異世界帰還兵

@suleyman

第1話 帰還






雨が降るとある湿地帯に、色褪せた水色の

軍服にヘルメット姿の二人の青年が居た。



二人の内、金髪の軽薄そうな青年が煙草を吸いながら、もう一人の黒髪の青年に話しかける。




「よぉ、あんた名前は何て言うんだ?」


  

軽薄そうな青年がそう聞くと、黒髪の青年は顰めっ面でこう返す。



「...ナオキだ、ナオキ・ヤマダ」



黒髪の青年、ナオキはそう言うと、軽薄そうな青年はニヤケながら



「へー、ナオキ・ヤマダか...俺はジョゼフ・ドーソン、よろしくな」



軽薄な青年、ジョゼフはナオキに握手を求め、彼もそれに応えると、二人は資材の上に座り込む。




「なぁヤマダ、あんた階級は何だ?」



「少尉、今回の命令で二階級昇進したのさ」



「そりゃ可哀想にな、俺は軍曹だ、俺も二つあがりさ」



ジョゼフは煙草を吹かすと、ナオキの顔を見ながら



「お互い、貧乏クジを引いちまったなぁ...ヤマダ、よりにもよって"ガキ共"の指揮官にされちまうとは」



ジョゼフはとある方向に首を向ける、ナオキもそれに釣られると、そこには学生服に10代前半の年齢であろう少年達が、シャベルを手に塹壕を掘っていた。



「数年前に開戦して以降...敗走を続けて、軍は壊滅状態、部隊の再編成の時間稼ぎの為に遂にはガキ達に訓練施して小銃持たせて前線行きとは、お偉方のお考えには"感心"だぜ」



「そして万が一戦闘が勃発してガキ共が誰かしらおっ死ぬようなもんなら、俺たちは戦後に大バッシング、少年兵を盾にしたクソ指揮官として後ろ指を指されるって訳だ、笑っちまうなこりゃ」



ジョゼフは薄ら笑いを浮かべながらそう言うが、その声色はどこか疲れ切っていた。そんな彼に対し、ナオキも伏し目がちに返す



「それは生き残れたらの話だな、こっちの軍は壊滅したが、"向こう"は未だに倒れそうも無い。"連合"を敵にまわしたってのにだ」



「あれだけ互いに数年"地獄"を見たのに、まだ戦争は続きそうだ...いっそのこと"名誉の戦死"でもしたら楽になれるかもしれないな」



ナオキも疲れた様子でそう返すと、ジョゼフは苦笑いしながら



「笑えねぇ冗談だな、そりゃあ」



そう言って煙草を吹かした。





それから数時間が経つと、ナオキとジョゼフの二人は小銃を携えた少年達と共に塹壕に屈んでいる。



「いいか、先程司令部から伝達があった...敵の大部隊が此方に進軍している」



ナオキが彼らに伝えるとそれを聞いた少年兵達はざわめく、殆どの者が武功をたてようと歓喜の笑みを浮かべている。



ナオキはそんな戦場の現実を知らぬ少年達に憐れみを抱きながらも続ける。



「司令部からは部隊の再編成完了までここを死守せよとの命令だ、だが安心しろ諸君。再編成の完了次第直ぐに応援がこちらに派遣される」

  


ナオキはそれを伝え、目を瞑って一呼吸すると彼らに向き直る。


 

「諸君らに告ぐ、訓練を忘れるな」



「そして必ず───生きて、家族の元へ帰るんだ」







───それから数十分後に戦闘は勃発した



シュタールヘルムを被り、小銃を構えながら敵兵達はナオキ達の居る塹壕に次々と向かってくる。



それに対する塹壕はとても粗末で、少年兵達ならギリギリ身を隠せられるが、ナオキ達2人は屈まなければならなかった。



更に出来ているのは横一直線で、逃げ道すら無いそれは攻め込まれるようならあっさりと制圧されてしまうだろう。


   

少年達はそれぞれナオキとジョゼフの指揮する二つの部隊へと分かれた。



戦闘前の少年兵達の士気はそれなりの高さを保っていたが、今となっては見る影も無い。



敵兵達はたとえ相手が子供であろうと容赦する事なく銃撃し、少年達は幼いその命を次々と散らしていった。



友人が、兄弟が目の前で殺されて、少年達は初めて現実を知ってしまったのだ、武勲を立てて英雄が存在した戦場などもう世に存在しないと。



「何をしている!早く応戦しろッ!」



そんな彼らにナオキは激を飛ばしながら士官用のリボルバーで応戦する、だが所詮は拳銃



撃ったところで当たる訳も無く、牽制ぐらいにしかならない。



「───ッ⁉︎」



そんなナオキの脳裏や耳に突然過去の光景がフラッシュバックで映り、幻聴も聞こえくる



かつての友人や部隊の戦友達の死の光景、母や恋人に助ける悲鳴、絶叫が一気にナオキに襲いかかった。



「くそッたれ!こんな時に───」



それに対処しようとしたその時



「少尉!弾をくれ!こっちはもう残り少ないんだ!」



「分かった!誰か!ドーソン軍曹の元に弾を届け───」



ジョゼフがそう叫ぶと、ナオキは即座に少年達の誰かに弾を渡しに行かせるよう、命令を出そうとした時だった。



「───ッ⁉︎伏せろぉぉぉッ!!」



ジョゼフの叫び声が聞こえたと同時に大きな爆破音が鳴り響いた、それが手榴弾による物だと即座に理解したナオキは叫ぶ。



「軍曹!ドーソン軍曹無事か⁉︎おい!返事をしないか!」



ナオキがそう叫ぶように言っても返事は帰らず、ナオキは彼が死亡した事を即座に悟ってしまった。



「くそッ!」



悪態を吐くと塹壕内で怯えていた少年達の中から恐怖で気が動転したのか、数人が塹壕を出てしまった。



「何をしている!もど───」



ナオキが声をあげようとしたその瞬間、彼らは機関銃と小銃の銃撃によって皆帰らぬ人となってしまった。



そんな彼らの末路に顔を歪めながら、ナオキは塹壕に身を潜めた。




塹壕内では少年達が小銃を持つ事すらせず、頭を抱えて震えるばかりだった。このままの状態が続けば敵兵達はいずれこちらに到達し、皆殺されてしまうだろう。



それだけは───避けねばならない。彼らをこれ以上死なせるわけには行かない。どうにかして彼らを奮い立たせなければ。



ナオキはそんな思いで塹壕を屈みながら移動すると、死亡した少年の遺体のある場所に辿り着く。



遺体の傍には小銃と弾薬が置かれていた、ナオキはリボルバーを仕舞うと小銃と弾薬を手にして戻る。



ナオキは少年達の間に割って入ると、小銃のボルトを回し、後退させて薬室の中に五発の銃弾を装填する。



そして塹壕から身を乗り出してそれを構えると、じわじわとにじり寄る兵士達の中の一人に向けて引き鉄を引いた。



するとその兵士は悲鳴をあげて倒れ込む、それを見たナオキは塹壕に身を引っ込める。するとその姿を少年達は食い入るように見つめていた。



「いいか、全員訓練を思い出せ、そのライフル銃は何のためにある」

  


「構えて、狙って、撃つ。そして撃ち切ったら隠れながら弾を装填する。それを繰り返す」



ナオキはそう教授するように一連の動作を彼らに見せたが、当の彼らはボサっと見ているだけだった。



「...ボサっとするなッ!早くやれッ!」



ナオキがそう怒鳴ると、少年達はハッとした様子で小銃を取り、先程彼が見せた時と同じ動作を始める。




兵士達を次々と銃撃していく彼らの背後を、ナオキは''立ちながら"ゆっくりと歩く



「構え」



「狙え」



「撃て」



号令を続けながら歩いていたその時、ナオキの胸を焼けるような痛みが襲う。咄嗟に胸を押さえた彼は不意に手を見る。



 

手には鮮血がべったりと付いており、胸元には赤い滲みが広がっている。"撃たれた"それを理解したナオキは片膝をつく。



そしてそのままぬかるんだ土の壁を背に片膝を立てて座り込む、肩を震わせ、痛みに悶えながら、それでもなお彼は号令を続ける。



「構え」



「狙え」



「撃て」



「...構え」



「狙っ...え」



「うッ...て...ッ!」



徐々に視界が霞み、意識も朦朧とする最中、それでもナオキは号令を続ける。少年達を再び恐怖に陥らせないために。



しかし雨は豪雨に変わった事でナオキの体力を更に減らしていく、そのせいで意識も消えかかる。



「か...まえ」



「ねら...えッ」



「う...て...ッ」




体力も奪われ、もはや辿々しいうわ言のように彼は号令をし続けていたその時




突如ホイッスルの音が鳴り響いた。それが敵側なのか味方なのかはわからない、だがそれを機にナオキの意識も完全に消えかかる




「尉!───援───令を!───少」



誰かが呼ぶ声が聞こえてくるも、彼はそれに応える事が出来ず、遂に目の前が真っ暗になってしまった。
























「───ッ⁉︎、ここは...?」



それから暫くして、ナオキは再び意識を取り戻した。視界には夜空と背の高い木々が映り込み、地面に仰向けで寝かされていた彼はそのまま起き上がる。



起き上がった時、咄嗟に自分の胸元を見る。褪せた水色の軍服の胸元には血痕がべったりと付着している。



───俺は、死んだ筈だ。



ナオキの心中はそれに占められている、あの時胸を撃たれ、衛生兵どころか医療品も包帯すらなかったあの場所で、助かる訳が無い筈なのに。



起き上がってから周囲を見回すと、どうやら森の中に居るようだった。彼はホルスターからリボルバーを取り出すと、中折れ式のその弾倉を外し、薬莢を捨てて弾を装填する。



6発装填し終えると、元の状態に戻し、手に持ちながらナオキは周囲の警戒をしながら森を歩いていく。



「本当にどこなんだ...ここは...」



困惑しながら彼はひたすら歩き続ける、ただでさえ撃たれて死んだ筈だというのに、いざ次に目を開けたらこれだ。



余りにも分からなさすぎて、いっそここがあの世か何かだと思い始めた時に、ナオキは坂道に出くわす。



「坂道...?」



とりあえず、下る事にしたナオキは銃を構えながら、その道をゆっくりと下っていった。




そして坂道を下りきると、驚くべき光景が彼の目に入った、それは...



「何だ...ここは───ッ⁉︎」



それは住宅街だった、だが、ただの住宅街では無い。コンクリートで舗装された道路に塀に、照らされる街頭、そして電柱と張り巡らされた電線。



元いた世界では首都ですら見れなかった光景に衝撃を受け、何故か"既視感"がある事に疑問を感じながら、彼は道を進む。




そしてとある家にたどり着いた。



「ここは...」



二階建ての、どことなく古さを感じる民家に何故かナオキは懐かしさを感じていた。



───知らない筈なのに、何で俺は



───この家を、"知ってるんだ?"




そう思いながら立ち尽くしていた時だ



「ちょっと!そこのあんた!」



背後から声をかけられたナオキは即座に振り向くと、声をかけてきた人物に銃口を向ける



「なんだいあんた!急におもちゃの銃なんか見せつけて!そんなもん向けるんじゃないよ!危ないじゃないか!」



声をかけてきた人物は白髪混じりの老婆だった、手には物で膨れた白い袋をぶら下げて、

"奇妙な服"を纏っている。



ナオキは老婆の顔を見て固まった、"何故か"見覚えがあったからだ。そしてナオキの脳裏に、とある"名前"が浮かび上がる。




「───千代、ばあちゃん?」



ナオキの口から名前が出た事で、目の前に居る老婆も同じように固まると、彼の顔をまじまじと見るとやがて持っていた袋を落とした




「あんた...直樹か...⁉︎」



千代と呼ばれた女性はやがて身体を震わせると、そのまま彼に抱きついた。



「今まで...今までどこ行ってたの!」



声を震わせながら泣く千代に対し、ナオキは全てを思い出した。




ナオキ、山田直樹はかつてこの国、日本で

高校生として学校に通っていたこと、そして夏休みに入った時にたまたま買い物に行って

その時に"異世界"に行った事を。



「とりあえず、とりあえず家に入って...」



直樹は泣く千代と共に家へ入って行った。

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