第22話 私のために。

『お前が悪魔の子って呼ばれる由縁を教えてやるよ。』

『それは…、この髪と瞳の色が、』

紅夜は自らの髪の毛を一房とって、見つめる。

『頭の中、お花畑か。そんな半端な理由じゃないんだよ。』

吐き捨てるように、月夜は言う。

『お前は、父上と母上が行った性魔術で生まれたんだ。』

『え…、』

気持ちが悪いという風に月夜はわざとらしく肩を震わせて見せた。

『悪魔崇拝ぐらい知ってるだろ。悪魔を奉る神殿で儀式的に行われた性交で授かったのが、紅夜。お前だ。』

『どう、し…て。』

紅夜は急に自らに流れる血液がおぞましく感じられた。

『石蕗家は長女が家督を継ぐ。白夜を生かすためだ。』

姉の、長女である白夜。

両親の愛を一心に受ける白夜。

紅夜は、白夜の健康を祈られて生を受けた。

妙に納得した。


そうか。

私は、悪魔だったのか。


「…私。そのときに初めて知ったんです。自分の中にある、激情に。」

「紅夜…。」

紅夜は自分の肩を抱いた。

「白夜姉さんがいなければ良かったのに。」

「…紅夜。」

「違う、私なんか生まれてこなければ良かったのに。」

「紅夜。」

「気持ち悪い。こんな、こんな穢れた体、」

「紅夜!」

肩を抱く手を震わせる紅夜を蝶々が抱きしめる。

「自分をそんな風に傷つけるものじゃない。」

「…蝶々さん。」

長身の蝶々に抱かれて、小柄な紅夜はすっぽりとその体が収まってしまう。紅夜は彼の背に触れようとして、すんでの所で止めた。

「私…、愛し合った末の行為で生んで欲しかった。」

「…うん。」

「愛されるために、生まれたかったの。」

紅夜はそのまま子どものように、声を上げて泣いた。蝶々は彼女の心が少しでも安らぐように、紅夜の背を撫で続けた。

やがて、すん、と鼻を鳴らして紅夜は泣き止む。

「落ち着いた?」

「…はい…。」

そっと胸を押されて、蝶々は紅夜を解放する。紅夜の目元が腫れて、鼻の先がうっすら赤くなっていた。

「私、明日、兄と一緒に実家に行きます。」

「何故?さっきみたいに、俺たちが追い払ってあげるよ。」

首を傾げながら蝶々は物騒な提案をする。紅夜は苦笑しながら、それを退けた。

「行くだけです。ちゃんとここに帰ってくるわ。」

あなたたちがいてくれるから、と紅夜は言葉を紡ぐ。

「白夜姉さんが心配なのも、本当なの。だから様子を見に行くだけ。」

「儀式に紅夜の血を使うなら、俺は許さないよ。」

「…ありがとう。」

心配する目色を滲ませた蝶々の金色の瞳が愛しい。この瞳を悲しみや怒りの色に滲ませたくない。

だから、私は。

「大丈夫、今度こそきっと断るから。」

幼かった私のために。そして、こんな私を心配してくれるあなたたちがいるから。

「…約束だよ。」

どこまでも紅夜を想ってくれる声音に、勇気を貰うのだった。


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マリアの心臓とて不服。 真崎いみ @alio0717

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