ――ちくしょう・・・あんな命令、聞かなきゃよかったぜ。


 そう悔恨を残し、鎖で拘束されたままグラスはゆっくりと寝息を立て始めた。





「・・・これで半日は起きないね」


 目の前の男が眠ったのを確認すると、ユリウスは「――聖剣よ、さやに収まれ」と口にし、顕現させた聖剣を紋章に吸い込ませるように仕舞う。


「はあッ」


 それから大きく息を吐き出した後、崩れるように地面に膝をついてしまった。


「だ、大丈夫!?」


 メルは急いで彼の下に駆け寄り、身体を支える。


「すまない。まだ聖剣を使うコンディションではなかったみたいだ」


 額に汗を滲ませながら、ユリウスがそう答える。


「それよりも、アレスに早く連絡を取らならないと・・・メル君、頼めるかい?」


「う、うん、そ、そうだね・・・」


 メルは、いまだに目の前にいる男の姿に慣れず凝視してしまう。


 オルスト王国が誇る最強の聖騎士、ユリウス・アルクリッド。アレスの言伝で一緒に行動しているが、想像以上の有名人を目の前にし、いまだに緊張してしまう。


「?どうしたんだい」


「あ、ご、ごめん!すぐにするね、連絡!」


 懐からフォトンを取り出し、メルは慣れない手つきでボタンを押し始める。それから魔力を流し、通話を掛ける。


「・・・出た」


 通話に出たアレスに、彼女はフレイさんを助けた旨を伝える。すると、いつもよりも抑揚のない平坦な声で「また掛けなおす」と言われ、一方的に通話を切られてしまった。


「彼はどうだった?」


 そう聞いてきたユリウスに対し、「何か取り込み中なのかもしれない・・・」と返答する。


「アレス、大丈夫かな」


 別れてしまった友人のことを思い、メルはそんな不安を漏らしてしまう。


「はは、大丈夫さ――なぜなら彼は」


 瞬間、遠方にとてつもなく大きな魔力が出現した。


「きゃッ!?」


 驚愕により彼女は尻餅をついた。冷や汗が止まらなくなり、緊張で口が乾きを覚えながらブルブルと怯えたように体を震わせた。

腕を交差させ、メルはこの震えを止めようとするが―――それでも止まらない。それ程の魔力の奔流、加えて重圧を感じるのだ。


「なに、これ」


 自分の認識では押し測れない、生物という垣根を超越した、高位の存在。


 一斉に鳥が飛び立ち、夕空に黒点が広がる。


 大地が鳴動し、天が動く。


「はは、やっぱりすごいなぁ」


 異常なほどの絶大な魔力。それを肌で感じながらも、ユリウス・アルクリッドは動じずに静かにそう微笑んだ。






 


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