第2話 我が家
千代に連れられて、共に玄関に入った後、直樹は彼女に説明を求められていた。
「直樹...あんた、本当に今までどこに行ってたの...それに、一体どうしちまったんだいその顔は!」
「顔?...あっ」
千代にそう言われた直樹は靴箱に置かれた鏡を見た。
(───酷い顔だ)
己の顔を見て、直樹は思わず笑ってしまった。何故ならあまりにも酷く、おっかない顔だったからだ
顔の右目周りには火傷、口元と耳には切傷に切創と、それに加えてこの険しい顔だ。これで10代ですと伝えても誰が信じるのか。
顔に負った傷の原因は今でも覚えている。
目の周りは新しく配備された自動小銃の暴発
口元は鋸状の銃剣で斬りつけられて
耳元は砲弾の破片に切り裂かれた。
そのせいで、娼館に行っても女達に嫌がられたのはよく覚えている。そんな思い出を振り返っていたら、千代に身体を揺さぶられた。
「直樹っ!聞いてるのかい!あんた、今までどこに───」
「なんだなんだぁ〜?千代ー、どうし」
廊下の奥の引き戸が開けられると、そこから白髪の老人が現れる。老人は直樹の姿を見ると、鳩が豆鉄砲を食らったかの如く固まった
そんな老人の姿を見て、直樹は脳裏にとある名前が浮かび上がる
「───善太、爺ちゃん?」
口に出すと目の前の老人、善太はわなわなと震えながら
「おっ、お前...まさか、直樹かッ!?いっ、今までどこ行っとった!それにどうしちまったんだその顔は!」
そう、大声を出した。その瞬間に千代が
「じいさん!今から風呂沸かして!」
「は、はぁっ?ばあさん、んな事より直樹に事情を」
「いいから沸かすんだよ!あんた自分の孫に風呂すら入らせないのかい!?」
半ば怒鳴るように千代がそう言うと、善太は慌てて風呂場へと向かった。
「...直樹、あたしはとりあえず飯作るから、あんたは風呂入って温まっといで」
「何があったかは、飯の時に聞かせて貰うからね」
千代はそう言って、直樹を強引に風呂場へと行かせた。
直樹は風呂場の脱衣所へ着くと、内部を見回した。数年ぶりに見る"我が家"の光景に彼は夢を疑い頬をつねる。
「いてっ」
頬をつねっても光景は変わる事無く、目も覚める事は無い。現実だ、夢なんかでは無く、今自分は我が家に帰って来たのだ。
───惨たらしい、あの
直樹は脱衣所で服を脱ぐと、鏡に映った己の身体を見る。上半身に傷跡が集中しており、それは自身の顔以上に酷いものだった。
そして己の胸元を見ると、そこには───
「やっぱりか...そうだよなぁ...」
───銃創があった。
位置も血の付いた軍服と同じで、それは己があの世界で死亡した証だった。
(そういえばあの後どうなったんだ...?雨で体温がやられて、傷も塞げなくて意識も消えかかって...それから?)
そこでふと、彼は思い返す。自分が撃たれた時のあの状況を。
(あの状況だと軍曹は確実に死んだ、軍曹の隊も生きてはいない...)
(だが俺の隊は?撃たれてはいたが、少なくとも爆弾は投げ込まれちゃいなかった)
(それに最後の方で何か、言われてた様な気がする...あれは何だったんだ?)
考えれば考える程、直樹は思考の波に呑まれていく。そして過去を振り返り続けていくごとに様々な恐怖や不安が甦ろうとしたその時
「───いや、やめよう...思い出すのは」
そう口に出すと、直樹は扉を開けて浴室へと入っていった。
それから暫くして、風呂から出た直樹は出された服に着替えると、彼は千代と善太の集う食卓に居た。
「それで...何があったか説明し...⁉︎」
「直樹...お前さん、その指...」
2人が直樹の左手を見て絶句すると、2人の反応を見た直樹は咄嗟に己の左手を見て苦笑いしながら
(そういや見せて無かったな...どう説明しようかな)
と内心そう思いながら、場の切り抜け方を模索していた。何故2人が絶句していたか。それは彼の左手の薬指が"欠けていた"からだ。
「これは〜その...」
(マズいぞ...どう説明する?正直に言うか?)
第一関節から先の消えた薬指、その理由が
"拷問で切り落とされた"と正直に言ってしまえば、それこそ2人がどんな反応をするか分からない。
ただでさえ心配をかけてしまったのに、そこから事実を伝えて更に負担をかけるような真似は孫としてしたく無かった。
「これはその...アハハ───ッ!?」
言い訳をしようとしたその時、急に辺りが張り詰めた空気になった。戦地に居た頃から恋しく思っていた日常に帰ったきたというのに
もう戦争など行かなくて良い筈なのにまるで
───戦場に戻ってきてしまったようだった
祖父と祖母が居る食卓なのに急に視界が泥に塗れた塹壕のソレに変わる、そして突然背後から気配を感じた直樹はゆっくりと振り返るとそこには
シュタールヘルムを被り、戦闘服を纏った
それを見た彼は机の上に置いてあった
2本の木の串を手に取ると、
それを両手で一纏めにして帝国兵の目を刺そうとした。
「直樹ッ!!」
「───ッ⁉︎」
刺そうした瞬間、祖父の怒鳴るかのような呼び声に直樹は我に帰る。すると目の前に居た兵士の姿は消えて、視界に映る塹壕は祖父母の家のものになっていた。
2人の居る方に彼は振り向くと、祖父は険しい顔、祖母は恐怖と驚愕の入り混じった顔でこちらを見ていた。
「これは...その...」
直樹は説明をしようとしたが、どう言えばいいか分からなかった。背後に敵兵が居た、
だから殺そうとしましたが幻覚でした。
などと言って信じてもらえるだろうか?
そう考えていると
「直樹...」
「な、なに?じいちゃん」
善太が険しい顔をしながら名を呼び、呼ばれた直樹は額から冷や汗を垂らしながら彼の目を見た。
善太の鋭いその目はまるで自身の全てを見透かされているかのようで、かつての上官を思い出してしまう。
「お前───疲れとるだろ?腹は減っとるか?」
腹は減ってるか?、そう言われた直樹は思わず自分の腹に手を当てる。腹からは虫が鳴る事はなく、空腹感も感じなかった。
「いや、そんなに減ってないかなぁ...」
彼は誤魔化すようにそう笑いながら返すと、
善太はどこか訝しむ顔をして
「そうか、ならもう寝なさい。疲れとるなら寝るのが一番だ。夜遅いしな」
「あ、ああ...も、もう寝るよ...」
善太に寝るように促され、直樹はそれに従って2階へと続く階段へと向かう。
そしてその手前で止まると、彼は食卓に居る二人へ振り返る。
「あー、その...ごめんねじいちゃん、ばあちゃん...飯、作ってくれたのに」
そう言うと、千代はハッとした顔をするも
「───いや、疲れてたんだろう?ご飯なら明日また作ってあげるから、もう寝なさい」
「ああ、本当にごめん...」
優しくそう言って、直樹に寝るよう促し、彼もそれに従って2階へと上がった。
2階へと上がると、記憶が蘇った直樹は直ぐに自分の部屋の場所を当ててドアを開けた。
するとそこには懐かしい光景が広がっていた。ゲーム機や机、ベッドや学校のカバン等が置かれている。
それらに触れてみたかった直樹だったが、
ここに戻るまでの様々な出来事に疲弊して疲れきっていた彼にそんな気力は無く。
ベッドに倒れ込むと、そのまま泥のように眠りについたのだった。
異世界帰還兵 @suleyman
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